46. 虎リリー姫の厳戒教官
朝の陽ざしが木々を透かして、滝のそばの森を黄金色に照らす。
ジャックとフライングイーグルは、樹々の間を縫うように駆け回りながら、海賊との戦いを想定した訓練を続けていた。
カキンッ、カキンッ──。
銀の斧とフライングイーグルの武器がぶつかり合い、澄んだ衝撃音を森中に響かせる。
一方、虎リリー姫に連れられたピノキオは、枯れ木があちこちに倒れこんだ場所へやってきた。
「……うう、こわいよ……」
ピノキオは、虎リリー姫の“厳しい訓練”にすでに身震いしている。
そこで虎リリー姫は遠くに横たわる大木の上に、三つの中が空洞になった木片を並べる。
「弓は、ただ狙いをつけるだけじゃ当たらないの。鋭い視力も大事だけど、それより必要なのは“落ち着いた心”よ。風や矢の軌道を感じ取り、自然に溶け込むように……」
そう言うと、彼女は軽やかに弓を構え、一連の動作を見せてくれた。
矢をつがえ、しなやかに弓を引き、そして放つ。シュッ──!
矢は一直線に飛んで、真ん中の空洞の木片を正確に射抜いた。まるでダンスのように滑らかな動作で、ピノキオは思わず目を丸くする。
「じゃあ、次はあなたの番」
虎リリー姫が弓をピノキオに渡すと、彼は教えられたとおりに息を整え、矢をかまえた。
「よし……やってみる!」
しかし、放った矢は目の前の地面にブスリと突き刺さる。
「えっ、なんで……狙ってるのに……」
ピノキオが戸惑っていると、突然ポンッと小石が額に命中。
「いったああっ!」
「いい? インディアンの戦士だって、一朝一夕で的に当てられるわけじゃない。何百回、何千回も練習してるのよ」
虎リリー姫はもうひとつ石を拾い上げて見せる。
「今後、外すたびに石を投げる。あなたが連続であの空洞の木を射抜けるまで、ずっとね」
「そ、そんな……! それは厳しすぎるよ!」
虎リリー姫は笑みを消し、冷たくピノキオを見据えた。
「……“仲間を守るためなら、どんな訓練も受ける”って、あの宴で言ったのは誰だったかしら?」
途端にピノキオは黙りこむ。遠くでジャックが斧の訓練に励む姿が目に入り、彼はハッとしたように顔を引き締めた。
「……わかった。全部受けとめるよ。石でも何でも!」
それから長い時間、ピノキオは弓を放ち、外すたびに石を投げられる。その繰り返しだ。
夕方近く、ジャックとフライングイーグルが訓練を終えて虎リリー姫のところへ戻ると、そこには矢を握りしめたまま集中するピノキオの姿があった。
「ふう……」
ピノキオはゆっくり息を吸い、林を吹き抜ける風が止む瞬間を待つ。
ギリギリギリ……と弦を限界まで引っ張ると、パッと手を放つ。
「シュッ!」
矢は真っ直ぐ飛んで、一番右にある空洞の木片を射抜いた。
さらに次々と四本の矢を続けて放ち、それぞれの的を見事に貫通させる。
「……いいね」
虎リリー姫は満足げに小石を放り捨て、大きく伸びをすると踵を返す。
「今日の練習はここまで。明日も続けるわよ」
ピノキオはへたり込むように地面に座り込み、ほっと息をついた。
「やったー! これで石の雨が止む……。虎リリー姫がウェンディみたいに優しかったら、ここまで痛い思いしなくて済むのになあ……」
ぼそっと呟いた瞬間、テントのほうからスパーンッと小石が飛んできて、ピシッとピノキオの額に命中。
「あいたっ!」
その痛がる様子に、ジャックとフライングイーグルは笑いをこらえきれず、思わず吹き出す。
フライングイーグルはピノキオの様子を見て、目を細めて言う。
「短時間でここまで上達するとは……驚いたよ。元々の視力だけじゃなく、弓の才能もあるようだ。体が小さいぶん、敵の死角に隠れやすいのも強みだしな」
「それにしても、かなりクタクタだね……明日ももっと大変な練習するって、マジ?」
「もちろんだ。早く休め。明日からはさらに厳しくなるぞ」
その夜、彼らはテントで早めに眠りにつき、翌日に備えるのだった。
太陽が地平線から顔を出す頃、虎リリー姫はピノキオのテントへ乗り込み、彼を叩き起こした。
「さあ、弓の練習よ」
眠たい目をこすりつつ、ピノキオは昨日と同じ場所へ連れて行かれる。そこには空洞の木片がまた並べられていた。
しかしピノキオは文句も言わず、すぐに弓を構える。
“シュッ、シュッ、シュッ……”
あっという間に複数の的を射抜いてみせる。
「成長してるわね。寝てるあいだにリセットされる子もいるのに」
虎リリー姫は頷くと、くるりと身を翻した。
「でもまだこれで終わりじゃない。実戦で役立つかどうかは、これからの訓練次第よ。……行くわよ、森の中へ」
ピノキオは「やった、早く朝ごはん食べたい!」と喜んだが、虎リリー姫は無言で森の奥へ進むだけだ。
「え、食べないの……?」
仕方なく後を追うピノキオ。やがて、木々が生い茂る場所へ差しかかったところで、彼は赤く実ったリンゴの木を見つける。
「わあ、おいしそう……」
思わず手を伸ばしかけるが、虎リリー姫は知らんぷりで通り過ぎる。ピノキオは名残惜しそうにリンゴを見つめつつも、彼女についていくことにした。
すると、虎リリー姫は急に立ち止まり、地面を見下ろす。
ザッ……
「……何かいたみたいね」
彼女はピノキオに向かって口を押さえる合図をし、弓を構えるよう指示を送る。
ドキッとするピノキオ。まさか海賊が紛れ込んでいるんじゃ……? そんな不安を抱きながら覗き込むと、そこにいたのは一匹の愛らしいウサギだった。
「かわいい……」
だが、虎リリー姫は真顔のままピノキオを振り返る。
(え、もしかして……このウサギが的?)
ピノキオは心臓が高鳴る。仲間を守るためとはいえ、生き物を狙うなんて……。
彼は弓を引き絞り、一瞬ためらったが、虎リリー姫の冷たい視線に押され、矢を放つ。シュッ……
しかし狙いは外れ、ウサギは驚いて巣穴へ逃げこんでしまった。
「ご、ごめんなさい! つい手元が狂っちゃって……」
虎リリー姫は黙ってその場を離れ、再び森の中を進む。ピノキオは焦りながらついていく。
その後、リスやシカにも遭遇するが、彼は同じように的を外してしまい、獲物はどれも逃げていった。
ピノキオ自身も、そのたびに胸が痛み、ほっとするような複雑な気持ちに陥る。
そうこうしているうちに、遠くの樹上に鮮やかな羽をもつ“夢幻鳥”を見つける。
虎リリー姫は目を光らせ、無言でピノキオに狙えとアイコンタクト。
(し、仕方ない……今度こそ当てなきゃ……)
ピノキオは緊張しつつも引き絞り、頭の中で「これはただの木の的だ……生き物じゃない……」と自分に言い聞かせて矢を放った。
ところが、矢は鳥のすぐ脇の幹に深々と突き刺さり、夢幻鳥はギョッと鳴き声を上げて飛び立ってしまう。
虎リリー姫はその背中を見送り、ため息をついた。
(この子は本当に心が優しいのね……)
彼女はすでに気づいていた。ピノキオは生きた獲物を射ようとすると、どうしても心が揺らぎ、照準がブレてしまうのだ。
「……今日はここまでにしよう。矢を回収して、戻りなさい」
そう告げると、虎リリー姫は足早に立ち去る。
ピノキオはしょんぼりと謝罪の言葉を繰り返しながら、樹に刺さった矢を抜きに行った。
すると地面に小さな白いバッグが落ちているのを見つける。
「なんだろう、こんなところに……?」
バッグを開けてみると、中にはピノキオの手のひらより小さな封筒が入っていた。封は開いておらず、宛名も書かれていない。
「……誰の手紙だろう? 大切な手紙かもしれないし、キャンプのみんなが心当たりあるかも。持ち帰って聞いてみよう」
ピノキオは手紙をそっと懐にしまうと、がっくり肩を落としながらも、虎リリー姫の後を追いかける。
今のところ実戦訓練でまったく獲物を仕留められなかったが、彼が見つけたその“小さな手紙”こそが、新たな波乱を呼ぶ予感だとは、まだ誰も知らなかった……。




