04. 南方の森の記憶 ― 失われた王と流れる涙
アンナは、小さな魔女が南方の森について次々と疑問をぶつけるのを黙って聞いていた。しばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと深いため息をつくと、低い声で語り始めた。
「……かつて、この森は――」
アンナの瞳に遠い記憶が映る。
「南方の森はね、かつてとても幸せで、明るかったの。高くそびえる青々とした木々、木々の間で楽しげにさえずる鳥たち。清らかな小川の水は、まるで飲むと心も潤うかのよう。夏になると、花々が一斉に咲き乱れ、甘い香りが森中に漂っていた……。子供の頃、私たちは花の中でかくれんぼをして遊んだものだ。」
アンナはしばらく目を伏せ、語り続ける。
「その時、ライオン王がこの森を治め、動物たちはみんな仲良く、争いもなく暮らしていた。中でも、王子と呼ばれる小さなライオンは、未来の王として、いつも森の平和を守るために奮闘していた。彼は、どんなに小さくても、困っている仲間のために勇敢に立ち上がり、みんなに愛されていたの。」
彼女の声は次第に哀しみを帯び、空気が重くなる。
「ある日、数日間にわたって大雨が降り続け、川は激しく流れるようになった。そのとき、ある灰色のオオカミが王子のもとに駆け寄り、『川の中で、ある動物が流されそうだ!』と訴えたの。王子は急いで川辺へ向かった……が、その背後で、あのオオカミは不敵な笑みを浮かべ、王子を力ずくで川へ押しやったのだ。」
アンナは、語るたびにかすかな震えを見せる。
「ライオン王はすぐさま現場へ駆けつけた。必死に川と闘いながら、王子を岩の上に押し上げた。しかし……その激流に、ライオン王自身も力尽き、もはや岸へ上がることはできなかった。あの日、ライオン王はこの森から、そして……王子も、いつしか姿を消してしまったの。」
周囲は静まり返り、仲間たちは皆、アンナの話に聞き入る。
「それ以降、南方の森は……」アンナは声を落として続けた。
「ライオン王と王子がいなくなった今、飢えた灰色のオオカミたちが次々と森に侵入し、無秩序な狩りを始めた。かつて平和だった森は、一転して危険な荒野と化し、南方の街と翡翠城を結ぶ道も封ざるに至った。」
――その話を聞いたライオンは、いつの間にか胸中に激しい記憶が蘇っていた。
彼の頭の中には、あの大雨の中、必死に父に救われたはずの瞬間、そして父が激流に流される惨劇が鮮明に蘇る。心が裂けるような痛みとともに、彼は地面に転がり、かつての恐怖と後悔に打ちひしがれた。
「ライオン! ライオン! 大丈夫か!?」
ジャックが心配そうに叫ぶ。
「ブリキの木こり! ブリキの木こり、彼を抑えてくれ!」と案山子も慌てて駆け寄る。
アンナも急いでライオンの元へと駆け寄り、優しく彼の肩に手を置いた。
しばらくして、ライオンはやっと呼吸を整え、震える声で語り始めた。
「……俺は、あの日、雨の中、父を救えなかった。父は、俺を守ろうとして流されてしまったんだ。俺が外へ飛び出したから……俺のせいで……。その罪悪感が、今も胸に重くのしかかっている……。あの日以来、俺は恐ろしくなって、どこへも行けなくなった。気がつけば、俺は東の森に迷い込み、誰も寄ってこなくなって……。ずっと、ずっと……俺は、東の森のライオンとして生きてきた。でも、今、ドロシーに出会って……勇気を取り戻すことができたんだ。」
ライオンの語る声は、やがて力強さを取り戻し、彼の目に決意の炎が灯る。
「俺は、南方の森の王子だ! 父の遺志を継ぎ、あの灰色のオオカミどもを追い払って、森に平和を取り戻さなければならない!」
すると、アンナは優しく微笑みながら言った。
「私の愛しの王子よ、どうか森の奥深くへ戻り、灰狼たちを追い払って、かつての輝きを取り戻してちょうだい。」
小さな魔女も、横で熱い視線を送る。
「もう、オズ大王から勇気を授かった王子。あなたならできるはずよ。過去の悲しみを乗り越えて、南方の森を再び生き生きと蘇らせなさい。現実から逃げるのではなく、今こそ責任を持って戦う時よ!」
ライオン王子は、ゆっくりと立ち上がり、胸を張って仲間たちに向き直る。
「そうだ。俺は、もう逃げはしない。俺の父のため、そしてこの森のため、今ここに立ち上がる!」
ジャックは元気よく手を叩き、
「よし! 一緒に灰狼たちを追い払おう!」
と声を上げる。
すると、案山子はにっこりと笑いながら、突然ひらめいた様子で言った。
「そうだ! 良い作戦があるんだ。今夜、しっかりと準備をして、明朝早くから奇襲をかけよう!」
みんなはそのアイディアに賛同し、次々と役割分担を始めた。
翌朝、空がまだ薄暗い中、王子とアンナは肩を並べ、灰狼の巣穴へと走り出す。
王子は大きく息を吸い込み、怒りの咆哮を上げた。
「オレは、南方の森の王子だ! ここから、全部の灰狼どもを追い出す!!」
その咆哮は、まだ眠っていた灰狼たちをびっくりさせ、震え上がらせた。
巣穴の奥から、頑強な灰狼が現れ、にやりと笑いながら言う。
「おやおや、洪水で父を奪った王子が、こんなところに……。当時、もっと見張っていればよかったのに。今は、我々がこの森を支配しているんだ!」
その言葉に、王子は一瞬、全ての真相が明らかになったかのように感じた。
――すべては灰狼の策略だった。王子は、彼らがわざと自分を川辺に誘い、父と共に自分を流し去ろうと仕組んだと悟る。
怒りに燃えた王子は、アンナと共に激しい戦いを始めた。
アンナも、かすかな微笑みを浮かべながら、王子の戦いを見守る。
戦いは激しさを増し、森の奥深くへとまで響く咆哮と、斧や牙が交わる激闘の音が鳴り響く。
やがて、ブリキの木こりは飛び上がり、小さな魔女は箒に乗って上空から援護を行い、案山子も力強く声を上げ、次々と灰狼を追い払った。
戦いの末、灰狼の数は激減し、王子はついに決定的な一喝を放つ。
彼は大地に向かって最後の咆哮を放ち、
「オレは南方の森の王子だ!! これからは、全ての仲間と共に、この森を守る!!」
その咆哮は森中に鳴り響き、遠く離れた場所にいた動物たちもその声を聞いて、再び希望を取り戻した。
その後、森の仲間たちは集い、巨大な焚き火を囲んで祝賀の宴を開いた。
王子は仲間たちに向かい、
「灰狼どもはもう二度と戻ってこない。だが、俺はまだ、オズ大王のもとへ行き、親友ドロシーを救い出さねばならない。安心してくれ、必ず戻って、この森を守り続ける!」
と力強く宣言した。
翌朝、ジャック、小さな魔女、案山子、ブリキの木こり、そして王子は、森の仲間たちの惜別の中、再び黄レンガ道を踏み出した。
彼らは、南方の街へ向かい、オズ大王の元へと急ぐのだった。
――こうして、王子たちの冒険は、新たな目的を胸に、再び動き出したのであった。