02. オズの国で紡がれる仲間たち
「ジャック、あんまり慌てなくて大丈夫だよ。」
そう言って案山子は、そっと果樹の実を摘んでジャックに手渡した。
しばらく休んで落ち着かせるように――まるで小さな子どもをあやすみたいに、案山子はゆっくりとジャックの肩を叩いた。
「実は、ここはオズの国っていうんだ。四方を抜け出すのが難しい砂漠に囲まれていて、国内には東・西・南・北、それから中央に一つずつ、大きな街がある。
でもね、東と西の街は“東の悪い魔女”に支配されていたんだ。一方、北と南の街は“北の善い魔女”が守ってくれていて……中央には翡翠城があって、そこを治めているのが偉大なる魔法使い、オズ大王なんだよ。」
案山子は少し胸を張りながら、ゆっくりと説明を続けた。
「ある日、カンザスに住んでいた女の子――ドロシーが、家ごと竜巻に飛ばされてね。まるで君と同じさ。その家が東の街に落ちたとき、偶然だけど“東の悪い魔女”を押し潰して倒しちゃったんだ。それで東の街は大喜び! 長いあいだ悪い魔女に支配されていたけど、ドロシーのおかげで自由になれたんだ。」
そのとき、案山子は自分の藁の腕を動かし、まるで拍手するかのようにパンパンと叩く。
「それからすぐに“北の善い魔女”が東の街までやってきて、ドロシーをねぎらった。感謝の印に、ドロシーのおでこに銀色のキス痕をつけてくれたんだよ。そのキスには強い魔力があって、持ち主をどんな危険からも守ってくれるんだ。
さらに東の街の人たちは、悪い魔女がはいていた銀の靴をドロシーにプレゼントしたんだ。『君は私たちを救ってくれた恩人だから』ってね。」
ジャックは果物をかじりながら、熱心に案山子の話を聞いている。
案山子は「そろそろ喉も潤ったかな?」と言わんばかりに、続けた。
「でも、ドロシーはカンザスにいるおじさんとおばさんが心配で仕方なかった。だから“北の善い魔女”に『おうちへ帰してほしい』ってお願いしたんだけど、その力はなかったみたいでね……。そこで『オズ大王なら、きっと力になってくれる』と勧められて、中央にある翡翠城に行くことになった。
それでドロシーは銀の靴を履いて、黄色いレンガの道をずーっとまっすぐ進んでいったんだ。道中で僕や、ブリキの木こり、それにライオンに出会って、一緒に翡翠城を目指すことになったってわけさ。」
すると、今度はブリキの木こりが静かに口を開いた。腰の斧が微かにキラリと光る。
「俺はもともと森で木を伐って暮らしていたんだが、あるとき油をさすのを忘れちまってな……。作業中に関節がサビついて、丸一年も身動きが取れなくなったんだ。
そこをたまたま通りかかったドロシーが、俺の声に気づいてくれて。小屋から油さしを持ってきて、ギシギシだった関節を直してくれたんだよ。あのときは、本当に助かった……。だから、ドロシーを安全に翡翠城まで送り届けるのが俺の恩返しさ。
それに、俺は……心が欲しいんだ。ブリキの身体には感情がない。愛する気持ちがどんなものなのか、まったくわからないっていうのは、正直つらいもんだ。だからオズ大王に心を授けてもらいたいんだよ。」
ブリキの木こりがしんみりとつぶやいたところで、ライオンが伏せていた体を起こした。
「オイラは“百獣の王”なんて呼ばれてるけど、本当はものすごく怖がりなんだ。困るとすぐに『ガオォォッ!』って吼えるから、周りの動物たちはビビって逃げちゃう。オイラは仲良くしたいだけなのに、みんなオイラを怒ってるって勘違いするんだよね……。
それで、ドロシーが『オズ大王なら勇気を授けてくれるかも』って言ってくれたから、一緒についていくことにしたんだ。もし本当の勇気が手に入ったら、大声を出さなくても友達と仲良くなれるでしょ?」
ジャックはその話を聞いて、思わず頷く。
彼ら三人(?)は、ドロシーと共に様々な困難を乗り越え、ようやく翡翠城に到着したのだという。
「翡翠城は全部がエメラルド色でできていて、どの家も緑色に輝いてて……そのうえ、住んでいる人たちもみんな笑顔で幸せそうだった。さすがオズ大王が治める街だって感心したよ。ドロシーも、ここなら願いを叶えてもらえるって期待してたんだ。」
案山子は懐かしそうに目を細める。
「だけど、オズ大王に謁見してみると……ドロシーは王冠をかぶった巨大な頭が宙に浮かんだ姿を見て、ブリキの木こりは美しい女性の姿を見て、ライオンは燃えさかる火の玉を見たんだって。そして俺は緑のローブをまとった美しい婦人を見た。みんなそれぞれ違うオズ大王に会ったけど、言われたことは同じだった。
――『西の悪い魔女を倒してくれたら、おまえたちの願いを叶えよう』――とね。」
「西の悪い魔女……。」
ジャックがごくりと唾を飲むと、ブリキの木こりが小さくうなずいた。
「そうさ。オズ大王の命令で、オイラたちは西へ向かうことになった。魔女を倒すのは簡単じゃなかったが……なんとかやり遂げたんだ。実はドロシーが偶然にも、魔女の弱点の“水”をかけちまって……魔女は溶けるように消え失せたってわけさ。」
ライオンは思い出したのか、頭をかいて照れ笑いする。
「西の悪い魔女の配下だったハイエナやカラス、ミツバチも襲ってきたけど、俺たちが力を合わせて全部撃退したんだ。最後には飛び猿まで召喚されたけど……ドロシーのおでこにある魔女のキス痕が邪魔だったみたいで、直接危害は加えられなかったらしい。結局ドロシーとオイラは一度捕まったけど、ドロシーが魔女を水で溶かしたから、無事に脱出できたってわけ。」
案山子は少し楽しそうに声を弾ませた。
「そうそう! そのあと西の街の住民たちは大喜びで、崖の下までロープを降ろしてブリキの木こりを救ってくれたり、俺が落とされた巨大な木の上まで登って助け出してくれたんだ。
こうして、また俺たちは合流できて、盛大なパーティーまで開いてもらったんだよ。いやぁ、嬉しかったなぁ。」
案山子はジャックの方をちらりと見て、続ける。
「でも、オズ大王に『魔女を倒したよ』って報告に行く途中で、昨日の夜に突然ものすごい風が吹いてね……みんなバラバラになっちまった。今日やっとブリキの木こりとライオンを見つけたんだけど、ドロシーだけはどうしても見つからなかった。そしたら、稲田で眠ってる君を見つけたってわけさ。」
ジャックは果物を食べ終わると、服の袖で口をぬぐい、神妙な顔をした。
「僕も竜巻で飛ばされて、ここに来ちゃったんだ。ドロシーの気持ち、すごくわかるよ。だから、もしよかったら、僕も一緒にオズ大王のところへ行かせてほしい。家に帰る方法をお願いしたいんだ。」
ブリキの木こりとライオン、そして案山子は顔を見合わせ、うなずき合う。
「今のところ、ドロシーがどこにもいない以上、まずは翡翠城でオズ大王に相談するのが一番だろうな。あの人なら、きっと何か手がかりをくれるはずだ。」
「うんうん、オズ大王の魔法なら、ドロシーを見つけ出して元の場所へ帰してくれるかもしれないし、君の望みも叶えてくれるかもしれない。」
そうして、四人(?)は話をまとめると、東の空が明るく照らす方角を目指して歩き出した。
ジャックは風にふわりと揺れる自分の緑色のマントを握りしめ、改めて気を引き締める。
(ドロシー、無事でいてくれ……。そして、僕も家に帰りたいんだ。)
こうしてジャックたちは、翡翠城への長い旅路を再び進み始めた――。