47. 精霊の谷へ─手紙が紡ぐ未来
ピノキオが虎リリー姫と共に森のキャンプへ戻ると、ちょうどフライングイーグルとジャックも午前の訓練を終えて休息に入ったところだった。
「やあ、ピノキオ!」
ジャックは嬉しそうに駆け寄り、海賊の攻撃を防ぐ新たな防御動作を学んだ話を始める。だが、途中でピノキオの沈んだ表情に気づき、心配そうに問いかけた。
「どうしたんだい? 何かあったの?」
ピノキオは力なくうつむいたまま答える。
「……わからないんだ。朝の練習では、あんなに正確に木片を射られたのに……。森で本物の獲物を見つけた途端、矢が全部外れて……。逃がしちゃったんだ」
ジャックは首をかしげた。
「獲物が速いから狙いがずれたのかな?」
だがピノキオは堅く首を振る。
「ちがうんだ。完全にぼくが射線をずらしてるんだ。自分でわかる。あれじゃ戦いで役に立てない……」
落ち込むピノキオの背中を、ジャックはそっと叩きながら辺りを見渡す。すると、近くで虎リリー姫とフライングイーグルが何やら相談しているのが見える。二人の顔もいささか深刻そうだ。
やがてフライングイーグルはピノキオとジャックのそばへ来て、腰を下ろした。手招きして二人も座らせる。
「ピノキオ、森でのことは虎リリー姫から聞いたよ。君が獲物を外してしまう理由……それは『獲物を傷つけたくない』という、君の優しさが無意識に邪魔をしているのかもしれない」
「やっぱり……ぼくって……」
ピノキオはさらにしょんぼりと目線を落とす。
「海賊相手でも、同じように撃てないかもしれない。これじゃ、みんなを助けるどころか……」
ジャックは温かい笑みを浮かべると、ピノキオの肩に手を置いた。
「無理に誰かを傷つける必要なんてないよ。やさしい心は悪いことじゃない。むしろ誇っていいんだ」
フライングイーグルもうなずく。
「インディアンの子どもたちにもね、同じように獲物が撃てない子がいる。そういう子はほかのやり方で部族を助けているんだ。畑を耕したり、果物を採ったり、水を運んだり……それも立派な貢献だよ。君も矢で敵を倒す以外にも役割はあるはずだ。たとえば……君たち迷子の少年が使う『コショウ爆弾』、あれを矢に仕込むとかね。爆発して敵の目をくらませれば、味方を援護できる」
その言葉に、ピノキオの顔には少し明るさが戻る。
(……よかった。少しは役に立てる可能性があるんだ……)
一方、虎リリー姫は腕を組んで小さくため息をつきながらも、やわらかな口調で続けた。
「ま、実戦にはいろんな形があるってこと。弓が必ずしも『殺すため』に使われるわけじゃないのよ。あなたらしく工夫すればいいの」
「はい、ありがとうございます!」
ピノキオはほっとしたように笑顔を見せる。
そんなとき、ピノキオはふと何かを思い出し、慌てて小さな白い封筒を取り出した。
「そうだ! これ、森で拾った手紙なんだけど……大きさも変だし、どこかへ届けなきゃいけない大事なものかもしれなくて……」
フライングイーグルが封筒を受け取り、しげしげと眺める。
「なるほど……このサイズなら、妖精たちが使うものかもしれないな。夢幻島には『精霊の谷』が近くにあるけど、あそこの妖精たちは、ピーター・パン以外の人間を滅多に信用しないと聞く。……どうする?」
ジャックが封筒を受け取り直して、裏面を見ると、真っ赤な封蝋が押してある。
「ピノキオ、これが封蝋っていうんだ。手紙の内容を勝手に見られないように封をしたんだよ。……ん? この紋章、見覚えがあるぞ」
指先で紋章をなぞるジャック。その顔が急に真剣になる。
「こ、これは……陶磁の国の徽章じゃないか! あそこには、ぼくの友人の騎士がいるんだ。まさか、陶磁の国から妖精に宛てた手紙なのか……」
ジャックは強い決意を秘めた目で、虎リリー姫とフライングイーグルを見つめる。
「これは放っておけない。大事な用件が書かれてる可能性が高い。……訓練を中断してでも、精霊の谷まで届けに行きたいんです!」
虎リリー姫はジャックのまっすぐな瞳を見返し、口元を緩めた。
「そっか。君にとって陶磁の国は特別なんだね。まあ、こっちの訓練も一段落したし、ピノキオも自分に合った戦い方を模索中だし……精霊の谷に行ってみるのもいいかもしれないわね」
「本当ですか? ありがとう!」
ジャックは嬉しそうに礼を言う。
そうと決まれば準備は早い。みんな荷物をまとめ、森の奥へと進んでいく。先頭を歩くフライングイーグルは、茂みをかき分けながら言った。
「妖精たちはピーター・パン以外の人間を警戒しているから、苦労するかもしれないぞ。魔法の粉で眠らされるかも……」
「大丈夫。きっとこの封蝋を見れば、向こうも納得してくれるはず。たとえ会ってもらえなくても、とにかく手紙を届けるだけでいいんだ!」
ジャックは揺るぎない意志を込めてそう言う。
やがて森を抜けると、一面に色とりどりの花が咲き乱れる草原が広がっていた。かすかに甘い香りが漂う。
草原の奥には、大きな木々や茂みが壁のように生い茂っており、まるで自然の砦のようだ。
「ここが精霊の谷の入り口……」
ジャックは陶磁の国を思い出し、少し懐かしそうに微笑む。
「向こうも小さな住民で、壁もこうやって美しく……なんだか似てるなあ」
ジャックがその壁にそっと触れた瞬間、カランカラン……と鋭い鐘の音が響き渡る。すると、木の洞や草の隙間から次々と小さな妖精の衛兵たちが飛び出してきた。彼らは手のひらサイズで、緑色の鎧を身に纏い、小さな長槍を構えている。
「わあっ……!」
ピノキオは驚いてジャックの服をつかむ。
「なんか、すごい敵意を感じるよ……」
虎リリー姫とフライングイーグルは前へ出て警戒態勢をとる。フライングイーグルは小声で言った。
「気をつけろ。妖精の武器には眠りの魔法が込められてることがある。オレも昔、やられかけたことがあってね。目が覚めたら顔中に落書きされてたんだ……」
その時、隊列の中から、頭に黄色いラインの入ったヘルメットを被る妖精がすっと近づいてくる。細長い槍の先端には金色の粉がきらきらと光っていた。
「チリン、チリン、シャララ……」
妖精言語で何か話しかけているが、ジャックたちには意味がわからない。
「ピーター・パンがいれば通訳してくれるのに……」
ピノキオは小声で呟く。すると妖精の隊長らしき人物のトーンが少し和らいだ。どうやら「ピーターの知り合い?」とでも尋ねているかのように聞こえる。
そこでジャックは素早く白い封筒を取り出し、赤い封蝋を見せながら話しかけた。
「ぼくはジャック。ピーター・パンの友達です。これは森で拾った手紙で、陶磁の国の紋章が押してあります。大事な手紙だと思ったので、あなたたちに届けにきました……」
妖精の隊長はわずかに眉をひそめながら封筒を見つめ、封蝋の徽章をしっかりと確認する。しばらく迷うようにジャックたちの顔を見比べたあと、隊長はうなずいて封筒を受け取った。
「……チリリ、チリン」
周囲の衛兵たちに向かって何やら命令を出すと、彼らは一斉に槍を収め、警戒を解き始める。そして隊長自身は封筒を抱え持ち、壁の奥へと飛んでいく。
四人が見守る中、黄色いラインの妖精は茂みに隠れるようにして消えていった。
(……届けるところまではなんとか成功、かな?)
ジャックはほっと胸をなで下ろす。
しかし、ここからどうなるのかは未知数だった。妖精たちが手紙を開封し、その内容をどう受け止めるのか。どんな反応が返ってくるのかは、まだわからない……。




