13.白髪とハート―二つの王国の軌跡
フェニックスは白髪の女王の城から飛び立つと、
「ゴォォォッ!」
と眩い光を放ちながらワンダーランドの空を駆け抜けていった。その背に乗るジャックは見下ろす景色に目を奪われる。太陽の光が届かない薄暗い森の影には、不穏な影がいくつも潜んでいるように見えた。
「……あれは魔物……?」
一瞬そう思ったが、今は白髪の女王を救うほうが先決。ジャックは気持ちを切り替え、急ぎ城へ向かうようフェニックスの背中にしがみつく。
ほどなくして、フェニックスはハートの女王の花園へと舞い降りた。
「ここが……!」
ジャックとアリスを降ろすと、フェニックスは高らかな声で鳴き、
「ボワッ!」
と全身を炎に包んだまま一気に城壁へ突進する。
「ドゴォォォン!」
すさまじい衝撃で地牢の壁が吹き飛び、大量の砂塵が辺りを覆った。
「ギャアアッ!」
ともう一度鳥の声が聞こえたと思うと、金色に輝く翼を持つフェニックスが、壁の破片の向こうから白髪の女王を抱えて飛び出してくる。
「女王様……!」
アリスは地面に降り立った白髪の女王を見て、思わず駆け寄った。
「よかった、本当によかった……!」
お互いにぎゅっと抱き合い、無事を喜び合う。
しかし、そのとき城の奥から
「グルルルル……!」
と獅子のような咆哮が響き渡った。黒い影が城門から飛び出し、ジャックたちに向かってまっすぐ突進してくる。
「グリフォン……!」
フェニックスはすぐに翼を広げ、鋭い爪でグリフォンを迎え撃とうと飛び上がる。だが、グリフォンも戦い慣れしているようで、フェニックスの一撃をひらりとかわし、強烈な爪で反撃してきた。
「ガァァッ!」
巨大な二体の猛獣が花園の中央で火花を散らし、激しい戦いを繰り広げる。
そこへ今度は、
「ダダダダッ!」
という足音が幾重にも響き、ハートやスペード、ダイヤ、クラブといったトランプの兵士たちが次々と城から姿を現す。
「囲め!」
長槍と盾を構え、ジャックたちと白髪の女王を取り囲むように布陣した兵士の後ろから、ハートの女王が血相を変えて出てきた。
「勝手に地牢を出るなんて、なんのつもりだい!?」
怒りにまかせて周囲の兵士を押しのけ、白髪の女王の前に立ちはだかる。
しかし白髪の女王はにっこりと微笑み、落ち着いた声で答える。
「姉さま、どうしてそんなに怒っているの? ジャックとアリスが希望の炎を見つけてフェニックスを復活させてくれたのよ。これでもう昼のワンダーランドは私が守れるし、姉さまは夜を守ればいい。二人で今まで通り、力を合わせてこの国を治めましょう」
ハートの女王は顔を真っ赤にして、吐き捨てるように言った。
「ふん、広いワンダーランドを、その華奢な身体で守るつもりか? お笑いだね。いいかい、私が昼も夜も支配するんだよ! 私のグリフォンがいれば、それで十分なんだから!」
白髪の女王は少し驚いた顔をしつつも、目を輝かせて続ける。
「やっぱり姉さまは私の身体を案じて……うれしいわ」
「だ、誰がそんなことを言ったんだい!? 私はただ、この国を完全に支配したいだけだよ!」
ハートの女王はさらに頬を赤らめる。周りの兵士たちは(これは怒りなのか照れなのか?)と困惑するほどだ.
「あら、姉さまったら顔が真っ赤。かわいいわ」
白髪の女王がくすっと笑うと、ハートの女王はますますムキになって顔をそらした.
そんな微妙な空気が漂う中、唐突に兵士の一人が花園の陰を指さして叫ぶ.
「ま、魔物だ! 魔物が出たぞ!」
ジャックたちが慌ててそちらを振り返ると、闇の中から続々と黒い怪物が姿を現し始めた。猫のような体つきだが、赤く光る目で女王と女王の妹をじっと狙っている.
「……まずい!」
ハートの女王はすかさず兵士たちに命じた.
「私と白髪の女王を守れ! 絶対に魔物を近づけるな!」
そして妹の手をぐいと引き寄せる。その仕草を見てジャックは(ハートの女王は本当に妹思いなんだな……)と少し胸を熱くした。そういえば、チェシャ猫も「ハートの女王は妹の首だけは絶対に刎ねない」と言っていた.
猛スピードで襲い来る魔物たちに備え、トランプ兵は陣を構え、フェニックスとグリフォンも戦いを中断してそちらへ向き直る.
「グルルル……!」
グリフォンは低い唸り声をあげるが、突如、足がもつれるようにふらつき、花園の地面に崩れ落ちてしまった.
「グリフォン!」
すかさずクラブの2たちが駆け寄り、倒れたグリフォンを守るように盾を構える.
「こいつはもう限界なんだ……。フェニックスがいないあいだ、昼も夜も休まず魔物と戦い続けていたからな。傷も増えて、休む暇すらなかったんだ」
その説明を聞いたハートの女王と白髪の女王は慌ててグリフォンの側に駆け寄る.
「早く魔物を追い払って治療しないと……」
白髪の女王はフェニックスを振り返り、力強い声で叫んだ.
「フェニックス! あなたの力で魔物をすべて追い払って! グリフォンを助けるために!」
フェニックスは澄んだ鳴き声をひとつ響かせると、再び激しく飛び上がる. 光の速度で空を駆け抜けながら、鋭い爪で魔物を次々となぎ倒し、その体はどんどん赤く燃え上がっていく.
「シュオオォォ!」
灼熱の炎は魔物に触れるとたちまち真っ黒な灰に変えてしまい、生き残った魔物たちも炎の威力に恐れをなし、蜘蛛の子を散らすように逃げていった.
「す、すごい……!」
アリスはその圧倒的な力に目を見張り、ジャックもただ言葉も出ない.
やがてワンダーランドに侵入していた魔物たちは、ことごとくフェニックスの炎によって撃退された.
「やった……魔物がいなくなった……!」
ホッとする間もなく、フェニックスはすぐにグリフォンのもとへ降り立つ. そのままグリフォンを見つめると、ひとしずくの涙をポロリと落とした.
「キラリ……」
まるで炎のように光るその涙がグリフォンの傷にふれると、
「フワァッ……」
と薄橙色の光がグリフォンの全身を包む. 光が消えたときには、グリフォンの傷はすっかり癒えていた.
「グルル……」
静かに目を開いたグリフォンは、ハートの女王に頭を寄せて甘えるような仕草を見せる.
「ごめんよ、グリフォン……。お前一人に昼も夜も守らせちゃって……」
ハートの女王はグリフォンのたくましい首に腕を回し、申し訳なさそうに謝る.
「これからは、昼はフェニックス、夜はお前というふうに、もう一度二頭でワンダーランドを守っていこう。……頼むよ」
グリフォンはその言葉に応えるかのように、女王にゴツンと頭を預ける. 白髪の女王もそっとグリフォンの頭を撫で、微笑んだ.
「本当にありがとう。私がいないあいだ、一人でがんばってくれたんだね」
白髪の女王は続けてハートの女王に抱きつくと、無邪気に笑う.
「姉さま、私のために“悪役”になってくれていたんでしょう? ありがとう。でも次からは地牢に閉じ込めるのはやめてくれる? お城の部屋で一緒に暮らせばいいじゃない」
「べ、別にあんたのためじゃない……」
ハートの女王は顔を背け、耳まで真っ赤だ.
すると、ジャックのそばにひょっこりと見覚えのある笑顔が浮かぶ.
「チェシャ猫……!」
ジャックが呼びかけると、チェシャ猫は体の輪郭を少しずつ現しながらニヤリと笑う.
「やあ、ジャック。ようやく“彼ら”を救い出せたようだね。アリスと白髪の女王……君にしかできないと思ってたよ」
「そっか……。最初からそういう意味だったんだ」
チェシャ猫がピョンピョンとはしゃぐように跳ね回ると、遠く森のほうから人影が続々とやってくる.
「おーい、こんなところで何してるんだい?」
先頭を歩いているのはウサギさん、ビル(トカゲ)、ドードー鳥、それに三月ウサギ、マッドハッター、ドーマウスが大きなテーブルを抱えて走ってくるのが見えた.
「みんな……!」
テーブルを花園に設置すると、彼らは大きな包みを開いて、たくさんのティーカップやポットを取り出し始める.
「よーし、魔物を追い払ったお祝いだ! “狂乱のティーパーティー”を開こうじゃないか!」
三月ウサギとマッドハッターはカップを掲げ、満面の笑みを浮かべる.
チェシャ猫も「ちょうど喉が渇いてたんだよね」と言って、ちゃっかりテーブルについた.
ハートの女王は楽しそうに茶をすすっている三月ウサギとマッドハッターを見て、一言つぶやいた.
「今回だけは見逃してあげる。もう罰は解除だよ!」
彼らは大喜びでまた歌い出し、パーティーはさらに賑やかさを増していく.
そのとき、フェニックスがジャックたちの頭上を舞いながら、ふわりと深紅の羽根を一枚落とした.
「これは……!」
ジャックが手を伸ばして受け止めると、白髪の女王が嬉しそうに言う.
「フェニックスからの贈り物よ。大切にしてあげてね」
ジャックはその羽根をそっと胸ポケットにしまい、満面の笑みをこぼした.
(ドロシーのために必要だったフェニックスの羽根……やっと手に入れた!)
お祭り騒ぎの真っ最中、青い蝶がひらひらとテーブルの上を舞っているのが見えた。それはまるで水タバコをくゆらせていたイモムシ(毛虫)を彷彿とさせる姿――そう、実はイモムシが蝶になったのだ.
「……行ってみようか」
ジャックとアリスは気になって、蝶を追いかけるようにテーブルを離れる.
蝶はバラの茂みに沿って進んでいく. アリスがうっかり地面にあった赤いペンキのバケツに足を引っかけ、
「きゃあっ!」
とバランスを崩した瞬間、すぐ横のウサギ穴に転落してしまった.
「アリス!」
ジャックは慌てて彼女の手を掴もうとするが、ウサギ穴から強烈な吸い込みが起こり、二人とも穴の中へ引きずり込まれてしまう.
「わわわっ……!」
ズルズルと暗闇の中を落下していく二人.
「……どうなってるんだ……」
意識が遠のく中、ジャックはうっすらと、さっきまでのにぎやかなパーティーがまるで夢だったかのように感じていた.
そして二人は、深い暗闇へと落ちていく――.




