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36. 夜空に散る星と夢幻島

夜の空は、無数の星がきらきらと瞬き、まるでダイヤモンドが散りばめられたように輝いていた。

さらさらと吹く夜風は並木道の葉を揺らし、ほのかな緑の香りを運んでくる。

黒い夜空のキャンバスに浮かぶ雲はふわりと柔らかく、どこか幻想的な雰囲気を漂わせていた。


その夜、ダーリング氏とダーリング夫人とゼペットは「27番地の家」から重い足取りで外へ出てきた。

海軍の将校に相談した結果、彼らは「子どもがロバになる? そんな馬鹿げた話があるか」と一蹴し、夢幻島ネバーランドの存在もまるで取り合ってくれなかった。

「巡回を強化する」とは言ってくれたものの、実質的な捜査はしてくれそうにない。

大人たちは落胆して顔を見合わせる。


するとそこへ、慌てた様子のナナ(保姆犬)が駆け寄ってきた。

「ワン、ワン……!」

彼女の訴えに、ダーリング氏とダーリング夫人は青ざめる。

「なんだって……! ウェンディが、見知らぬ男の子と一緒に、窓から飛んで行った……!?」


三人は急いで家に戻り、子ども部屋へ駆け込んだ。

しかし、そこはもぬけの殻。

ダーリング夫人はウェンディの空っぽのベッドを見て、ショックのあまり椅子に崩れ落ち、泣き出してしまう。

ダーリング氏は必死になだめようとするが、どうにも取り乱す妻を落ち着かせることができない。


ゼペットは開け放たれた窓のところで夜空を見つめながら、低く呟く。

「きっと、ピーターパンだろう。だったらウェンディやジャック、ピノキオのこともちゃんと守ってくれるはずだ。

……大人には、どうにもできない世界がある。結局、あの子たちが自分の力でロバにされた子どもたちを救うしかないのかもしれないね」

窓の向こうには、星明かりが満ちる深い夜空が広がっていた。


一方そのころ、ピーターパンとウェンディ、それにジャックとピノキオの四人は、思いきり両腕を広げて夜空を飛び回っていた。

高い鐘楼のまわりをくるくる旋回し、町の家々のあいだをすいすいと駆け抜ける。

月明かりに照らされた彼らの影が地上に映り、通りをうろつく犬たちが「ワンワン!」と驚いて吠える。


「すごい……ほんとに飛んでるんだ……!」

ピノキオは地上の家並みがどんどん小さくなっていくのを見下ろして、思わず歓声をあげる。

ジャックも目を合わせてニッコリ。初めての飛行に心が弾んでいるようだ。


やがて彼らは町の外れに広がる湖の上空へ差しかかった。

静かな湖面には月や星の光がきらきらと映り込み、まるで銀色の鏡のよう。

水辺で眠っていた鳥たちは思わぬ来訪者に驚いて飛び立ち、はばたきの音が夜の静寂を乱す。


ウェンディは湖面に映る自分の姿を見て、思わずポーズをとってみる。

それを見たティンカー・ベル(小叮噹)はどこか面白くなかったのか、さっと湖面の上を飛び去り、指先でちゃぷんと水面をかき回して彼女の姿を歪ませてしまう。

(……どうやらティンカー・ベルは、ピーターパンに近づくウェンディの存在が気に入らないらしい。)


さらに夜風が強まると、四人の身体はふわりと上昇しはじめた。

町の灯りはやがて闇に溶け、海岸線が白銀の月明かりで浮かび上がる。

「わあ……海がきれい……」

ウットリ見下ろすウェンディに、ピーターパンが話しかける。


「ねえ、ウェンディ。今日はどうしてお母さんがいなかったの? いつもならベッドでお話をしてくれてるじゃないか」

ウェンディは、大人たちが海軍に掛け合いに行ったことや、結局は夢幻島やロバの話を相手にされなかったことを説明する。

ピーターパンは「ケッ」と鼻で笑った。


「そりゃそうさ。大人はもう夢を見ることをやめた連中だ。そんな連中に、夢幻島を見つけるなんて絶対に無理なんだよ」

「じゃあ……どうやってフック船長は夢幻島に来れたの?」

ジャックが素朴な疑問を口にする。


「奴は野心の塊なんだ。夢幻島を手に入れたいっていう強い思いが、島への道を見失わないようにしてるんだよ」

ピーターパンがそう言うと、ピノキオが気になる様子で尋ねた。

「ピーターパン、あとどのくらい飛んだら夢幻島に着くの?」


「ほら、見える? 夜空で一番輝いてる、あの“右から二番目の星”だ。あれを夜明けまで追いかければ、夢幻島へ行けるんだ」

ピーターパンは自信たっぷりに星を指差し、ウェンディの手を取ってさっと先に飛び出す。

ジャックとピノキオも慌ててあとを追いかけた.


しばらくすると、東の空がほんのりと明るくなってきた。

夜の闇を押しのけるように、朝陽が海の向こうから顔をのぞかせる。

金色の矢となって射し込む光が、まるで「こっちへ進め!」と彼らを導いているようだった。

やがて目の前に大きな雲のかたまりが現れ、ピーターパンはその白い霧にためらうことなく突っ込んでいく。


「……わあ、真っ白!」

ジャックとピノキオ、ウェンディも後に続くが、雲の中は周囲が白い霞に包まれ、視界が悪くなってしまう。

しかし、金色の陽光が矢のように射し込み、行くべき道をほんのり示してくれる。


やがて雲を突き抜けた瞬間、目に飛び込んできたのは信じられないほど美しい光景だった。

雲海の下に広がる青い海。透明度が高く、魚たちが泳ぐ姿までくっきり見える。そして、その海の中心に――夢幻島があった。


山脈のように高く連なる岩肌。

その山のふもとには無数の小さな家が立ち並び、妖精たち(フェアリー)が暮らす国がある。

庭で花を育てたり、踊ったり、歌ったり……小さなフェアリーたちが生き生きと楽しそうに過ごしている。


島の右手には人魚たちが暮らすラグーン。サンゴ礁が集まってできた湖のような場所だ。

美しい尾ひれを持った人魚たちが嬉しそうに水しぶきをあげ、その歌声はまるで天上の音楽のように澄んでいる。


左手の森林には円錐形のテントが並び、インディアンたちが暮らしている。

彼らは羽根飾りを身につけ、豊かな自然に感謝しながら狩りや釣り、音楽を楽しむ。

闇夜には焚き火を囲み、力強い踊りを披露するらしい。


そして島の下方に、湾のように大きく入り組んだ海岸が見えた。

そこには荒くれ者の海賊たちが屯し、ボロボロの建物が立ち並んでいる。

巨大な骸骨旗を掲げた海賊船が停泊しており、どこか不穏な空気が漂っている。


「わあ……すごい!」

ウェンディは雲の上に立つようにして、夢幻島の景色を見下ろす。

その視線の先、海賊の港に停まる船を見て、ピノキオが叫んだ。


「ジャック、あそこ! あの船……ぼくたちを捕まえた海賊船だよ!」

「うん、間違いない。船首に骸骨の彫刻があったはずだ」

ジャックは拳をぎゅっと握りしめる。


ピーターパンが少し得意げな声で言う。

「あれがフック船長の“ジョリー・ロジャー号”さ。手下はどいつもこわい連中ばかり……。でも、フック船長はぼくの獲物だ。君たちは絶対に手を出さないでよね。アイツを倒すのはぼくの役目なんだから」


ピーターパンがそう言い終わらないうちに、ドカーン! と凄まじい音が島の下から響いた。

海賊船のそばに火花と白い煙が上がり、黒い砲弾が勢いよく空へ飛んでくる。

「わああっ……!」


フック船長の手下たちは、望遠鏡ですでにピーターパン一行を発見していたのだ。

「目標、雲の上のガキどもだ! 打ち込め、打ち込めーっ!」

海賊たちは火薬と砲弾を装填し、一斉に砲撃を始めた。


一発目の砲弾は子どもたちをかすめるように通過し、衝撃波の風圧で彼らをぐらりと弾き飛ばす。

「あ……!」

ピノキオはその瞬間、強烈な恐怖で頭の中が真っ白になった。


「や、やばい……飛べない……!」

恐怖と混乱で“楽しい想像”がかき消され、ピノキオの身体はあっという間に浮力を失ってしまう。

「ピノキオ! しっかり! 楽しいことを思い出すんだ!」

ピーターパンの声も届かないまま、ピノキオはずるずると落下しはじめた。


「まずい……!」

ピーターパンは下へ急降下してピノキオを捕まえようとする。

だが、海賊船からは次々と砲弾が飛んでくるせいで、思うように近づけない。


「ピーターパン、ぼくも手伝う!」

ジャックはティンカー・ベルに「ウェンディを連れて“地下の家”へ行ってくれ!」と頼むと、自分もピーターパンと一緒に落ちていくピノキオを追う。


ティンカー・ベルは言われたとおりウェンディを連れて行く……はずだった。

しかし、今はピーターパンがピノキオを助けに行ったことで、ウェンディとティンカー・ベルの二人きりになっている。

“彼女をなんとか追い出してしまいたい”

――ティンカー・ベルの胸には、嫉妬と怒りが渦巻いていた。


(ピーターパンはいつも私と二人でいたのに……! なのに、あの子が現れてから、ピーターパンはあの子ばかり。プレゼントまであげちゃって……!)


ティンカー・ベルは小さく嘲笑うと、ウェンディの耳元で“チリン、カラン”と妖精語を叩きつけるようにささやく。

ウェンディは妖精の言葉を理解できず、「え、何、行けばいいの?」と勘違いしてしまう。


「ちょ、ちょっと待ってよ、ティンカー・ベル! そんなに速く飛ばないで!」

ティンカー・ベルはウィンディングロードのごとく森の奥へ突進する。

ウェンディは懸命に追おうとするが、スピードが全然違う。


「ああ、見失っちゃう……!」

森の中へ入りこんだウェンディは、すぐにティンカー・ベルの姿を見失ってしまった。

あたりには大きな枯れ木や鬱蒼とした草木が広がり、辺り一面が薄暗い。


ウェンディは不安そうに飛びながら、必死でティンカー・ベルを探す。

「ティンカー・ベル! ねえ、どこに行ったの? 私を置いていかないで!」

しかし、返事はない。


こうしてウェンディは、彼女の知らない夢幻島の森の奥深くで、ひとりぼっちになってしまったのだった――。

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