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馬のはなむけ

 ひさしぶりの祭気分に浮かれた小人たちも陽の落ちる前には、一人、また一人と家に帰っていく。もともと小人に夜更かしの習慣はない。陽が昇れば起きるし、陽が沈めば寝る。

 ルマルポスのソールはファラセラムのものよりかなり強い、調子に乗ってたらふく仕込んだカレッタも夕暮れには沈没した。

 ナムスは正体を無くしたカレッタをルマルポスの納屋まで引きずってきた。ウォルマーを呼んで、さっきまでソール樽の並んでいた場所に藁をしかせて麻布をかけると、その上にカレッタを転がした。

 ウォルマーに馬の世話をまかせ、ナムスは、最後に残ったソール樽をはさんで師匠と向き合った。

 変わり種の小人であるルマルポスは、当然、宵っ張りである。

「これからどうする気だ」

 ルマルポスはソールのはいった椀をナムスに渡す。

「実を言うと、何も考えてない」

「そんなこっちゃねえかと思って心配してたんだ」

「すまんな、師匠」

「いいってことよ、嫁貰ったばっかりの奴にあれこれ計画があったら、そっちのほうが驚きだ。人間てな、そんなもんなんだろ?」

 小人には性別がないので、娶るも娶られるもない。ルマルポスが『結婚』に通じているのは、むしろ驚きだった。

「旅は続けようと思う」ナムスは椀のソールで口を湿らせる。

「予言、が気になるか」

「気にはなるが、それについては、今のところどうする気もない」

「賢い選択だ。占いで飯喰ってるやつはいても、予言で喰えるやつぁ、めったにいねぇ。死に方もろくなもんじゃねぇしな」

「師匠は占い嫌いだからな」

「小人で占いやるやつはいねぇよ。占いが入り用なら、ヴァーマナ・ヴァラーハにでも行けってこった」

「ヴァーマナ・ヴァラーハか」ナムスは天井の節穴を一つ、二つ、と数えながら言った「それもいいな」

「本気か?」

「あそこには行ったことがないし」

「ま、普通のやつが行くとこじゃねぇからな」

「俺もカレッタも普通じゃない、行って悪いこともないだろう」

「違ぇねぇ」

「ヴァーマナ・ヴァラーハか」ふたたびナムスが言った「ちょっと遠いな」

「ファルマト山を越える道もあるが、ナラシンハを通る方が楽だろう」

「カレッタがキャベタナの実を食べてみたい、と言ってたから」

「あんなもんは鹿以外は食いやせんぞ」

「カレッタは鹿に自分の弁当を食われたことがあるらしい」

「そりゃ、嬢が鹿にからかわれてただけだろうが」

 師弟でたわいもない雑談を続けていると、ウォルマーが困り果てた顔で現れた。

「兄貴、姫様が急に泣きだして、兄貴がいなくなった、捨てられた、って大騒ぎしてんだけど」

「あ?」

 困惑、を顔いっぱいに表したナムスに、ルマルポスは腹を抱えて笑いころげる。

「ほら、とっとと行ってこい、色男。こんな年寄りの相手してねえで、新妻の相手してやれや」

 ナムスのかわりにウォルマーが席についた。

「お、小僧、今度はおめぇが俺の相手か」

 ナムスの背中を見送ったウォルマーがルマルポスに答える。

「馬の世話なら俺の仕事だが、姫様だの小人だのの世話はしたことがないんだよ」

「まあ、何事も経験だ。お、ソールは口に合わないんだっけか? なら、秘蔵の乳腐でも出してやろうか」

「ほんとか? 乳腐は大好物だ。貰えるんなら、おっさんの愚痴聞く程度は朝飯前だ」

 げんきんなヤツだ。ルマルポスは笑って、戸棚の中に首をつっこむと乳腐の壷を捜し出してウォルマーの前に置いた。


「おはよう、ルマルポス」

「おう、嬢よ、ご機嫌だな。ルマルポスのソールは悪酔しないのが自慢だ。昨日はなかなかの飲みっぷりだったぜ」

 カレッタの頬が赤くなったのは、昨日のソールが残っていたわけではない。

 ルマルポスは馬車に車輪を取り付けている最中だった。質素ではあるが頑丈そうな幌付き馬車だ。普通の人間が五、六人乗ってもまだ荷台には余裕がある、小人が使うには、たぶん大きすぎる。

「どうしたんだ。この馬車は?」カレッタはルマルポスに聞いてみた。

「小人は仕事が早いんだ。ルマルポスは中でもとびっきりだ」ルマルポスは車軸に楔を挟み木づちで打ち込んだ「ヴァーマナ・ヴァラーハに行くんだろう? 長旅になる。馬車はあったほうがいい」

「うん、兄様がゆうべ言ってた」半信半疑の顔で、カレッタがルマルポスにたずねる「もしかして、これ、貰っていいの?」

「ああ、昨日は嬢にいいもん見せて貰ったからな」

「いいもん?」

「ナラソの弓で射貫いたろ、空のアレ、これはあれの褒美だ」

 カレッタは昨日のことを思いだそうとした。ナラソの裏庭の射的場で連的を射貫いたのは憶えているが、その後はどうもはっきりしない。ルマルポスは、空、と言っているから、あのことではなさそうだが。

 ルマルポスは厩舎に赴くと、大きめのポニー、馬にしては小ぶり、を四頭引っ張ってきて、馬車に繋いだ。

「小人のポニーだ」ルマルポスがポニーの背を軽く叩く「人間が乗るにはちと小さいが、餌は少なめで力は強く辛抱強い、馬車の引き手にはもってこいだ」

「ありがとう、ルマルポス」

 カレッタはルマルポスに飛びついて頬ずりした。カレッタに抱きつかれては、さすがのルマルポスも立っているのが精一杯だった。


 みんな、ありがとう、メリンダに乗ったカレッタが馬上から手を振った。小人たちはめいめいの木陰に隠れてさよならの手を振った。ルマルポスとナラソだけは、小屋の前に立って見送った。

 ナムスが馬車を操って続き、ウォルマーはラドネイに乗ってタルコンの手綱を引く。

「馬車に馬とは奮発したものだな」ナラソがルマルポスに言った。

「おめぇほどじゃねぇよ。まさか、あの弓をくれてやるとは思わなかったぜ」

「弓は、あの娘と旅をする。弓の名はナラソ、私が旅をするのと同じだ」

「俺もあの馬車にルマルポスとか名前つけときゃ良かったかな」

 カレッタたちの姿が小さくなる。道が螺旋を描いて小さく細り、地平線で空と融けた。

「どれほどの贈り物をしたとしても、あの娘のこれからに比べれば微々たるもの」

 ナラソの言葉にうなづいたルマルポスは自分も言葉を足した。

「ラミナスが嬢のはなむけの地になったのは、幸いだった」

「ずっと昔からそう決められているからか?」

 いや、ナラソの問いにルマルポスは静かに首を左右に振った。

「俺たちにとって幸いだった、ということさ。俺はこの年になるまで、あんなにかわいらしい人間の子供を見たことがなかったよ」

「そうなのか」ナラソは感慨深げに言った「私はラミナスから出たことがない。あの娘が人間の最上の者なら、今後もラミナスを出る必要はなさそうだ」


 トピーとクーンは古井戸のそばで過ごしていた。

 昨日の出来事があまりに強烈過ぎたので、井戸のそばから離れることができなかったのである。

 一度など、空井戸の底を覗いてみようか、という話になって、二人で井戸の縁まで寄ったのである。

 縁に手をかけたところで、互いを止めた。

 あの銀の光の正体がわからないことには、うかつに井戸を覗くのは危険だった。あの銀色の光はパントーにとって危険なものであることはわかっている。では、トピーとクーンにとって安全なのか、というとトピーにも自信はなかった。パントーに仇なす力はヴァーマナ・ヴァラーハの魔法使いには害にならないことは多い。逆もまた然りである。しかし、小人の魔法、ということになれば、その効果はまるきりの未知数であった。

 クーンとトピー、二人はまる一日を井戸のそばで過ごしながら、いまだ態度を決めかねていた。

「クーン様、トピー様」

 そんな状態で声をかけられた二人は、文字どおり、跳び上がるほどに驚いた。

「あ、ああ、あ、…ウォルマー、どうしたの?」

 トピーは、やっとのことで言葉を絞り出し、クーンにいたっては絶句したままである。

「俺たち、ヴァーマナ・ヴァラーハに行くんだけど」カレッタとナムスは遠くのほうに、ぽつんと見える。いきなりだと気まずかろう、とウォルマーを使いに出したのである「確か、クーン様、トピー様もヴァーマナ・ヴァラーハに行くんだよね。どうする?」

 どうする、と問われて、クーンとトピーはお互いに顔を見合わせた。一緒に来るか? ということだろう。

「あ、そ、そ、そうか、君たちもヴァーマナ・ヴァラーハに行くのか、そうか、でも、残念だけど…」クーンは狼狽を隠しきれない「僕らは、その、もちろんヴァーマナ・ヴァラーハには行く。行くんだが、その前に、いろいろ寄るところがあって、ね、そうだよね、トピー」

「あ、え? そ、そうなの、ウォルマー、そうなのよ。ヴァーマナ・ヴァラーハには行くんだけど、そう、その前にいろいろ寄るの。…ネム、そうネムのところ、アムネム・トラッサム、ナラシンハも通るでしょう、だからトラキュリアにも寄ろうと、他にもいろいろあるのよ。だから、ね、クーン」

「そう、だから、僕らは、ゆっくり行くから、君らは先に行って、あ、別に僕らを待ってなくてよいから、カレッタとナムスによろしく」

「そう、ナムスとカレッタによろしく、ね」

 ふーん、とウォルマーは百タウム向こうでこちらを見つめるカレッタとナムスのほうを、ちらり、と見た「じゃあ、先に行くよ。なんかあったら遠慮なく、って兄貴と姫様が言ってた」

「ありがとう、ウォルマー」

「ありがとう、ウォルマー」

 ウォルマーはラドネイにまたがり、一気にカレッタとナムスのもとに駆け寄った。少し間があって、カレッタとナムスが馬上から手を振った。

 トピーとクーンも控えめに手を振り返した。

 馬車の影が地平線に芥子粒ほどになって、やっとクーンは自分達の馬車のほうに歩み寄った。トピーも従う。

「一緒に行けば良かったかな」

「いやよ、いまさら」

「そうだね」

 手綱を取ったクーンは馬に鞭を当て、馬車を出した。

 ウォルマーに銀の光のことを聞いてみればよかった、とクーンが思い直したのは、馬車を走らせ続けて、陽もだいぶ傾いてからのことだった。

 トピーは緊張が解けたのか、クーンの肩に頭を乗せてうたた寝をしていた。


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