39. 少年たちの魔法の住処
翌朝。
ピーターパンは真っ先にウェンディ、ジャック、ピノキオを連れて、森のあちこちにある大きな樹のほうへ向かった。
「まずは君たちが自由に地下之家に出入りできるように、ピッタリの空洞を探さないとね」
迷子の少年たちは、それぞれ身体の大きさが違う。そのため、自分専用の空洞の樹洞を使わないと、スムーズに地上と地下を行き来できないのだ。
「海賊や猛獣が侵入しようとしても、身体が合わなくて入れないようになってるんだよ。どうだ、すごいだろ?」
ピーターパンが得意げに胸を張る。
彼はまるで仕立て屋のように、ウェンディ、ジャック、ピノキオの胸囲や肩幅、腰回りまで丁寧に“計測”していく。
「よし、このくらいの幅なら……この木がちょうどいいかな。ここはジャック向き。ピノキオは……こっちだ」
少しあとには、それぞれにピッタリの“樹洞”が見つかった。
あとは練習あるのみ。息を吸って体を小さくし、ツルッと滑るように樹洞の中をすべり降りる。
地上へ戻るときは、腹筋を使いながら虫のように必死に這い上がる。
最初は怖がっていたウェンディも、何度か練習するうちに「あら、意外と楽しいわ!」と笑顔を見せた。
ジャックは当初、「地下」と聞いて暗く湿った場所を想像していた。
しかし、いざ樹洞を滑り降りてみると――
「う、うわぁ……!」
そこには想像をはるかに超える光景が広がっていた。
頭上には無数の樹洞があって、そこから燦燦と日差しが差し込んでいる。
まるで天窓がいくつも開いているかのように、地下空間が明るく照らされ、そこかしこに自然のスポットライトが当たっていた。
「ここ……ほんとに地下なの?」
ピノキオもあまりの明るさに目をぱちくり。
ピーターパンは「あったりまえさ。夜はまた違う雰囲気になるんだぜ」とウインクしてみせる。
彼らがまず案内されたのは広々とした“大広間”だった。
中央には大きな丸テーブルがあり、なんとこれはかつてこの地下で育っていた“夢幻樹”を切り倒し、その幹を輪切りにして作ったものらしい。
周囲に並ぶのは、カラフルなキノコをひっくり返したかのような即席のイス。
「へえぇ……なんだか、おとぎ話みたい」
ウェンディは思わずテーブルを指先でなぞり、感嘆の息をもらす。
大広間の先には、何本もの通路があった。
ピノキオがどれか一つをのぞき込むと、そこは子どもたちが遊ぶための“球技場”になっていた。
木製のバスケットゴールならぬバケツが壁に取り付けられ、少年たちが輪になってボールを投げ合い、ゴールを競い合う。
ジャックが別の通路を進むと、そこには武器や防具が並んだ“訓練場”が。
地面にはたくさんのくぼみや斬撃の跡があり、これまでの闘いの激しさを物語っていた。
海賊やインディアン、猛獣から奪ったらしき武器のコレクションが、所狭しと並んでいる。
ウェンディは“寝室”エリアを見学した。
そこでは、壁にいくつもの洞穴が掘られていて、それぞれが一人用のベッドルームになっている。
お気に入りのおもちゃや人形が置かれていたり、くるくるした線で壁に落書きがされていたり――そこには少年たちの自由な暮らしが詰まっていた。
最後に三人が揃って向かったのは“キッチン”だ。
大きな釜や鍋、皿やカップが所狭しと並び、いくつものかまどからは、香ばしい匂いが漂っている。
「うわぁ……すっごくいい匂い……」
ピノキオはお腹を押さえてつばを飲み込んだ。
するとタイミングよく、ピーターパンと迷子たちがキッチンへ入ってきて、大きな鍋を次々に運びだした。
「さ、飯の時間だぜ!」
大広間の丸テーブルの上に並べられた鍋や皿――思わずジャックとピノキオの胃袋が鳴る。
「よーし、みんな準備はいいか? いっせーのーせっ!」
ピーターパンの掛け声で鍋のフタが開く……しかし、中は空っぽ。
「え……? ない……」
見間違いかと目をこするが、どの鍋も空っぽで、香りさえも消えているような気がした。
ところが、迷子の少年たちは自信満々にお皿を持ち、空の鍋からスープをよそう真似をし、パクパク食べる仕草をしている。
「うめー!」「これ最高!」
ふざけているのかと思いきや、彼らは大真面目に大口を開けて、まるで本当にごちそうを頬張っている。
「早く食べなよ、冷めちゃうよ!」
ピーターパンはジャックの目の前の空き皿に、スプーンですくった“何か”を移すしぐさをした。
「ど、どういうこと……?」
ウェンディはポカンと口を開ける。
しかしお腹がすいたピノキオは耐えきれず、見よう見まねでスプーンを“空気”の中に突っ込み、それを口に運んだ。
――その瞬間、彼の舌に“本物”の味が広がる。
「えっ、うまい……!? な、なにこれ?」
ピノキオが目を開けると、空だったはずの鍋にはマッシュポテトやチキンレッグ、果物やケーキまでぎっしり詰まっていた。
「うわっ、本当に出てきた……!」
ジャックもウェンディも驚きつつ、ついお腹の空き具合に負けて同じように空気を“すくう”。
すると、目の前に色とりどりの料理が次々と具現化していった。
「やったー、すごい……夢幻島ってほんとに何でもありなんだ……」
三人は喜びあいながら、少年たちと一緒に大盛り上がりで食事を楽しんだ。
さっきまで空っぽだった鍋や皿が、思いきり“想像”した瞬間に、本物のごちそうへと変わる――これが夢幻島の魔法。
食事の途中、カーリーと双子の少年が肉を取り合い、喧嘩を始めた。
双子が持つフォークがカーリーのふわふわヘアに突き刺さったまま取れなくなり、周囲は大爆笑。
ピーターパンは吹き出して、「まるでアイヴィルがフォークで髪をとかしてたときみたいだ!」とからかう。
「アイヴィルって誰? なんでフォークなんかで髪をとかすの?」
ウェンディは興味津々に身を乗り出す。
「アイヴィルは好奇心旺盛な人魚で、父親から『人間と関わるな』と言われてるのに、沈んだ船でいろんな人間のモノを集めてるんだ。で、フォークを見つけて“これは髪をとかす道具だ”って思いこんで使ってたのさ。ちょうど今のカーリーみたいにね!」
ピーターパンが笑い転げると、ウェンディは目を輝かせて言った。
「人魚……! やっぱりいるのね。美しい髪に大きな尾ひれを持っているって聞いたことがあるわ。歌声だってすごく綺麗なんでしょ? ぜひ会ってみたいな!」
ピーターパンは勢いよく立ち上がり、手に持っていた皿を“スパッ”と置く。
「んじゃ、今から会いに行こうか! 満腹になったし、退屈だし、ちょうどいい!」
「わーい、人魚のラグーンだ!」「行こう行こう!」
少年たちは一気に盛り上がり、テーブルを離れようとする。
しかし、ウェンディは「ちょっと待って!」と母親モードで手を広げた。
「ごはんを食べたあとは、お片づけをするのが礼儀でしょう? お皿を片づけてからでも遅くないと思うわ」
少年たちは今までそんな習慣はなかったが、何しろウェンディは“ママ役”なので、さすがに逆らえない。
仕方なく、わいわい言いながらも鍋や皿を片付け、そして樹洞を抜けて地上へ。
彼らは森の小径を進み、木漏れ日の下を歩きながら海のほうへ向かう。
サルやカラフルな鳥たちが周囲でにぎやかに囀り、ジャングルのように生い茂った草木に、いかにも夢幻島らしい生命力を感じる。
「……あれ?」
ピノキオが足元に目を落とすと、地面が白い粉に覆われ始めていた。
「な、なんだろう、これ……?」
ジャックは屈んで手に取る。冷たくて柔らかく、手の中で丸められる感触――。
「これ、雪だよ。でも、どうしてこんなとこだけ……?」
ピノキオは無邪気に雪のボールを作り、ジャックめがけて投げる。
「わっ、そうそう、こんなふうにして遊ぶんだ!」
ジャックは避けたが、その雪玉はカーブしてカーリーの頭に命中。
「誰だー!」
カーリーも負けじと雪玉を作って投げ返し、しかし誤ってトットにヒット。
トットが投げたのはルフィオに命中――そしてピーターパンは笑いながらウェンディに向けて雪玉を……。
あっという間に大雪合戦が始まり、しばらくみんな大はしゃぎ。
「ははは、やっぱ面白いな!」
やがて雪原の一角を抜けると、再び景色は青々とした森に戻る。
「なんでここだけ雪があったんだろう……。まあいいか、夢幻島だし!」
ジャックとピノキオは顔を見合わせて苦笑しながら、先を急いだ。
やがて潮風の香りが漂い、遠くからは波の音が聞こえてきた。
木々の向こうに青い海がちらちら見え、陽光を反射する水面がキラキラと輝いている。
「わぁ……ここが人魚のラグーンかしら」
ウェンディは思わず息を呑む。
崖の上からは勢いよく滝が流れ落ち、飛沫が虹を描く。
湖のように穏やかな海域のあちこちで、人魚たちが楽しそうに泳いだり、岩場で髪を梳いたり、貝殻やヒトデを拾ったりしている。
魚の尻尾をゆらしながら、色とりどりのシャボン玉を飛ばし、虹をゴールに見立てて“泡ボール”で遊んでいるグループもいる。
「……ほんとに、美しすぎるわ……!」
ウェンディは胸の前で両手を組み、感動に浸る。
人魚たちの上半身は人間のように優雅で、髪は長く光沢を帯び、顔立ちはまるで人形のように整っている。
下半身は華麗な魚の尾ひれで、金色や虹色、エメラルドグリーンなどさまざまな色彩がキラキラ輝いていた。
そして何より、彼女たちの歌声は透き通るように美しく、その響きは海を渡り、聞く者を魅了してしまう。
これが原因で、海賊や船乗りが意識を失い、船を暗礁にぶつけることもしばしば、というわけだ。
ピーターパンは人魚たちを見ると笛を取り出し、明るいメロディを吹きながら空を舞う。
「やあ、みんな元気かー?」
人魚たちはキャッキャと手を振り、ピーターパンのまわりに集まってくる。
ウェンディ、ジャック、ピノキオもそばに行くが、人魚たちは彼らに見向きもせず、ピーターパンの武勇伝をせがんだり甘えたりしている。
「……あれ、予想とちがう……」
ウェンディは少し寂しそうに砂浜に腰を下ろした。
「せっかく会えたのに、話しかけてもくれないなんて……」
そのとき、やわらかい声がウェンディの耳に届く。
「ねえ、あなた、迷子の少年たちの仲間じゃないわよね? もしかして、妖精さん?」
「え……?」
ウェンディが振り向くと、赤い髪をした人魚が岩の上から顔を出していた。
紫の貝殻で作られたトップスを身につけ、青く光る尾ひれをゆらしている。
(わあ……本物の人魚が、話しかけてきてくれた……!)
ウェンディは胸の高鳴りを感じながら、その人魚に向かって微笑む。
「わ、わたしはウェンディっていうの。妖精じゃなくて、普通の人間よ。あの子たちには“ママ”になってくれって頼まれたの……」
「まあ、そんな子もいるんだね。あなた、可愛いじゃない」
人魚はくすっと笑い、ゆっくりと彼女に近寄ってくる。
こうしてウェンディは、人魚たちとほんの少しだけ距離を縮められそうな気がして――
心がわくわくと躍り始めたのだった。




