38. 夢幻島の小さな家と誓い
「よーし、ウェンディのために“家”を建てるぞ!」
ピーターパンの号令に、迷子の少年たちが一斉に歓声をあげた。
「まずは家具だ、あとは木材も必要だ!」
ピーターパンが腕を振り上げると、少年たちはてんでに地下の家へ走り、自分の一番お気に入りの毛布やイスを持ち出してきた。ある者は斧を抱え、森へ向かい木を切り倒しにいく。
ジャックとピノキオはその様子を見て、少し気後れしながらピーターパンに声をかける。
「ピーターパン、ぼくたち……ウェンディがあんな目に遭っちゃって、本当に申し訳ないんだ。何か手伝えることがあれば、ぜひ言ってほしい」
ピーターパンはちょうど寝ているウェンディの身長を“足”で測りながら、にやりと笑った。
「実は、もっとうんと大きくて暖かい家にしようと思ってるんだ。材料がもっといる。君たち、森で木を切ってきてくれないか?」
ピーターパンは大げさに背筋を伸ばし、隊長のように腕を組む。そこへ材木を運んできたカーリーが現れたのを見計らって、威勢よく命令した。
「カーリー、新入りのジャックとピノキオを連れて森へ行け! もっと木材が必要だ。テーブルやイスを置くスペースも確保したいからな。急げよ、ウェンディが目覚める前に完成させたいんだ!」
「了解っ、隊長!」
カーリーはピンと背筋を伸ばし、ジャックとピノキオを連れ立って森の奥へ消えていく。
ジャックはちょうどいい太さの木を見つけて、銀色の斧を構える。
「せーの……」
「バキッ……ドンッ……!」
ピノキオも反対側から力強く斧を振り下ろし、あっという間に一本の木を倒した。
「さすがだね、ジャック。まさかこんなに早く切れるなんて!」
ピノキオが驚きながら声をかけると、ジャックは少し照れくさそうに笑う。
「ふふ、父さん(ジム)に教えてもらったんだ。こういうときは迷わず思いきりやるほうがいいって」
斧の“ズンッ、バキッ”という音が森に響き、一気に何本もの木が切り倒されていく。
それを適度な長さに切り揃え、カーリーと三人がかりで抱えては草原へ運んだ。
「これだけあれば十分かな……?」
ピノキオが汗をぬぐいながら聞くと、ジャックも「かなりの量だよね」と息を整える。
「ウェンディの足元に置いとこう。ピーターパンたちが組み立てるはずだ」
草原に戻ると、木材は十分揃ったものの、少年たちはどうやら「どんな家を建てるか」悩んでいる様子だった。
「うーん、ウェンディが好きなデザインとか、全然わかんないし……」
「どうしよう……変な家になったら嫌われちゃうかも……」
ピノキオも困った顔。
「確かに、わからないよね。彼女の好みとか……」
すると、ジャックがピノキオの口をそっとふさぎ、指を唇に当てて「しっ!」と小声で言う。
「見て。ウェンディが、寝言を言ってるみたい」
ピーターパンは嬉しそうに駆け寄る。
「わあ、また夢話だ! 昔もよくベッドのそばで笛を吹いてやると、こうやって“好きなもの”を口にしてたっけ……。ねえ、ウェンディ、どんな家が欲しいの?」
うつらうつらと眠っているウェンディは、かすれた声で小さくつぶやいた。
「……かわいい……赤い壁……深い緑の……こけに覆われた……屋根……」
その瞬間、少年たちは「よし、これだ!」と一斉に動きだした。
切り倒した木は樹液が赤く、並べるとまるで自然の赤い塗装を施したように見える。
草原には青々とした苔もたくさんある。
少年たちは急いで苔を集めて屋根に貼りつけ、赤い板壁と緑の屋根を組み合わせた“小さな家”をあっという間に完成させはじめた。
さらにピノキオは再び眠りの中のウェンディに尋ねる。
「ウェンディ、壁と屋根ができたよ。他に何か欲しいものはある?」
彼女は微かに口を開き、「……きれいな窓……白やピンクのバラが……いっぱい咲いて……かぐわしい香り……」と続ける。
「窓か、すぐ作るよ!」
少年たちは慌てて板に穴を開け、そこに透明な樹液や葉っぱを使って“即席の窓”をつくった。さらに黄色い大きな葉をカーテン代わりに吊るし、外からの光を柔らかく受け止めるように工夫する。
ところが問題は「バラ」だった。
草原を探し回っても、バラの花などどこにも見当たらない。
「どこにもないよ、どうしよう……」
「でも、ピーターパンがあれほど『バラを植えろ』って……」
少年たちは焦りに焦り、ついに“ないものは作ればいい”とばかりに、地面を掘っては何も植えないまま埋め戻し、
「わあ、すごいバラ畑だ、香りがすてき~」
と大袈裟に鼻をくんくんさせ始めたのだ。
「え……あれ、何やってるんだろ」
ピノキオは不思議そうに首をかしげる。
ジャックは苦笑してささやいた。
「多分、ピーターパンに怒られたくないから“植えたフリ”してるんだよ。でも、さすがにバレるんじゃないの……?」
ところが――。
「うん、見事だな! バラがいちめんに咲き誇ってる! ウェンディもきっと喜ぶだろうなぁ!」
ピーターパンは本気で満足そうにうなずいている。
ジャックとピノキオは、顔を見合わせて「えっ……?」と言葉を失った。
こうして、小さな家はみるみる形になっていった。
ただし、外からは完全にウェンディの姿が見えなくなってしまうほど、すっぽり囲んでしまっている。
ピーターパンは歩き回り、最後の仕上げを点検している。
「屋根は……よし、苔もしっかり貼れてる。赤い壁もいい感じ。あと……煙突がないな!」
ルフィオが真顔でうなずく。
「確かに、煙突がないと家らしくないかも。何か長い筒状のものは……」
「あるぞ~!」
カーリーが急に思いついたように地下の家へ走り、しばらくして白いコック帽を持って戻ってきた。
「これを破けば、高い煙突っぽくなるでしょ?」
ピーターパンはそれを受け取ると、帽子の先端を破って円筒形にし、屋根のてっぺんへ設置する。
「おお、いいじゃないか!」
と満足げに眺めていると――なんと、そこから本物の煙のような白いもやが、ふわりと上がってきた。
「うわ、ほんとに煙突みたいだ……!」
ピノキオとジャックは目を丸くする。
(まさか、こんな帽子から煙が出るなんて……ここが夢幻島だから、何でもアリなのか……)
【ウェンディ、目覚める】
家が完成したあとは、ピーターパンが皆に声をかける。
「よし、仕上げは“ノック”だ。みんな、服の汚れを落として、ちゃんと見栄えよくしろよ。第一印象って大事だからな!」
少年たちは口々に「はーい!」と答え、泥や葉っぱを払い落とす。
そしてピーターパンは木の扉を“コンコン”と礼儀正しく叩く。
森の中がしんと静まる。
やがて、小さな扉が開き、眠そうな目をしたウェンディが顔を出した。
「ここは……どこ……?」
ルフィオが一歩進み出る。
「ウェンディさん、これはあなたのために建てた家なんです。周りにはバラも……(と、ぼそっと言いながら、)本当はないけど……はい、一応ね……」
ウェンディは何も知らないまま、驚いた様子で小屋の周りをぐるりと歩く。
赤い壁に苔むした屋根。素朴だけれど、とても可愛らしい。
「……まぁ! 夢で見た家そのものだわ。こんな素敵な家を作ってくれて、ありがとう!」
その言葉を聞いたトットは深々と頭を下げ、声を詰まらせながら謝罪する。
「ウェンディさん……。ぼく、あなたを“大きな鳥”だと勘違いして、弓矢を……。本当にごめんなさい。嫌われても仕方ないけど、どうかぼくらを見捨てないで、ママになってほしいんです……!」
ウェンディは思わず戸惑い、顔を赤らめる。
「わたしが……あなたたちのママ? でも、わたしはただの女の子で、ママなんて経験ないのよ……?」
「いいんだ! ぼくらは優しい人がいてくれて、物語を話してくれたらそれで十分なんだ!」
ピーターパンが横から口を挟むと、他の少年たちも「そうそう!」と口々に賛同する。
ウェンディは小さく笑みをこぼした。
「そう……。じゃあ、少なくともわたしにできることはあるわね。ええと、寝るまでに“シンデレラ”の続きをお話ししてあげる。……それでどう?」
「わーい!」
少年たちは大喜びで、一斉に家の中へと入っていく。
ジャックとピノキオは入口でぼんやり立ち尽くす。
「こんなに狭そうなのに、みんな入るの……?」
しかし、ふたりも恐る恐る中へ入ってみると、意外にも広々としていて、少年たちが思い思いに地面に腰を下ろしていても、ぜんぜん窮屈じゃない。
(やっぱり、ここは夢幻島なんだな……)
ジャックとピノキオは目を見合わせ、そっと笑う。
ウェンディは少年たちにお話を聞かせ、彼らは満足そうに耳を傾ける。
やがて物語が終わり、男の子たちは地下之家に戻って眠ることに。
今夜はウェンディ、ジャック、ピノキオの三人だけがこの小屋に泊まることになった。
ピーターパンは短剣を腰に下げ、外で見張りに立つ。
「海賊の馬鹿騒ぎがまだ聞こえるし、狼もいる。ここはぼくが守るから、安心して休むといいよ」
みんなが寝静まったあと、ピーターパンもさすがに疲れたのか、草の上でうつらうつらしてしまう。
そこへ通りかかった妖精たちが、ピーターパンの頬をつんつんしたり、鼻先をこしょこしょしたり――ちょっとした悪戯をして楽しんでいく。
「チリン、カラン……ふふふっ」
ピーターパンは微動だにせず、あどけない寝顔で寝息を立てていた。
そして、夜の夢幻島の空には、満天の星が瞬いていた――。




