馬の背にゆられて
「いいのかい? 置いてきちまって」
ウォルマーはタルコンにラドネイを並走させる。
「あー、まあ、しょうがないんじゃないか。本人たちがそうするって言ってるんだし」
「言った通りにするとも、思えないが」ラドネイの反対側にメリンダをつけようとするカレッタだが、メリンダはタルコンを嫌がって距離をあけてしまう。
「そのへんは、信用するしかないだろう」
一夜開けての話合いで、クーンとトピーは、ただの通りすがりである、と強行に主張した。トピーをヴァーマナ・ヴァラーハへ連れていく途中だ、というのである。たまたまパントーに出くわしてあんなことになった。助けてもらってありがたいとは思うが、二人だけでも何とかなったと思うし、我々のことは気にしないでもらいたい、とのことであった。
二人だけだと、クーンの胴が真っ二つになっていたのでは? とのカレッタの問いには、あの時点ではパントー側が錯乱していて統率が取れておらず、トピーが容易に止められた。ナムスが少し早かったが、助けがなくても結果は同じだったハズ、との答えだった。
「寝ずに言い訳を考えてたんじゃないかな」カレッタはなかなか手厳しい。
タルコンの胴には、テーダムドアンと一緒に刀身を布でぐるぐる巻にされたダムールファントスがくくりつけてある。
カレッタとナムスの道行は、公式には、ダムールファントスの探索が目的である。回収が成功裡に終わってしまったのだから、ラスロートに帰還するのが筋では、という話も出た。
それについてはカレッタが猛然と反対した。ダムールファントスが見つかったことなど誰も知らないのだから、旅を続けても一向に差し支えない、と言うのである。あまり強要するとダムールファントスをそのへんに捨ててきそうな勢いだったため、これについてはカレッタの意見が通った。
もともとダルームファントスはカレッタを城から外へ出す口実であったから、見つかったからと言って持ち帰るのは本末転倒でもある。隠して携行するということで落ち着いた。
僕らは、少しここでゆっくりしてから、ヴァーマナ・ヴァラーハへ向かうよ、とクーンは言い、トピーもクーンの言葉にうなづいていた。彼らはヴァーマナ・ヴァラーハへ行くかもしれないし、行かないかもしれない。たぶん、カレッタたちについてくるだろうが、これに懲りて、昨晩のような真似は少し慎んでくれるのでは、というのが、ナムスの願いである。
パントーたちが何をしていたのか。
彼らの目的は何か。
ダムールファントスを奪おうとしたのは何故か。
女騎士は何者か。
それらについては誰も何も語らなかった。わからないことについて、あれこれ思い悩んでもしかたない。旅を続けていれば、いずれ、それらは自然と明らかになるだろう。
「あ、山鳩」
言うが早いか、カレッタは弓に矢をつがえて、ひょう、と放つ。鳥は枝をゆらして木から落ちた。
「取ってくる。ちょっと待ってて」
ナムスとウォルマーは手綱を引いて馬を止めた。カレッタはご機嫌だ。当分この旅を続けるつもりなのだろう。彼女が飽きるまでナムスとウォルマーはつき合うつもりだが、そんな日が来るものかどうか、今日のカレッタの様子では想像もできなかった。
小さな鍋を火にかけ、トピーはパン粥を煮ていた。遅い朝食である。クーンが近くの川で釣ってきた魚を焼いている。
トピーの機嫌は意外にもそんなに悪くはない。カレッタたちがラミナスに行くらしいというのを聞き出せたのである。ラミナスの里は、誰にでも行ける場所にあるが、許された者以外には近づけない。パントーが入り込むことはまず不可能な聖域であって、カレッタに及ぶ危険は小さくなるに違いない。
「僕らもラミナスに行くかい?」クーンはたずねた。
「さあ、どうかしら?」トピーには珍しく慎重な意見だ「ルマルポスがまだ健在なら、あたしたちは門前払いを喰らいそうな気がするわ」
「どうして?」
「引退した聖戦士に用はない、ぐらいは言いかねない小人よ。現役のナムスとカレッタなら迎え入れるでしょうけど、あたしたちはどうかな?」
「仮にそうだとしても、ラミナスはヴァーマナ・ヴァラーハの方向だ。近くを通り過ぎるのは何も問題はない」
「そうよね。近くを通り過ぎるだけなら、全然、問題はないわ」
トピーは椀にパン粥をよそってクーンに手渡した。
「いつころ出発する?」
「いますぐにでも、と言いたいところだが」クーンは椀を受け取って匙をつけた「ラミナスは入口と出口が違う。彼らもラミナスに入ってすぐ出てくるということもないだろうし、僕らがラミナスに入らないのなら、ゆっくりでいいのじゃないか?」
「無理矢理、ラミナスに入る方法はあるわよね?」
「あるにはあるが、もめるぞ」
「そうね」トピーはため息をついた「昨日のこともあるし、これ以上、カレッタを怒らせるのはよくないわね」
「ちょっと待った」
クーンは匙を咥えながら何事か考えている。
「僕らが無理矢理ラミナスに入ろうとするのは良くない、これには賛成だ」
「ええ」トピーは弱々しく相槌を打ったが、クーンの考えはよくわからない。
「でも、他の誰かがラミナスに無理矢理入ろうとするのを阻止するのは悪いことじゃないだろう」
「どういうこと?」
「昨日のパントーだよ」クーンは匙を構えて剣のように振り降ろすしぐさをした「せっかく奪ったダムールファントスを取り返された上に、『暗石』まで壊された。あの『暗石』はでかかったな、あそこまで成長させるのは並大抵じゃなかっただろう。奴らの目的はよくわからないが、そんな状況でおめおめグラスモルに帰れるかな?」
「パントーはラミナスになんか入れっこないわよ」
「そうだよ。でもパントーはそのことを知らないかもしれないし、知っていても無理矢理入ろうとするかもしれない。グラスモルが失敗したパントーにどういう態度を取るのかは知らないんだけど、あまり優しくはないような気がする」
「来るかしら、あの場所に」
「どうだろう? よくわからない」クーンは首を振ったが、それはあきらめの意思表示ではなかった「パントーがどう考えているかなんかどうでもいいんだよ。大事なのは、僕らがそう考えたってことさ。あの場所でルマルポスに見つかっても、とりあえずの言い訳にはなるじゃないか」
昼食は馬上で干し肉をわけあった。カレッタの収穫物は夕食までおあずけとなった。
「昨日のクーン叔父を見たから言うわけじゃないが」ナムスは水筒の水を含んでカレッタに渡す「馬車があったほうが便利だな」
「長旅になるんなら、そりゃあ、馬車はあったほうがいいさ」ウォルマーが言う「野宿するにしたって馬車があるとないとじゃ全然違う」
「替えの馬もいるな」そう言ったのはカレッタである「一日ぐらいなら大丈夫だが、連日だとメリンダもきつい」
「そうだな、ラミナスまではいいとしても、その後はちょっと問題だな。ラミナスで手配できればいいが」
「小人だと馬や馬車も小さいんじゃないのか?」
「そうなんだ、小さいんだよ。ラミナスは難しそうだな。ラミナスを出てからなんとかしよう」
一日走り通した三人は、日もすっかり暮れたころ、平原の真ん中にそびえる千年杉の根元に馬を止めた。火をおこすと鉄串を差して山鳩をかける。
鳩の油が滴るたび、焚き火が赤く燃える。香ばしく油のはぜる匂いが、大木の周りにたちこめる。
「兄貴、そろそろ頃合いじゃねえか」
ウォルマーの提案に、ナムスは耳を貸す気はないようだ。黙って鳥を焼きつづける。
「あれ?」
はるか遠く、地平線に届くかと思うほどの距離に蛍火がひとつ、ちらちらと舞っている。こんな季節に蛍が? と思いつつ、カレッタがじっと見つめていると、蛍火は揺れながらカレッタのほうに近づいて来た。
ゆらゆらと揺れる蛍火が手灯だと見分けがつくころには、手灯の持主の姿もおぼろげながらに見えてくる。
短く髪を刈り込んだ赤ら顔の小人が二度手灯を回して合図を送った。
「よう、師匠自らお出迎えとは、いたみいる。この山鳩は土産だよ。俺の花嫁の獲物だ」
「ほほう」師匠、と呼ばれた小人が、目を細めてカレッタに見入る「嫁を貰うと言ってたから、誰かと思えば、パットのとこの嬢ちゃんじゃねえか。ナムス、普段は雑な仕事しかしねぇ、おめぇにしちゃ上出来だ」
「ほめるのか、けなすのか、どっちかにしやがれ、このくたばりぞこない」
ナムスの弁は無視して、小人はカレッタに声をかけた「せっかくの土産だ、ありがたくいただくよ、嬢ちゃん。その鳥持ってこっちに来な。それとそこの小僧、おめぇも一緒に来い」
はい、と返事して、焼きあがった山鳩を手にカレッタが小人の後ろについた。ウォルマーもおっかなびっくり後に続く。
「ちぇ、俺の時は三日三晩かかってやっとだったのに、カレッタとウォルマーは一発通しかよ」
「おめぇの家系は底意地が悪いからな。少し風に当ててやらねえと性根が真直にならん。三日なら早いほうよ。おめぇの親父はもっとかかった」
「底意地の悪いのは師匠のほうだろうがよ」
「おうともよ」小人は笑った「おかげさんで、うっかり外に出て一月戻れなかったこともある。おめぇの師匠やってんだ。当たり前だろうが」
ゆらゆらと揺れる手灯にあわせて、夜の闇も揺れる。手灯は夜の闇の濃淡を生み出し、洞穴のようにカレッタたちを取り囲んだ。
「俺の名は、ルマルポス」小人が言った「嬢ちゃん、小僧、よく憶えておけよ。ラミナスのルマルポスだ。これからの長い道中、何かの役に立つだろうさ」