48. 森の門を抜けて―妖精女王との邂逅
黄色いラインが入ったヘルメットの妖精の衛兵は、ジャックから“陶磁の王国”の紋章が押された手紙を受け取ると、壁のように生い茂るツタと樹木の間をすり抜け、姿を消した。
しばらくすると、壁の内側からゴゴゴ……と低い唸り音が聞こえ、地面がかすかに振動を始める。見ると、ツタが意思を持ったかのように左右へ移動し、密集していた木々も押し合うように動いて、大きな門のような空間が現れたのだ。
先ほどの黄色ラインの妖精が、広がった門の隙間からふわりと飛び出してくる。彼はチリンチリンと鳴る妖精語で何かを言い、他の衛兵に合図を送った。すると、ジャックたちを取り囲んでいた衛兵たちは一斉に門の両脇へ飛び、きっちりと整列。どうやら歓迎の意を示しているらしい。
黄色ラインの妖精は、再びジャックたちに向き直って何か話しかけると、ペコリと深く頭を下げ、それから「ついて来い」と言わんばかりに手招きして、ゆっくりと門の奥へ飛んでいく。
「……ねえ、今のってどういう意味だったんだろう?」
ピノキオはキョロキョロと周囲を見回しながら、ジャックに尋ねた。
「たぶん、ぼくらに“入っていいよ”って言ってるのかも。礼儀正しくお辞儀もしてたし」
ジャックはそう推測し、後ろを歩く虎リリー姫のほうを振り返る。
すると虎リリー姫は、小声で言った。
「この機会に妖精たちとのわだかまりが消えれば、インディアンや迷子の少年たちと協力しやすくなるわ。海賊のアジトへ行くとき、彼らの力を借りられるかもしれないしね」
「うん、そうだね」
ジャックは軽くうなずいて、黄色ラインの妖精のあとを追い、精霊の谷の門をくぐった。すると、しばらくして門は振動とともに元の姿へと戻っていった。
門の先には、色とりどりの花が咲き乱れる丘が続いている。花々は風に揺れながらかぐわしい香りを放ち、その周りには無数のハチドリや蝶が舞い、さらに小さな妖精たちがあちこちを飛び回っていた。
彼女たちは花びらで作った服をまとい、透明な翅をゆるやかに動かしながら、花粉を丁寧に集めている。ピノキオたちを見つけると、一瞬ヒソヒソ話を始めたが、衛兵が何かチリンチリンと言うと再び安心したように作業へ戻っていった。
さらに進むと、華やかな森が広がっている。ここには小さく精巧な妖精の家々が点在していた。幹に開けられた小さなドアつきの樹洞の家、花のつぼみそのものを家にしたランプのような住まい、ツタや葉で編んだツリーハウス……どれも自然に溶け込み、見ていて飽きないほど愛らしい。
妖精たちはこの小道を行き来し、果物や種子を運んでいるようだ。次の春に備えて、各地に種を撒くのだろう。鮮やかな衣装を着た妖精が忙しそうに行き交う中を、ジャックたちはただ驚きながら歩いていく。
そして道の突き当たりには、ひときわ大きな樹がそびえ立っていた。その梢からは金色に輝く滝が流れ落ち、太く平らな枝の上をさらさらと流れている。
「ねえ、ジャック、あれ……水じゃないよね? なんか小さなティンカーベルの粉みたい……」
ピノキオが思わず声を上げると、ジャックもうなずく。
「うん……ここが“精霊の谷”だし、ピーター・パンの仲間の妖精の粉も、きっとここから生まれるんだろうなあ」
すると、金の粉が集まる部分が急にまぶしく光った。そこから現れたのは、妖精たちより少し大きな女性。金色のドレスをまとい、背には金色の透明な羽、頭には優美な王冠を戴いている。
彼女がふわりと飛び降りると、前を案内していた衛兵たちは深く頭を下げ、左右へ散った。
「ようこそ、精霊の谷へ」
彼女はにこやかに口を開く。その声は人間の言葉そのものだった。
「わたしはこの谷を治める妖精女王。あなたたちが拾って届けてくれた手紙は、とても大切なものだったの。心から感謝するわ」
ピノキオは目を丸くして、思わず叫ぶ。
「えっ……わかる! ぼく、この妖精さんの言葉を理解できるよ?!」
その無遠慮な発言に、黄色ラインの衛兵が「ちょっと失礼だぞ!」とばかりにチリンチリンと抗議する。だが、妖精女王はクスリと笑って「構いません」と手を振った。
「この谷の妖精で、人の言葉を話せるのはわたしだけ。でもあなたたちが妖精語を理解できる方法もあるわ」
そう言うと、女王は大樹へ合図を送る。ほどなくして、大きな椀に山盛りの金の粉を携えた妖精が飛んできて、ジャックたちの頭上に粉をばさっと振りまいた。
一瞬、体が淡い金色に包まれ、輝いたように思えたが、すぐに光は消える。なにが起こったのかわからないまま、黄色ラインの衛兵が慌てて女王に話しかけると、その声が「チリンチリン」ではなく、人間の言葉のように聞こえた。
「女王陛下……そんなに貴重な粉を、彼ら人間に使うなんて……本当にいいのですか?」
「大丈夫。彼らは大切な手紙を私たちに届けてくれた恩人よ。精霊の谷にとって重要な客人なんです」
衛兵は苦い顔をしつつもうなずく。「承知しました、女王様」
女王が「陶磁の国」と言ったのを聞き、ジャックはすぐに問いかける。
「今の手紙って、やっぱり陶磁の国からのものでしたか? 何か大変なことが起こったんでしょうか?」
妖精女王は少し驚いたように目を見開き、穏やかに答える。
「陶磁の国のことを知っているのね? あそこは極めて隠された場所だから、人間が知っているなんて珍しいわ」
ジャックは頷き、これまでの冒険をかいつまんで話す。
竜巻でオズの国へ飛ばされ、ドロシーを探す旅の中で“陶磁の国”に迷い込んだこと。稲草人やブリキの木こり、ライオンと力を合わせてピンチを切り抜けたこと。そして、陶磁の国の住人たちがジャックたちを友として認め、その証として“陶磁の国の徽章”を授けてくれたこと……。
話が終わると、ジャックは銀色に輝く陶磁の国の徽章をポケットから取り出してみせた。妖精女王は「まぁ……!」と目を細め、深くうなずく。
「なるほどね。陶磁の国の騎士たちは滅多に外部の人に徽章を渡さないのに……あなた、よほど信頼されているのね。ならば私も、あの手紙の内容をあなたに伝える価値があると思うわ」
妖精女王によると、陶磁の国と精霊の谷は昔から交流があり、オズの国や夢幻島の情報を交換し合って助け合ってきたのだという。
「今回の手紙は、“左の騎士”がクロウに託したものなの。どういうわけか配達の途中で落ちてしまって、私たちには届かなかった。もしあなたたちが拾ってくれなかったら、私たちは何も知らずにいたわ」
ジャックははらはらしながら尋ねる。
「それで、手紙の内容は……? まさか陶磁の国に危機が? あるいは行方不明の“陶磁の女王”の手がかりが……」
「落ち着いて。まず陶磁の国は平穏よ。だけど……手紙に書かれていたのは、あなたが言うとおり“陶磁の女王”に関することなの」
妖精女王は静かに息を吸い、語り始める。
「実は、オズ大王が派遣した男の魔法使いが、陶磁の国へ行き、邪悪な魔女に攫われた“陶磁の女王”の手がかりを探っていたの。でも、その男の魔法使いと“右の騎士”が出発してから、ずっと消息を絶っているらしいのよ。いつもならカラスで定期的に連絡を寄越すはずが、まったく何も届かなくなった。オズの国に問い合わせても、そちらでも男の魔法使いとは連絡がとれないんですって」
ここまで聞いたジャックは真剣な顔つきで「どうしよう……」と呟く。
「やっぱり、何かよくないことが起きてるのかも。稲草人やブリキの木こりたちに連絡すれば、力になってくれるかも……。でも、今ぼくはこの“夢幻島”でもいろんな問題を抱えている。海賊を倒すために、ロバにされた男の子たちを救うために……。どうしたらいいんだ……」
妖精女王は、その焦るジャックを気遣うように微笑む。
「まずは落ち着いて。あなたは私たちに手紙を届けてくれた。今度は私ができるかぎり力を貸しましょう。オズや陶磁の国の情報は、私たち妖精も多少わかるわ。状況を整理して、一緒にできることを考えましょう」
ジャック、ピノキオ、虎リリー姫、そしてフライングイーグル──それぞれが今抱えている思いは違えど、ひとまず彼らは妖精女王の言葉に安心し、うなずくのだった。




