50. 森の貨車と光の矢―新たな武器の誕生
そよ風が遠くの森の小道を抜けていく。ぱらぱらと舞い落ちる木の葉は、まるで自由な精霊のように宙を舞い、やがて地面へと降り積もる。
そんな道を、小さなネズミに引かれた貨車がゆっくりと進んでいた。運転席に座っているのは、なんとピーター・パンに地下の家から追い出され、一週間の出入り禁止を言い渡されたはずのティンカー・ベル(小叮噹)。彼は巧みに手綱を操り、ネズミに指示を送る。
やがて、ティンクは目の前に佇む仙子女王の姿に気づく。彼はネズミの背を軽くポンッと叩いて合図し、貨車を止めると、背中の透明な翅でふわりと空を舞い、女王の前へ着地した。そして深く一礼する。
しかし、女王のすぐ後ろにいるジャックとピノキオを見つけた瞬間、ティンクの表情が曇った。彼は二人の前へすっ飛んでいき、不満げな口調でぶつぶつ文句を言い始める。
金色の粉を浴びているジャックとピノキオには、もう彼の声が「チリンチリン」ではなく、はっきり人間の言葉のように聞こえる。
「ちぇっ……おまえらを夢幻島に連れてきたばっかりに、オレは地下の家を追い出されちゃったんだぞ? あーあ、あの日に戻れたらなあ……」
仙子女王はたしなめるように言った。
「ティンカー・ベル。あなたにも非があるのだから、すべてを彼らのせいにしてはいけないわ」
するとティンクは、さっきまでの攻撃的な態度がしぼむように消え、しゅんとした表情で頭を垂れた。
「……はい、女王さま。わかってます。あの日、ウェンディにあんな態度をとったのが悪かったって……。ただ、なかなか素直に認められなくて……」
女王はティンクの頭をそっと撫でて微笑む。
「誰しも間違いは犯すものよ。大事なのは、それを認めて、どう成長するか。あなたはもうちゃんと反省している。わたしたちはみんな、あなたがよりよい自分になれると信じてるわ」
その言葉にティンクも笑顔を取り戻し、礼を言うと貨車に戻ろうとする。するとピノキオが慌てて声をかけた。
「ティンカー・ベル! 仙子女王は、あなたが『精霊の谷で一番才能ある工匠』だって言ってました。ぼく、あなたにどうしても頼みたいことがあるんです!」
ピノキオは、自分が弓の素質はあるものの、“相手を傷つける”という行為ができなくて困っている旨を率直に伝える。「誰かを傷つけずに、仲間を守れる武器を作ってほしい」と。
ティンクは貨車の座席に腰かけたまま、腕を組んで唸る。
「ふむ……『胡椒爆弾』で鼻をムズムズさせるとか、『粘液爆弾』で地面に張りつけるとか、はたまた石で殴って気絶させる……うーん……いや、違うか……あ、『眠り』ならいいんじゃないか? そうそう、相手を寝かせちゃえばいいじゃん! ……こうやって弓を改造すれば……たぶん……」
ブツブツとアイデアが湧きだすティンクは、すっかり工匠としての本能を刺激されたようだ。目を輝かせながら、ピノキオの背負う弓をひょいと掴むと、一目散に工匠村のほうへ飛び去っていった。
「うわ……行っちゃった……」
ピノキオが呆然としていると、仙子女王はくすっと笑う。
「ふふ。ティンクは新しいアイデアが思いつくと、もう我を忘れて飛んで行っちゃうのよ。困るときもあるけど、その情熱こそが彼の持ち味なの」
小貨車は別の妖精が運転することになり、ティンクは工匠村の作業小屋にこもって、設計図を描き始める。大きな葉っぱにスラスラと弓の構造をスケッチし、手元の小さな妖精用の弓矢を改造したり、失敗すれば図面を丸めてポイとゴミ箱へ捨て、すぐに新しい葉を広げる。
「よーし……絶対にできるはず……!」
彼は朝から夕方まで、休むことなく研究に没頭。夕焼けが森を染め上げるころ、ティンクは小屋のドアを勢いよく開き、興奮の声を上げた。
「できたぁぁぁっ! 敵を傷つけずに仲間を守れる……夢の弓箭、完成だ!」
得意げに飛び回りながら、小さな妖精用の弓を掲げてみせるティンク。だが、ふと小屋の前に置きっ放しにされているピノキオの“人間サイズの弓”を見て、彼ははたと気づく。
「あ……あれ? ボクが改造すべきだったのって、あっちの大きいほうじゃん……!」
一瞬で意気消沈するティンク。でもすぐに気を取り直し、「人間用でも、ティンクに不可能はない!」と作業再開。夜空に月が上るころ、ようやく大弓の改造を完了させた。
その夜。仙子女王の大樹の前で待っていたピノキオとジャックは、ティンクの姿を見つけるや大きく手を振る。
「ティンカー・ベル! おかえり!」
「待ってたよ!」
ティンクは少し照れた顔をして、ぺこりと会釈した。そして改造後の大弓をピノキオに手渡す。
「さ、試してみな」
ピノキオは弓を持ち上げ、背中の矢に手を伸ばそうとするが、ティンクが制止する。
「ふふーん、これはもう矢がいらないんだよ」
「え? 矢を使わない……?」
不思議そうにする虎リリー姫に、ティンクは仙子女王へ向き直ってこう言った。
「女王さま、金の粉をちょっと拝借できますか?」
女王が微笑むと、金の滝を守っている妖精が粉を運んでくる。ティンクはそれを大弓の中央に仕込んだ“隠し機関”へ注ぎ込む。
「よし……これでセット完了。ピノキオ、いつも通り弓を引いてごらん」
ピノキオは少し緊張しながら、弓の弦を引く。すると中央から金色の光が走り、ピカァッと輝く“光の矢”が出現したではないか。
「す、すごい……!」
周囲の者たちは目を丸くする。ティンクは得意げににやりと笑う。
「試し撃ちだ。あそこの木を狙ってみな!」
ピノキオは思いきって弦を離す。シュッ! 光の矢は真っ直ぐに木の幹へ突き刺さる……と同時に、「ポンッ!」と花火のように金の粉が弾け散った。そして、ちょうどパトロール中だった黄色ラインの妖精衛兵がその粉を浴びてしまう。
「あ……」
衛兵はふらふらと力を失い、紙のようにひらひら舞い落ちて、すやすやと眠ってしまった。
「え、えぇぇ!? ぼく、衛兵さんを傷つけちゃった?!」
ピノキオは焦り、すぐに駆け寄ろうとするが、ティンクは笑って「大丈夫だって」と腕を広げて止める。
「傷なんかついてないよ。ただ熟睡してるだけさ。この金粉が秘めた『眠り魔法』は誰にも抗えないからね。寝たらもう、しばらく起きないんだ。……どう? 傷つけることなく、相手の戦意を奪える武器ってわけさ!」
「すごい……すごいよ、ティンカー・ベル!」
ピノキオは喜びのあまり、ティンクの手を取ってくるくる回りだす。
「ありがとう! これでぼくも仲間を守れる。敵を倒さなくても、動けなくさせればいいんだね!」
ティンクはどこか照れながらも胸を張る。彼は得意げに空中をぐるりと旋回し、ジャックのほうへ飛んだ。
「おっと、ジャック。腰の銀の斧、ちっちゃいなー。オレが改造して、眠り斧にしてやろうか?」
ジャックはポンと小さな斧を抜き取り、湖水女神から教わった呪文を唱えて元の大きさに戻す。
「いや、こいつは湖水女神にもらった大切な斧なんだ。いつもは呪文でコンパクトにしてるだけで……今はまだ手放したくないよ」
ティンクは瞬時に興味津々。
「なになに、その呪文! アップルを大きくしたりできるの? それなら一生分のリンゴ食べ放題ってことじゃん!」
仙子女王が苦笑して、ティンクを宥めるように言う。
「ティンカー・ベル、少し落ち着きなさい……。ところで、小ジャック。あなたが言う『湖水女神』って、まさかオズの国の東の大湖に住む女神では? そして……その銀の斧は……」
ジャックは驚いたように目を見開く。彼が大切にしている『銀の斧』と、その由来は、いったいどんな秘密を秘めているのだろうか……。




