29. 海賊船の闇に潜む希望の灯火
ジャックは海賊船長が船長室から怒鳴りながら出てきた瞬間を見計らい、さっと海賊船に潜り込んだ。
壁や木箱の影に身を隠しながら、船内を静かに進んでいく。すれ違う海賊たちはいずれも険しい顔をしており、一歩でも気を抜けば見つかってしまいそうだ。
コツ……コツ……
息を殺しながら、ジャックは近くの扉をそっと開ける。中は海賊たちの寝所だった。二段ベッドや柱に吊るしたハンモックが並び、人が多く出入りしそうな雰囲気だ。
(ここに隠れたら、すぐに見つかっちゃいそうだな……)
そう判断して扉を静かに閉めると、次の部屋へ移動する。
今度は武器庫。湾曲したサーベルや火縄銃、砲弾、火薬が山積みにされている。
(こんなところ、もし戦闘が起きたら一気に海賊が押し寄せるだろうし……ここも危なすぎる)
ジャックはまたも軽くため息をつき、部屋をあとにした。
ちょうどそのとき、背後から海賊たちの談笑が聞こえてくる。
「ははは、なんておめでたいガキどもだ。『学校に行かなくていい国』なんて、本気であると思ってるんだからな」
「ああ。それで勝手に食いまくって、遊園地気分で遊んでたってわけだ。ま、奴らは近々ロバに変わる。あとは市場で売り飛ばせば、俺たちの武器弾薬も充実するさ」
「そうだな。んで、この金が手に入ったら、夢幻島で飛び回るあのピーターパンを倒す準備ができるってわけだ」
彼らの笑い声と足音が近づいてくる!
ジャックは咄嗟にそばの扉を開き、中へ滑り込んだ。カチッと音を立てないようにそっと扉を閉め、耳を貼りつけて海賊の足音が遠ざかるのを待つ。
(ふう、危なかった……)
ドキドキしながら部屋の中を見回すと、そこは海賊たちの食堂のようだった。
(でも、食堂はたくさんの海賊が集まりそうだな……)
さらに奥へ進むと、厨房へと続く通路がある。
「……厨房か。料理人が一人いれば十分だろうし、その奥にある倉庫なら隠れやすいかも」
ジャックは慎重に足を進め、厨房の倉庫へと入った。積まれた木箱と樽をずらし、隠れられるスペースを作ろうとするが……。
トッ……トッ……トッ……
変わった足音が近づいてくる。人間の靴音にまじって、木の棒が床を叩くようなコツン、コツンという音。
(しまった! 急がないと……)
焦るあまり、ジャックは樽を倒してしまい、中からリンゴがゴロゴロと床に転がる。
バアーン!
扉が勢いよく開いた。
「だ、誰かいるのか……?」
ジャックはリンゴを拾う余裕もなく、隙間に体を押し込んで息を潜める。
木箱の隙間から覗くと、そこには白髪でがっしりとした体格の男が立っていた。
左足が義足なのか、木の軸が見える。右手には杖をついているらしい。
続いて、もう一人の海賊が入ってくる。腹をさすりながら文句を言っている。
「シルファ、腹が減った。なんか食いもん用意しろよ」
「ふざけるな。作業も終わってないのに、飯をくれだ? そんな甘えが通用するか。さっさと仕事に戻れ!」
シルファと呼ばれた白髪の男は低い声で怒鳴ると、その海賊を追い出した。
そしてシルファは厨房に入り、まな板の上でトントントンと鮮やかな包丁さばきでニンジンを切り始める。
が、ふと床に落ちているリンゴに気づき、手を止めた。
「……またか。俺の厨房に勝手に入って、食い物を盗むヤツがいるんだな」
彼はそうつぶやくと、包丁をひょいとリンゴめがけて投げつけた。ザシュッという鋭い音とともに、リンゴが二つに真っ二つ。
「こっちは俺のテリトリーだ。……まだ出てこないなら、海に放り込むだけだぞ!」
ジャックは思わず身震いするが、これ以上隠れても無駄だろう。仕方なく両手を上げて木箱の間から出ていく。
「ご、ごめんなさい……。リンゴを取るつもりはなくて、ただ隠れる場所を探してただけなんです。どうか海に落とさないでください!」
シルファは思わず目を見開く。まさか子どもが出てくるとは思わなかったのだ。
「お、おまえ……ガキじゃないか。どうしてこんなところに……」
彼は一瞬驚いた顔をするが、すぐに表情を引き締める。
「ああ、思い出した。船長が『遊び惚けていた連中をロバに変えて売り飛ばす』とか言ってたが……おまえはその一味か? だというのにロバ耳もなければ尻尾もない。まさか……ひと口も食わなかったのか? ‘あの’甘いお菓子を」
ジャックは困惑しつつ、正直に答える。
「いいえ、実は食べちゃったんです。でもなぜか僕は変化しなかったんですよ……」
「ふうん……。俺は世界中を渡り歩いたが、変身粉が効かないのは精霊くらいだと聞いたことがある。でもおまえはどう見ても人間の子どもだしな……。おもしろい」
シルファは拐杖をついてジャックに近づき、ジロジロと頭や背中を観察する。
「で、どうしてこんな危険な海賊船に隠れようとしてるんだ? 普通なら海岸に逃げるだろう」
「友達のピノキオが捕まっちゃったんです。木製の人形なんですが、ロバ化がまだ途中みたいで……耳と尻尾だけ生えてて。僕は彼を助けたくて、この船に潜り込んだんです」
「……ははは、動く木の人形にロバの耳? わけがわからん話ばっかりだな。だけどまあ、いい。おまえみたいな子どもがたった一人で海賊船から仲間を救い出すなんて……無謀すぎるぞ」
シルファは皮肉っぽく笑う。
するとジャックはきっぱりとした口調で言い返した。
「たしかに難しいとは思います。でも、僕は絶対にあきらめません。海賊の動きをよく見て、タイミングをつかんで、ピノキオを連れて逃げ出してみせるんです!」
その言葉を聞き、シルファはジャックの肩を叩いて苦笑する。
「はは、まるで昔会ったことがある少年のようだ。そういう真剣な目をしてたっけな……いいだろう、ここに隠れるのは許してやる。ただし……」
彼は棚の奥から包丁ではなく、皮むきナイフを取り出し、ジャックの手に握らせた。
「おまえにも仕事をしてもらうぞ。海賊船は人数が多い。腹を満たすには大量の食材が要る。このジャガイモの皮をむくんだ。さあ、手を止めるなよ」
「ありがとうございます! がんばります!」
ジャックは大きな樽に山盛りのジャガイモを見て、一瞬ひるむものの、せっせと皮をむき始める。
しばらくして、シルファはジャックがきれいにむいたジャガイモを確認すると、満足そうに頷き、さらに二樽も持ってくる。
「ふぅ……。あ、そういえば、シルファさん……どうしてこんな危険な海賊船で料理人なんてしてるんですか? 捕まったら牢屋行きかもしれないのに」
ジャックは少し不思議そうに尋ねる。
シルファは「ふん」と鼻を鳴らし、軽く肩をすくめた。
「俺は昔、海賊そのものだったんだよ。あちこちの船を襲って、略奪なんて当たり前。だけど、あるとき嫌気が差してな……自由に海を駆けるために、最新鋭の帆船を手に入れて船長になった。そいつが俺の自慢の“信天翁号”だ。派手な三角帆を風いっぱいに広げて海を走る感覚は最高だった……」
そう言って天井を見上げ、目を細める。
「でも、最近とある友人がその船を借りたいと言ってな。俺は暇だから、ここでコックをやってるってわけさ。早くまた会いたいもんだ。……俺の大事な信天翁号に」
その“信天翁号”という名前を聞いて、ジャックの手が思わず止まる。
「もしかして、その船って……船体が赤くて、三本の主檣が立ってて、大きな三角帆が付いてる……?」
「お、おい……まさか知ってるのか?」
シルファは驚いてジャックの顔を覗き込む。
ジャックは俯き気味に答える。
「その船、たぶん海の渦に巻き込まれて……沈んでしまったかもしれません」
「な、なんだと!? あの強烈な渦に!? そんな……俺の信天翁号が……どういうことだ……」
シルファは衝撃に言葉を失い、その場にへたり込む。
「詳しく教えろ……頼む……」
震える声で迫られ、ジャックは自分の父ジムや赤ずきんの父ジョンが信天翁号に乗って危険から逃げようとしていたこと、そして火の中に映った映像で船が渦に飲まれたらしいことを話す。
「……ちくしょう、ジムのやつ……。船を借り受けたときに『絶対無事に返す』って言ってたくせに……」
シルファは頭を抱え、深いため息をつく。
ジャックは、少しでも彼の気を紛らわせようと話題を変える。
「その……シルファさん、僕の父ジムとはどうやって出会ったんですか?」
シルファは、しばし沈黙したあと、少し懐かしむような笑みを浮かべて言った。
「それはな……“金銀島”に隠された財宝の地図がきっかけだったんだ。伝説の海賊“フリント船長”が埋めた宝をめぐる話さ……」




