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小人の弓

 小人は小さい。小さいと言っても、人間とさほど変わらぬ背の高さのものから、虫と見間違うほどの小さいものまで、様々である。人間の中にも変わり者がいて、小人と数十年にわたって暮らした、というものがいる。彼らに言わせると、小人は朝露の中に生まれ、徐々に生長し、壮年を過ぎると逆に小さくなって、年老いて、ふたたび露と消えるのだそうだ。虫と同じくらいの大きさの小人は、生まれたばかりか、あるいは非常な年寄りのどちらかであって、少し小さめの人のように見えるのは、皆、壮年の小人であるのだという。

 そんなわけで、小人は男女の区別がなく、また、魔法を使う。

 小人の魔法は、ヴァーマナ・ヴァラーハの魔法使いのものとは違うし、パントーのものとも違う。小人の魔法は正邪、光闇に関係無く、小人の性格によるのである。露から生まれ、露に消える間の、自然の息吹そのものと言っていい。多くの小人は自分がどんな魔法を使えるのかを詳らかにはしない。魔法をかけられた相手は、小人に魔法をかけられたことすら気づかないだろう。

 ルマルポスはというと、小人の中では変わり種である。彼は魔法を使えることを公然としているし、また、魔法を使うときには、かなりもったいをつける。ラミナスの『外』にもよく顔を出す。ようするに目立ちたがりなのである。

 ナムスはルマルポスを、師匠、と呼ぶ。剣術の師匠だからだ。ナムスはルマルポスにグランパエル槍術を教わった。ナムスの父も同様である。

 ルマルポスの小屋はラミナスのはずれにある。自他共に変わり者と認めてはいるが、他の小人とルマルポスの仲が悪いわけではない。ラミナスの『外』は、普通の小人たちにとって、なかなかにしんどい所であって、出来れば近寄りたくない場所である、というだけのことである。

「まあ、座れ」

 ルマルポスは客人たちに椅子を勧め、自らもアレンゾの根を削って作った椅子に腰を降ろした。土産の山鳩の丸焼のお返しだと言って、自家製のソールを振る舞う。

「うまい」早速に酒杯を干したカレッタである。

「お、嬢ちゃん、いける口だな。ソールなら小屋に樽でいくつも置いてある。一人じゃ飲み切れねえから、好きなだけやってくれ」

「ありがとう」カレッタの頬はソールの酔いに紅色に染まった。

「俺には、ちょっとキツイや」ウォルマーが顔をしかめる。

「ははは、そうか、小僧、正直だな、気に入った。茹でた芋があるから、それでも食え」

「ありがてえ、俺は、そっちのほうがいいや」

「来た早々ですまないがな、師匠」ナムスがソールを干して切り出した「こいつの鞘、なんとかならないか?」

「なんだダムールファントスじゃねえか」ナムスの差し出した抜き身の大剣を見たルマルポスが言う「こんなもん使うのか?」

「ここに来る途中、『暗石』を使うパントーに会った」

「ほう」

「『暗石』はカレッタがダムールファントスで潰した」

「おめぇのテーダムドアンでも潰せるぜ」ルマルポスはソールをひと舐め、口を湿らせて言う「嬢ちゃんが『石』を潰せたのは嬢ちゃんが強えからだ。ダムールファントスは、もう、ただのなまくらだよ。パットも王様になったんだ。ダムールファントスも休ませてやれや」

「まあ、そうだな」ナムスはダムールファントスを壁の武具掛に留めた「このほうが、サマになってる」

「そうだろうともよ、嬢ちゃんにゃ、もっといいヤツを進呈するよ」

「パラントか?」ナムスが驚いてたずねる。

「馬鹿言うな、いくら俺でも、パラントのことはわからん。そうじゃなくて、ダムールファントスなんかより嬢ちゃんに似合いそうなヤツを、手配してやろう、ってことだ」

「え?」カレッタの瞳が輝いた「私に?」

「何がいい?」

「弓」間髪入れずにカレッタが答えた「弓がいい」

「弓かあ」ルマルポスが腕組みして額に皺を寄せた「弓は俺の得意じゃねえからなあ」

「だめか」

 傍目でも気の毒なほどのカレッタの落胆ぶりに、ルマルポスがあわてて言った。

「嬢ちゃん、そんな顔するな。俺は得意じゃねえが、ラミナスにゃ凄えのがいるんだ。明日の朝、ナラソの所に連れてってやるから、心配すんな」


 ナラソの家に着くまで、カレッタは小人たちの好奇の目に晒された。

 ルマルポスの小屋からナラソの家までは五百タウムも無いのだが、大はルマルポスとほぼ同じくらい、小は蝸牛ほどの大きさ、その間の様々な大きさの小人たちが人垣を作って、カレッタを見つめている。中くらいの小人は大きい小人の肩に、小さな小人は輪をつくって頭の上に、という感じで、不思議そうにカレッタを見つめる。

 カレッタもまた不思議そうに小人たちの顔を覗き込んだ。ひとりひとりに、おはよう、と言うと、もじもじしたあげくに木陰に走り込んで隠れてしまう。そしてまた近寄ってカレッタを見つめる。繰り返し。

「人間がめずらしいんだよ」ルマルポスは言ったが、ナムスの時はこんなことはなかったから、カレッタだけが特別なのだ。

 気持ちはわかるが。

 ナラソの家に着くまではずいぶんかかった。途中で異変に気づいたナラソが迎えにきてからは、少しだけ進みが早くなった。

 ナラソはほっそりした質で、家に入るまでにいくつかカレッタに質問した。

「名前は?」

「カレッタ」

「ちゃんとした名前、正確なの」

「カリュートナム・パラント・ミスカテュエール」

「パラント? パラントは無いよ」

「パラントはいらない。パラントを探しに来たのではないから。あなたは弓の凄い人だとルマルポスが言った」

「弓ならあるよ。強いのと速いのとどちらが好き?」

「速いの」

「でも、強い弓も引ける」

「引ける」

 ナラソの家、というより仕事場は整然としており、ルマルポスの所とは雰囲気が違う。

 ナラソはカレッタに弦を渡した「どれか弓を張ってみて」

 カレッタは壁に立てかけてある弓の中から、いちばん長い弓を手に取った。

「それは三人張り」

 ナラソが言うのと同時に、カレッタが弓を無造作に曲げて弦を張る。

「ほう」ナラソは目を見開いた。本来なら三人がかりで張る剛弓である。カレッタの膂力もさることながら、なかなか手際が良い。

「弓だけで引いて」

 カレッタは構え、満月のように引いた。

「良い姿だね。なかなかだ」今度はナラソが弓を選んだ。太い黒鋼の弓だ「これ張って」

 カレッタはこれも難なく張って、ナラソの前で引き絞る。

「よろしい、五人張りも引けた。じゃあ、次はこれ」

 ナラソがカレッタに手渡したのは、見事な細工の施された白い弓だった。木でも鋼でもない不思議な手触りに戸惑いつつ、カレッタは弓を曲げようとした。

 曲がらない。

 力を込めると折れそうに思えたので手加減したのが悪かった、そう考えたカレッタは、もう一度、弓に手をかけ渾身の力を込めたが、折れるどころかたわみもしない。

「貸して」ナラソが言い、カレッタから弓を取り上げる「コツがいるんだ。あと、弦は普通のじゃ駄目、テラストゥル蜘蛛の糸をよったものでないと」

 弓をつかんだナラソの両手が淡く光る。白弓はカレッタの前で弧を描いた。

「剣に力を込める感じと似てる?」

「そう、それが出来るなら、そういう感じでやってみて、これが専用の弦」

 カレッタは弓を受け取ると目をつむった。両手が銀色に眩しく輝き、その輝きが白弓に吸い込まれる。自らの意思を持つかのように弓はたわみ、すかさずカレッタは弦を張った。

「外に出よう」壁から一本の矢を抜き取ると、ナラソは先導して裏庭の射的場にでる「その弓は空引きはできないから、この矢をつがえて、あれを狙う」

 ナラソの指した先には、二スタンの厚さの樫の板が三十枚重ねで立っている。射通しの的だ。ナラソから貰った白い矢をつがえて、弦を張ったときと同じように、弓を引く手に力を注ぐ。

 カレッタの放った白矢は三十枚の的を全て射通し、アレンゾの大木を貫いて止まった。

 ナムスとウォルマーは声もでない。ルマルポスですらため息を漏らすばかり、代わりに見物の小人たちが、やんやの拍手喝采となった。

「良い弓だ。名は?」

「ナラソ」

 え、と困惑の表情でカレッタは弓を戻した。ナラソに差し出す「これは受け取れない。あなたの弓だ」

「そうではない」ナラソは初めて微笑んだ「私にはもうこの弓を引くことはできない。あなたの銀の力が入ってしまったから。でも、この弓の名はナラソ。大事にして欲しい」

「わかった、ナラソ。ありがとう、大事にするよ」

「あと、この弓もあげよう」ナラソは小ぶりだが仕上げの良い籘の弓をカレッタに差し出した。反りの部分が赤く染めてある「昨日ルマルポスに山鳩のおすそ分けを貰った。おいしかった。ナラソでは鳥は打てない。粉々になってしまう。鳥を打つときはこの弓を使うと良い」


 その後、ルマルポスは自分の小屋からソール樽を根こそぎ引っ張りだして振る舞うことになった。見物人があまりに多くなったので、そのままほったらかしにはできなくなったのだ。即席で仕立てられた舞台では、ルマルポスとナムスが演武を披露した。多くの小人には演武の意味はわからなかったが、変わった踊りとして、二人の仕草の真似をした。

 人気があったのはカレッタとナラソの的打ちのほうである。こちらは勝負がはっきりしているから、小人たちも喝采を惜しまなかった。とは言っても、カレッタもナラソも共に的を外すことはなかったので、勝敗はつかずじまいだった。

 ウォルマーも御機嫌だった。削蹄刀の新しいのをルマルポスがくれたからだ。ルマルポスの小屋からはソールしか出てこなかったが、その他のご馳走は、辺りの小人たちが持ち寄ってくれた。新しい削蹄刀の試しで小人のポニーの蹄を片っ端から削ってやったので、最後には、ウォルマーの所が一番の人だかりになった。

「おう、ナムス」

 ルマルポスがナムスを呼ぶ。ソールの飲みかけを干して、ナムスは駆け寄ってきた。

「どうした? 師匠」

「ありゃあ、おめぇの連れか?」

 空の中腹、雲のかかるすぐ下のあたりに暗点が渦巻いている。逆さに映ったパントーが何かを一心に唱えているのが見える。

「いや、ここに来る途中に会った奴らだが、連れじゃねえよ」ナムスは声をひそめた「こっちに入ってきそうなのか?」

「あいつらが? まさか」ルマルポスは言ったが、少し不安になったらしい。その場でカレッタを呼んだ「嬢よ。いるか?」

「呼んだ?」

 現れたカレッタは酔いが回ってふらふらしている。これでナラソと争って的をひとつも外さないのだからたいしたものだ。

「あれ、見えるか?」

 ルマルポスが指したのは、パントーの逆さ吊りの見える黒い渦巻だった。

「見える。目障りだ」

「俺も、そう思ってよ。嬢よ。あれ射落としてくれねぇか」

 わかった、ひとこと言うと、カレッタはナラソの白弓を引き絞った。空を一直線に昇る白矢は、渦巻の中心を見事に射貫いて四散させた。

 見物の小人はもう大喜びである。

 白矢が渦巻を射貫く瞬間を見てとったナラソは、満足の笑みを浮かべた「思っていたより、ずっと良い出来だったのだな」


 古い空井戸がある。

 クーンとトピーは潅木の影に潜んでいた、古井戸が直接見える位置である。

 パントーが現れるのなら、どうせ暗くなってからだろう、そう思って一休みしていた二人だったが、どういう風の吹き回しか、奴らは正午過ぎに現れた。気づいた時には薄暗頭巾が井戸を囲み、怪しげな呪文を唱えている最中だった。

 よし、と目で合図をとったクーンとトピーが、パントーたちに襲いかかろう、そう思った瞬間である。 

 古井戸の底から銀色の光が吹き出して天に昇り、パントーたちを吹きとばした。

 光に目が眩んで、クーンとトピーはその場に立ち尽くした。やっと目が慣れ、両眼を開くことができたとき、パントーの姿は眼前から消えていた。


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