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33. 大鯨の逆襲と新たな誕生

大鯨はくしゃみをした直後、鼻先のむずむず感に首をひねっていた。

「おかしいな……なんで急にこんなに鼻がかゆくなったんだ?」

海面に浮かんだまま、あちこちを見回す。すると、つい先日丸呑みにしたはずのゼペットの小舟の残骸がプカプカ漂っているのを発見した。


「……あれ? こいつは確か、もう腹ん中に入れたはずだったのに」

そう思って残骸に目を凝らすと、甲板の一部らしき木片には焦げた跡がある。そして、その近くで必死に泳いでいるジャックたちの姿を見つけた。

大鯨の思考は一瞬で繋がる。


(そうか……さっき腹の中が熱くなって、鼻が煙にやられたのも……あいつらの仕業か!)


大鯨は怒りに満ちた唸り声をあげた。

「グオォォォォオオオッ!!」

その叫びは海上に白い波飛沫を立て、遠くの潮まで砕け散らすほどの迫力だった。


「わ、わあ……! 来るよ、ピノキオ!」

ジャックは身震いしながらピノキオに叫ぶ。

「あの鯨、怒ってこっちに向かって来てる! 全力で泳ぐんだ!」


大鯨はごう音とともに海面を突き破り、大きくジャンプしてジャックたちを丸呑みしようとする。

しかし、大きな身体で暴れ回るせいで波がいっそう荒れ狂い、その大波に乗せられる形でジャックとピノキオはサーフィンさながらに次々と逃げまわる。

巨大な鯨の顎がカパッと開いた瞬間には、必ず高波が彼らを遠くへと押し流してくれた。


「噛まれるっ……!」

「うわぁぁっ……間一髪!」


数度の攻撃をかわされた大鯨は、苛立ちのあまり今度は深い海の底へと沈んでいく。

海面には白い波跡だけが広がり、ピノキオは思わず声を上げた。

「よかった……もういなくなったのかな?」


「いや、そんなはず……」

ジャックはピノキオにそう言いかけたが、それより先に海の中から大きな影が突進してきた。


「ゴォォォォッ!」

一瞬で周囲の海面が盛り上がり、まるで水中爆発が起きたように水柱がドバァッと上がる。

そして、その水柱の中から大鯨が跳び出すように現れると、ジャックたちをドンッと空中へ弾き飛ばした。


「うわああああッ!!」

ジャックは体が何度もくるくる回転し、海面に向かって真っ逆さまに落下する。

「ドボーンッ!」

鈍い衝撃。視界がぐらぐらと揺れ、意識が遠ざかっていくのを感じる。


(……まずい、このままだと沈んじゃう……)

最後の力を振り絞って、目の前に流れてきた木片をつかむジャック。そのまま意識はぷつりと途切れた。


「ジャック! ジャック、しっかりして!」

ピノキオは海面を必死に泳ぎながら、気を失ったまま木片に乗って漂うジャックに叫ぶ。

それだけじゃない。すでにゼペットも気を失い、海面に沈みかけていた。


「ど、どうしよう……!」

振り返ると、遠くに大鯨の巨大な姿が見える。まだ諦めてはいないらしい。

ピノキオはとっさに、持ち前のロバの尻尾(まだ消えていなかった)でジャックとゼペットを木片に縛りつける。


「これで……流されても沈まない!」

そう確かめると、周囲をぐるりと見回した。

──すると、ちょうど東の海面から朝陽が昇りはじめ、わずかな光に照らされた先に小さな島が見えた。


「よ、よし……あそこなら……!」

ピノキオは木片を押しながら必死に泳ぎはじめる。

大鯨もそれを察してか、海面にその姿を現し、高速で突進してくる。


「来るな……来るなぁぁ!」

何度かギリギリのところで噛みつきを回避し、ようやく島の近くまでたどり着いたピノキオ。しかし、目の前は切り立つ崖。とても登れそうにない。


「やっぱり無理か……」

絶望しかけた瞬間、崖の下のほうに、長年の波浪で削られたらしい小さな海蝕洞を見つけた。


「ここだ……! ここしかない!」

ピノキオは再度ジャックたちを押し、洞穴へ向けて猛ダッシュ。


ところが大鯨もそれを察知し、目を血走らせてスピードを上げる。

「ぐおおおおお……!」

一方のピノキオも「負けるもんか!」と必死に水をかく。


──そして、間一髪。

ピノキオはなんとか海蝕洞へ滑り込み、大鯨はそのまま崖に激突した。


「ドッゴォォォンッ!!」

凄まじい衝撃音が島全体を揺るがし、海蝕洞にも大きな波が流れ込む。

「わああっ……!」

洞穴に押し寄せた波にのまれ、ピノキオたちはあっという間にバラバラにさらわれてしまった。


「ゴゴゴゴ……」

大鯨は何度か崖に体当たりしてみたが、ビクともしない。あきらめたのか、最後にはぶくぶくと海底へ沈んでいった。


海蝕洞の奥には小さな砂浜があり、真っ白な砂が朝陽を受けてほんのり金色に輝いている。

そこにはゼペット、ピノキオ、ジャックが波に打ち上げられたように倒れていた。

ピノキオも最後の大波で気を失ってしまったらしく、まったく動かない。


そんななか、空から一筋の青い流れ星がすっと舞い降りてきた。

薄青い光が砂浜に降り注ぎ、中から青い衣装をまとった青い妖精が現れる。

彼女は星形の先端を持つ杖を取り出し、それをピノキオの胸のあたりにそっと当てた。


「……ピノキオ、さあ目を覚まして」


杖先から青い光が広がり、ピノキオの全身を包み込む。すると彼はうっすらと目を開けた。


「う……ここは……? あれ? そうだ、パパは……!」

ピノキオは慌ててあたりを見回すと、砂浜に倒れたゼペットを見つけ、駆け寄って必死に呼びかける。

「パパ! パパッ! 起きてよ、ねえ!」


しかしゼペットは目を開けない。

「うわぁぁ……ごめんなさい、パパ……! 僕がサーカスに行かなかったら……。キツネとネコの話を信じなかったら……。そして、ジャックの忠告をちゃんと聞いていれば……! こんなことには……!」


ピノキオが泣き崩れる中、青い妖精はそっと杖をゼペットに向けた。

「大丈夫。あなたのお父さんは、もう危険な状態ではないわ」

青い光がゼペットを包み、彼は深く息をつくと、穏やかな呼吸を取り戻した。


「ほ、本当……?」

ピノキオは涙を拭い、ほっと胸をなで下ろす。

「ありがとう……仙女さん……」


そのとき、少し離れた場所でうめくような声が聞こえた。

「……ピノキオ……? ここ……にいるよ……」

「ジャック!」

ピノキオはすぐに駆け寄り、彼を抱き起こしてゼペットのそばへ運ぶ。


ピノキオは、そこでようやく青い妖精のほうを振り返った。けれど、どこかばつが悪そうに目を伏せている。

しばらくして、ピノキオは深く息をつき、意を決したように口を開いた。

「ごめんなさい、青い妖精……。僕、また約束を破っちゃった。学校にも行かず、鯨の腹の中では嘘までついた。もうきっと、二度と人間の男の子にはなれないよね……。それでもいいんだ。僕はずっと木の人形のままでも、パパと一緒にいられれば……。だから、もう怒らないでほしい。それだけで……」


すると青い妖精は優しく微笑み、ピノキオの額にそっとキスをした。

「ピノキオ。確かに私は『正直でないと人間にはなれない』と言ったわ。でも、『勇気のある子であることも条件』だとも言ったわよね。あなたは海賊船や鯨のお腹で、怖い思いをしながらも友だちを助け、父親を助けようと必死に頑張った。自分が人間になれないかもしれないのに、嘘をついてまでみんなを救おうとした。それはとても勇敢な行為だと思うわ。しかも、今度こそ誠実であろうと痛感しているでしょう? あなたは私との約束をちゃんと果たしたのよ。誠実で勇敢な子に成長したわ」


そう言って青い妖精は杖を一振りする。すると青い光の旋風がピノキオを包み込み、彼が持っていたロバの耳や尻尾、そして木の身体が徐々に変化していく。


「え……あ……!」

ピノキオの四肢が温かい肉と血の通った“人間”のものへと変わっていく。

手を開くと、そこには柔らかい肌。指先でつまむと、ちゃんと痛みも感じる。

「すごい……これが、人間の体……!」


すっかり男の子の姿になったピノキオは、満面の笑みでジャックに飛びついた。

「見て見て、ジャック! 僕、ほんとに人間になれたよ!」


「おめでとう、ピノキオ!」

ジャックも一緒になって喜び、ピノキオの肩をがっしりと抱き寄せる。


青い妖精はそんな二人に近づくと、手をひらりと動かし、透き通る青い貝殻でできた腕輪を取り出してジャックに渡した。

「小さな勇者ジャック。あなたは常にピノキオを気遣い、ときには海賊船に乗り込むほど危険を顧みず行動した。そのおかげで、彼は本当の人間になる道を見つけることができたの。これは私からのお礼よ。あなたのこれからの冒険に、きっと役立ってくれるでしょう」


「ありがとう、青い妖精……」

ジャックは腕輪を大事そうに受け取り、静かに微笑んだ。


青い妖精は二人をやさしく見つめる。

「それじゃあ、そろそろお別れね。いつかまた会えると信じてるわ。そのときは、あなたたちがもっと立派に、誇りをもって成長していることを願っているわ」


「仙女さん……また会いたいよ……」

ピノキオはその瞳に未練をにじませるが、青い妖精は微笑んで小さく首を振った。

「大丈夫。必ず、あなたの元へ訪れるときが来るはずよ。それまで頑張ってね」


そう言って彼女が杖を空に向かって振り上げると、無数の青い光が夜明けの空へと舞い上がり、砂浜一面を淡い青色に染めた。

二人は思わず目を閉じ、眩しさに手をかざす。──光が消えたとき、そこはなんと海港の町の近くの砂浜だった。


「え……戻ってきた……?」

あたりを見回すと、ゼペットがゆっくりと目を覚まし、むくりと起き上がる。

彼はまずピノキオの姿を見て首をかしげたが、ピノキオが「パパ!」と抱きつくと、その声と表情ですぐに悟った。


「ピ、ピノキオ……本物の……人間に……!」

ゼペットは信じられないという顔でピノキオを抱きしめる。

「すごい! なんて素晴らしいんだ……!」


そのままゼペットはジャックの手も引いて、砂浜の上で嬉しそうにスキップのように跳ねてみせる。

「わはは、最高だ! 帰ろう、家へ帰ろう!」


こうして三人は海港の街に戻り、波乱に満ちた冒険の旅を終えるのだった。

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