49. 仙子女王の告白―陶磁の国の危機
仙子女王は、男の魔法使いと“右の騎士”が陶磁の国を出て以来、突然消息を絶ったという話をジャックたちに伝えると、少し悲しげに息をついた。
「左の騎士は、ふたりの安否を確かめるために国を出たがっているの。でも、陶磁の国に残っていた金色の粉は、男の魔法使いが持ち出してしまったせいで、もうほとんどなくなってしまって……。だからこそ、私に『金粉を送ってほしい』という手紙を書いたのよ」
「金色の粉って……ピーターの仲間のティンカー・ベルが振りまいてくれる、あの粉と同じものですか?」
ジャックは首を傾げながら尋ねる。
「ええ、そうよ。あの粉には不思議な魔力があるでしょう?」
仙子女王は、中心の大樹から流れ落ちる金の滝を指さす。
「陶磁の国の住人は本来、動けない陶磁の人形だった。彼らが動けるのは、国そのものに宿る『陶磁女王』の魔法が及んでいるから。でも国を離れてしまうと、徐々に元の陶磁人形に戻ってしまうの。……そこで役立つのが私たちの『金粉』よ。これをまとうことで、しばらくは国の外でも動き続けられる」
「なるほど……そうか。じゃあ、右の騎士が粉を使い果たしてしまって、連絡を出せなくなった可能性もあるってことですね……?」
ピノキオは心配そうに声を震わせる。
仙子女王はうなずきながら続けた。
「左の騎士も同じことを考えているわ。だからこそ私に『金粉を分けてほしい』と頼んできた。でも、大量に送れるほど余っているわけでもなくて……。ともかく、私は先ほどカラスを飛ばしたわ。けれど時間がかかるうえ、邪悪な魔女が邪魔をするかもしれない……」
それを聞いたジャックは落ち着かない様子で問いかける。
「邪悪な魔女、ですか……? もし左の騎士が粉を受け取れなかったら、大変だ……」
仙子女王は少し考え込み、ひとつ息を吐くと、小さな布袋を取り出してジャックへ差し出した。
「これをあなたに預けるわ。あなたは陶磁の国の徽章を持っているくらいだし、いつかオズの国へ戻る機会があるなら、この粉をオズ大王か左の騎士に渡してほしいの」
ジャックはその袋を慎重に受け取る。
「はい! もしぼくがオズの国へ戻れたなら、小女巫の『空飛ぶほうき』を借りてでも、すぐ陶磁の国へ届けに行きます!」
「ありがたいわ」
仙子女王は彼の決意をたしかめるように微笑むと、続けた。
「でも、堅苦しい話はここまでにしましょう。せっかく精霊の谷に来たのだから、うちの妖精たちが何をしているのか、案内させてちょうだい」
すると、ジャックは一歩前に進み、深々と頭を下げる。
「仙子女王……実はぼく、夢幻島に囚われた男の子たちを助けたいんです。彼らは『歓楽国』で魔法の粉を食べさせられてロバにされ、今は海賊の手下に捕まっていて……」
彼は切実な思いを込めて、海賊の邪悪な所業を説明する。
「もし、妖精のみなさんに力を貸していただけるなら、救出がうんとスムーズになると思うんです。どうか……ご協力をお願いできませんか?」
仙子女王は神妙な顔つきで虎リリー姫へ視線を向けた。
「インディアンの酋長は、この『ロバに変える薬』について、どう言っていたの?」
「父は『非常に古い呪術で、出どころがわからない。急いで粉を破壊しないと危険』と……」
虎リリー姫はそう答える。
仙子女王はうんうんと頷く。
「確かにその魔法は古くて邪悪……。放っておけば被害が広がるばかりね。私たちも夢幻島の一員として、海賊に対抗しなきゃ。いいわ、妖精の護衛隊を派遣しましょう」
「本当ですか! ありがとうございます!」
ジャックは安心したように笑みを浮かべる。
そこへ、フライングイーグルが口を開く。ピノキオの腕を引きながら一歩前へ出た。
「女王様、実はこの子……ピノキオと言いますが、心優しい子でして。弓の才能はあるんですが、動物を撃つことにどうしても抵抗があるようで……。そこで、妖精たちの巧みな技術を借りて、彼に合う武器を作れないかと思ったんです。海賊との戦いでも、彼が自分のやり方で助けられるように……」
仙子女王はふわりと舞い、ピノキオの正面まで近づいて顔をのぞきこむ。照れて真っ赤になるピノキオは、思わずフライングイーグルの背後に隠れてしまった。
「ふふ、かわいい子ね。その『やさしさ』はきっと、あなたの強みになるはず。……工匠村にいる、発明の天才とも言われる妖精なら、ピノキオにぴったりの武器を思いつくかも。さあ、行きましょうか」
こうして、一行は大樹のある広場から離れ、森の反対側へ向かう。通りすがりの妖精たちは、女王を見るたび手を止めて一礼し、だけど後ろについてくる人間たちの姿に驚いた顔をして小声で話し合っていた。ピノキオはそんな様子がおかしくて、クスクス笑いながら小さく手を振る。妖精たちはますます不思議そうに目を丸くしている。
ジャックの目には、作業中の妖精たちがいろいろと奇妙に映った。
たとえば水色の服を着た妖精は、川から一粒ずつ透明の水玉をすくい、花壇の花へ運んでいたり。ある黄色の服を着た妖精は、陽の光を手で捕まえて、小さな葉っぱ製のかごに入れていたり。また、茶色い服の妖精はリスたちを整列させ、「固い木の実はこうやって歯で割るんだよ」と指南している。
「すごいな……今の光の球って、朝日か夕日の光をつかまえてるのかな?」
思わずジャックが仙子女王に尋ねると、彼女は楽しそうに笑う。
「それが彼の『天賦』よ。妖精たちは誕生するとみんな独自の才能を見つけ、金粉の力を得ながらそれを生かすの。今向かう工匠村には、道具を発明することに長けた妖精が集まってるわ。ちょうどいいところに……来たみたいね」
女王が指さす先に、小さなネズミが引く手作りの貨車が見える。荷台には葉や実から作られた瓶や道具がぎっしり積まれている。その運転席に座っているのは、金色の髪を揺らし、緑色のドレスをまとった小さな妖精。
「……あれ? あの姿、どこかで……」
ジャックとピノキオは顔を見合わせた。
貨車が近づいて止まった瞬間、その妖精がふっと振り返る。
「ティ、ティンカー・ベル……!」
なんと彼女はピーター・パンといつも一緒にいる『小叮噹』だった。
こうして、ジャックが精霊の谷で繰り広げる新たな物語が始まろうとしていた……
さて、ここで一度視点を変えよう。ジャックたちが冒険を続けている頃、迷子の少年たちやピーター・パン、ウェンディはインディアンのキャンプから戻ってきて、地下の家でわいわい盛り上がっていた。
羽根飾りを頭に乗せたり、インディアンのしゃべり方を真似たりして、まるで自分たちが酋長の一族になった気分だ。
「どうだ、オレの酋長スタイルは!」
ピーター・パンは特大サイズの羽根飾りを頭に乗せ、両腕を胸の前で組んでゆっくり歩く。すると少年たちも真似して列を作り、地下の家の広間を厳かに行進しはじめた。さっきまでは騒々しく騒いでいたのに、一転して妙に荘厳な空気が漂う。
だが、すぐにまた飽きてしまったのか、今度は「海賊対インディアンごっこ」だ! と木の剣を手にとり、ドタバタと打ち合いを始める。夜になってもそのテンションは下がらず、ウェンディが
「みんな、もう寝る時間よ! 歯磨きしてベッドに入りなさい!」
と呼びかけても、誰も聞く耳を持たない。
「はあ……どうしたらいいのかしら……」
ウェンディは頭を抱える。自分が幼い頃、母親はどうやって寝かしつけてくれたっけ……。
そんなことを思い出しながら、彼女はそっと寝室へ行き、戸棚の上を探ってみる。すると陶笛が置かれているのを見つけた。これは粘土などで作られる古い笛で、優しく柔らかい音色を奏でる。
「これだわ!」
ウェンディは笛を手に取って大広間へ戻り、ゆっくり息を吹き込みはじめる。
ピィ、ピー……。
やさしく穏やかなメロディが地下の家に流れた瞬間、騒いでいた少年たちはピタリと動きを止めた。
「……なに、この音?」
誰もが不思議そうに振り返る。だが、その旋律にはどこか懐かしさがあり、落ち着きと温もりを感じる。
ウェンディは心を込めて、子どもの頃に母が歌ってくれた子守唄のメロディを再現していく。すると、少年たちは次々に彼女のまわりに集まって座り込み、目を細めて聞き入った。
「ふああ……なんだか、眠く……」
やがてあくびが伝染し、少年たちは無意識に背伸びをはじめる。ウェンディが陶笛を吹き終えたころには、ほとんどの少年がもうまぶたをこすっていた。
「……ふふ、さあ、寝ましょう。おやすみなさい」
ウェンディが声をかけると、少年たちは素直にベッドへ戻り、毛布にくるまる。ついさっきまでの大騒ぎが嘘のように、地下の家は静寂を取り戻す。
こうして、迷子の少年たちの夜は、ウェンディの優しい『陶笛の調べ』とともに幕を下ろしたのだった。




