二人の母親
多く語るのは野暮なので、テーマだけ。
「与える」
まんまですね。まずは第一話を読んでみてください。
欲しいものが手に入らない人生だった。
誰の?
俺のだ。
本郷翼、15歳。学年で言えば高校1年生の年だ。
父さんはいなかった。生まれたときにはすでに。だから母さんは毎日仕事。
というわけで母さんの手料理を食べた記憶はない。いつもご飯はチンして、安い惣菜で育った。
あとはカップラーメン。
そして休日、母さんは基本的に男と出かけて朝まで帰ってこないから、俺は年中一人だった。授業参観も運動会も、母さんはいない。
寂しいが当たり前の日常だったから、いつの間にか感覚がマヒしてた。
いじめ?
もちろんされたよ。
服は一週間同じ服を着ることもあったし、支払いが滞って、水道電気もよく止められ、風呂もあんま入ってなくて臭かったし。
いじめてきた奴等はマジで殺してやりたいくらい嫌いだし恨んでるけど、あのクズどもの気持ちも一ミリくらいはわかる。だって逆の立場になってみ。そんな臭くて汚いやつ、正直いじめない自信がない。百歩ゆずっていじめなくても、自分から声はかけないね。不潔だし。
まともな大人(主に学校の先生や町内会の人たち)が母さんに説教してくれて、給食費はなんとか払ってくれてたけど。
中学は不登校になった。当然でしょ。
だから友達は一人もいない。
うちには固定電話がなかったので、担任が直接家庭訪問をしに来たけど、居留守を使っていたな。悪い先生。
中学卒業後、高校には行かず、引きこもりを始めた。この頃から母さんとの会話が消えていき、夏には母さん自身が消えてしまった。
たぶん男と消えたんだと思う。
そして。
家に取り残された俺は死ぬほど腹が減っていた。
家にあったカップ麺は全部食べ切った。消費期限が2年前に切れているものにも手を出したけど、その上で全部食べ切った。
母親が置いていったなけなしの諭吉、英世もみんないなくなった。
最後に食べたのはいつだっけ。いつだ。本当にわからない。いつ?
働こうにも履歴書を買う金が、証明写真を撮る金が、この家にはどこにもなかった。
あきれたよ自分に。
俺はマジでクズだ。
環境を理由にして何もしないでここまできたから、本当になにもかもなくなった。
そのうえ、中途半端なクズだから、本当に悪いことは怖くてできない。
万引きも強盗も空き巣も殺人も、俺にはできない。
悪いことは良くないからやらない、ではない。怖いからできないんだ。
腐ってんな自分。あぁ、あの母親の子供だよ俺は。
いろんなことから逃げて、逃げて、逃げて。
腹減ったな。
≪あーあ。生まれ変わったら、欲しいもの、いっぱい手に入れたいな。≫
いつ死んだんだっけ。
覚えていない。
いわゆる餓死ってやつ。
つうか、令和の時代に未成年が餓死なんてそうそう聞いたことないよな。
死んだ瞬間なんて覚えてないよマジで。さっきかもしれないし、一日前かも、一か月前かもしれない。
ただ、腹が減りすぎて眠ったのを最後に、俺は死んだんだ。
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「んぎゃぁーうぎゃーんやぁー!!!!!!!!」
赤ん坊の泣き声が部屋中に響き渡る。
はい、まず結論からいくね?
転生しちゃいました。
うわうわうわー、超うれしい!!!!赤ん坊の俺は、まず嬉しすぎて泣き喚いた。
横には俺を産んだであろう母親が、愛おしそうに俺を見つめている。
嘘だろ?
母親ってこんな女神様みたいな顔をするのかよ。
そんな優しい顔で、無償の愛情を俺に向けてくれるのかよ。
「ヨーク、母さんよ。ヨーク、わかる?」
ヨーク。
俺の名前。ヨーク=アノン。のちのちわかるのだが、俺が生まれたのは異世界の中でも、五本の指に入る上流貴族の家だ。アノン家の当主、リチャード=アノンの嫡男として、俺は生まれ直した。
「ヨーク、パパだぞ。へへへ、俺によく似た、かっこいい男になりそうだな。へへへ、嬉しいなぁ、みんな、よく見ろ!俺の息子だ!」
俺の親父、リチャードが興奮して召使たちに俺のことを自慢している。何人か泣いている。
……父親ってかっけえな。初めてだよ父親なんて。こんなに男らしいんだな。
「クレハ!よく頑張った!」
「うん」
「お前は最高の妻だ!母子ともに、無事で本当に良かった!」
「うん、本当に」
「失礼いたします旦那様、民たちが、お祝いの言葉を申し上げたいと殺到しておりまして、止めるのも聞かずに屋敷に入ってきてしまい」
「かっかっかっ、しょうがねえなあいつら、よし、今行く!!くはぁ~!ほんとに今日は!最高の日だ!俺の息子が生まれたんだからな!」
叫びながら幸せオーラ全開の父親が飛び出ていく。
「ヨーク」
母さんが話しかけてくる。
「ありがとう。私のところに生まれてきてくれて」
「んあーんあーんあぁー!!!!!!!!」
涙が止まらなかった。
母親って、こんなに素晴らしいのか。
俺は声が枯れるまで泣き続けたよ。
この世界でなら、俺は幸せになれる気がして。
――貴方ノ、ユニークスキルハ、≪欲しいものリスト≫、デス。――
泣き疲れて眠る直前、頭の奥底で、誰かがそう呟いた。
俺のスキルが、≪欲しいものリスト≫?
なんだ……そr……
異世界一日目、俺はふかふかのベッドの中で眠りについた。