01. 迷いの竜巻と新たな運命 ― 小さなジャックの冒険
「ふぁあ……今日もいい天気だなぁ。」
ジャックは小さな農場の扉を開けて大きく伸びをした。朝の陽射しがまぶしい。
いつも身につけているのは、お父さんからもらった緑色のマント。裾がひらりと揺れるたびに、なんだか背筋が伸びる気がした。
「よし、ラオ・ファンニウのところへ行こう。……最近ちょっと元気ないみたいだけど、大丈夫かな。」
農場には昔から飼っている年老いたラオ・ファンニウがいる。子どものころから一緒に育ってきた大切な家族同然の存在だ。だけど――
「はぁ……やっぱり足腰がだいぶ弱ってるみたいだね。」
ジャックは心配そうに牛を撫でた。すると家の中から、お母さんの声が聞こえてくる。
「ジャック。ちょっとこっちに来てちょうだい。」
振り返ると、お母さんが窓辺でラオ・ファンニウを見つめていた。いつになく険しい表情だ。
「……ごめんね。あの牛はもう畑を耕せないし、私たちも生活費が必要なの。売りに行くしか……ないのよ。」
お母さんは苦しげに唇を噛んだ。けれど寂しさをこらえるように背筋を伸ばす。
「本当は私だって、あの子を手放したくない。でも、どうしようもないの。ジャック、お願い。市場に連れて行ってくれない?」
「……わかったよ、母さん。」
ジャックはうつむきながらラオ・ファンニウに目をやった。幼いころからずっと一緒だった相棒を手放すなんて、本当は嫌でしょうがない。でも、このままじゃ家族が暮らしていけない。仕方がない……。
ジャックはラオ・ファンニウを連れて家を出た。
牛の首には縄が結びつけられていて、その端をジャックが握っている。まだ朝だというのに胸が重い。
「……もしお父さんが早く帰ってきてくれたら、君を売らなくてすんだかもしれないのに。ごめんね。」
そんなことをつぶやきながら、一歩一歩、砂道を踏みしめていく。視線の先には金色に輝く麦畑。緩やかな丘陵が続き、その先には青々とした山脈が見えた。
(あの山の向こうには何があるんだろう? ずっと気になってたけど、一生行けないって思ってたよ……。)
と、そのとき――遠くから北風のうなり声のような音が聞こえた。
「ゴォォォ……」
風が渦を巻き、麦畑の穂先をざわざわと揺らしはじめる。同時に、太陽がぎらりと空を照らした。
どこからか声がする。
「なあ太陽、まだ僕たちの勝負が決まってないよね。どっちがより強いか、はっきりさせようじゃないか!」
威勢よく叫んだのは北風だ。太陽は穏やかな声で応える。
「フフッ。いいよ、北風。君がどれだけ吹き荒れても、私の光には敵わないと思うけどね。」
「ふん、僕がひと吹きすれば、人間なんて震え上がっちゃうんだ! 君の光よりずっと強いってところ、見せてやるさ!」
北風と太陽は上空で口論を始めた。そのとき、ふと北風が下を見下ろす。
「おや? あそこに小さなジャックがいるじゃないか。緑のマントをひらひらさせてるぜ。ちょうどいい、あれを脱がせる勝負にしよう。」
太陽もそれに気づいて頷いた。
「いいね。さあ、どっちがあのマントを脱がせるか、勝負だ!」
北風は得意げにニヤリと笑うと、ジャックに向かって急接近した。
「ははは、こんなの楽勝だ。ゴォォォッ……!」
「うわっ、さ、寒い……!」
ジャックは思わずマントをぎゅっと掴む。吹き付ける風があまりにも冷たい。思わずボタンをひとつ、またひとつと留めていく。
「ちぇっ、しっかり握りやがって……! ならさらに強く吹き飛ばしてやる!」
北風は力を込めて息を吸い込み、一気に吹き出した。
ゴオォォォォ……!
冷たい風が渦を巻き、麦畑まで揺らしはじめる。やがて風は小さな竜巻へと変わっていった。
「や、やばい……!」
ジャックは小さな体で必死に踏ん張るものの、突風にあおられて足を取られる。手にしていた牛の縄も限界だ。
そして――
「うわあぁぁぁっ……!」
あっという間にジャックは竜巻に巻き上げられ、空高く飛ばされてしまった。指から縄がすべり落ちる。
「まずい! こんなはずじゃ……!」
北風は焦るが、いまさら竜巻を止める術がわからない。むしろ強く吹けば吹くほど、竜巻は勢いを増して遠くの山脈へと飛んでいく。
「ジャックが……消えちゃった……。」
太陽は竜巻が消えゆく先を呆然と見つめた。ラオ・ファンニウは倒れた麦畑の真ん中で、じっとその方向を見つめている。
「どうしよう、ジャックのお父さんが戻ってきて、このことを知ったら……。」
太陽が困り果てると、北風も同じように沈んだ声を出した。
「うう……これは君が言い出した勝負だろ? でも、まあ僕も乗ったわけだし。ジャックのお父さんが怒ったら、僕たち二人とも……。」
太陽は額の光をふっと弱めながら続ける。
「責任、取らなくちゃだね。隠しても絶対バレるよ。正直に謝って、何とかジャックを探す方法を考えよう。」
北風も力なく頷いた。こうして二人は、もう二度と人間を巻き込んだ競争をしないと誓うのだった。
そして、ジャックはどうなったのか――。
激しい竜巻にさらわれたジャックは、遥か遠くの山脈へ飛ばされていた。やがて突風がおさまると、彼は空からゆっくりと落下し、闇の中に消える。
「……ねえ、小さなお友達。稲田で寝てると風邪ひくよ。早く起きて。」
次にジャックが意識を取り戻したのは、まぶしい太陽の下だった。顔には粗い稲草がこすれている。最初は何かの拍子で動いたのかと思ったが――
「……えっ? い、稻草人が、動いてる……?」
目の前には金色の稲草でできた案山子が、のっそりと手を伸ばしてジャックの肩を揺さぶっていた。まるで人間のように動いている。
「おはよう。大丈夫かい? こんなところで寝てたら危ないよ。」
案山子は優しくジャックを支え、彼についた埃を払い落とす。
「君、どこの家の子だい? どうしてここで寝てるの? ……ああ、僕には頭がないから、何も思いつかないんだよね。オズの魔法使いが早く頭をくれたらいいんだけど。」
「オズ……の魔法使い? それって、何のこと……?」
ジャックが周りを見渡すと、見慣れない山脈や川、深い森が視界に飛び込んできた。カラフルな鳥のさえずり、甘い香りを放つ果樹――。ここは彼の故郷とはまるで違う風景だ。
「もしかして、ここ……僕の家じゃないのか?」
そのとき、ギシリ、と金属のきしむ音がした。振り返ると、銀色の鉄皮に覆われたブリキの木こりが現れる。腰には鉄の斧と油壺をぶら下げていた。
「昨夜はすごい嵐だったな。ドロシーも吹き飛ばされて、行方がわからなくなっちまった。……もしかすると、この少年も同じように竜巻で飛ばされてきたんじゃないか?」
ブリキの木こりが言い終わると、今度はモコモコしたたてがみを揺らしたライオンが川辺から姿を見せた。
「川沿いを探してみたけど、ドロシーは見つからない。一日中探したのに……。どこかの山の洞窟にでも隠れてるのかな。」
するとブリキの木こりが腰に手を当て、ライオンを見ながら渋い声を出す。
「俺には心がないから不安や怖さがわからないけど、ドロシーは勇気ある子だ。おまえみたいに臆病じゃない。きっとめげずに俺たちを探してるはずさ。」
ジャックは呆然と二人(?)の会話を聞き、首を傾げる。
「オズの国? ドロシー? 何それ? ……ここはいったい、どこなんだ?」
案山子、ブリキの木こり、ライオンの三人は顔を見合わせ、不思議そうに目を丸くした。
こうしてジャックは、見知らぬ国・オズで新たな冒険を始めることになる――。