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救援

 配信だけで生きていく。

 その考えに至った僕はとりあえず配信を回すこともなくダンジョンの方へとやってきていた。

 まずはこの体の自分がどれだけ戦えるかどうかを確認するためである。


「まぁ、そこまで変わっていないと思うけど」


 僕がよく使う能力である光武も、観音菩薩様も問題なく使える。

 この二つがあれば大体のことが出来る。


「身体能力もそこまで落ちていなさそうだし」


 僕は右フックでダンジョンの壁をかち割りながらうなづく。

 ダンジョンの壁はびっくりするくらい硬い上に再生するような仕様となっている。

 そんな壁を右フックで一時的にとはいえ壊せるとなれば、その能力としては十分でしょ。


「ふんふんふーん」


 そんな心意気でいる僕は気分よく鼻歌を歌いながらダンジョンを歩いていく。

 今思ったけど、ダンジョンで倒した魔物を食べるのもありだな。

 

「ぎゃぎゃぎゃっ!」


 美味しい魔物……普通にドラゴンとかも美味しそうだよね。


「ぐぎゃっ!?」


 僕が死んだ場所に戻ったらあのドラゴンの死体残っていないかな?あの大きさで、肉が上手ければ余裕で一年くらいは暮らせそう。

 そんなことを考える僕は時折襲いかかってくる魔物を右フックで引き潰しながらどんどんとダンジョンの中を進んでいく。


「……ん?」


 そんな中で。

 どこか、遠くの方から悲鳴のようなものが聞こえてきた僕は思わず足を止める。


「……こんなところで?」


 僕が今いるのはダンジョンの下層。

 ざっくりと上層、中層、下層、冥層に分かれている中での下層だ。

 下層は普通の冒険者が立ち入れば一発でなくなってしまうような魔境である。

 こんなところに来るような冒険者は基本的に安全マージンを取っているようなベテランなような気がするのだけど……もしかして、人間の悲鳴を真似する新種の魔物でも現れたのだろうか?


「行ってみるか」


 人にせよ、新種の魔物にせよ。

 行ってみる価値はあるよね。

 僕は悲鳴が聞こえてきた方面と迷いなく足を向けるのだった。


 ■■■■■


 下層。

 ダンジョン54階層。


「……どうしよう、どうしようどうしようどうしよう」

 

 そこに血まみれの足を引きずって進んでいる一人の少女が歩いていた。

 そんな彼女の今の姿は痛ましいの一言に尽きる。

 彼女の息は荒れ、視界は霞み、足取りは非常に重い。

 お腹には一つの小さな穴が開いており、そこから夥しい量の血が流れている。

 今にも倒れて死んでしまいそうな少女───そんな彼女の様子を後方から小さなカメラが捉えていた。


『コメント』

 ・ヤバいヤバいヤバい!本当にこれはヤバい!

 ・死なないでェ!!!

 ・誰か助けに行けるやついないの!?

 ・マジで見てられん。

 ・あー、また一人死んじゃうのか。

 ・心が弱い奴はさっさとブラバな?

 ・逃げてぇ!生き残って!


 そして、少女を映すカメラからは同時にホログラム上で表示される視聴者からのコメントも併せて表示させられていた。


「いつもの、ダンジョン配信の、予定だったんだけどなぁ」


 己が運命を嘆く少女。

 彼女は流行りのダンジョン配信者として活躍する者の一人であり、今日もいつものようにダンジョンへとやってきた配信をしていた。

 いつも通りの配信。

 それが変わったのは一つのイレギュラーと出会ってからだ。

 時折現れる階層のレベルに見合わない特異な魔物。

 それと出会い、慌てて逃げ出したところで罠に引っかかってしまったのだ。

 転移型の罠、自分のいる階層から別の階層へと転移させる最悪の罠に。

 この罠によって少女は自身が潜っていたから34階層から二十も下に行って54階層へと移動したのである。


「……うぅ」


 中層である34階層と下層である54階層とでは全然難易度が違う。

 少女に下層で戦うだけの能力はまるでなかった。

 初エンカウントした魔物から一発の攻撃を喰らうだけで逃げおおせたのはただの幸運。これまでの不幸の揺り戻しとでも言うように訪れた幸運であった。

 

「……死にたくない」


 穴が空いて痛むお腹を我慢しながら進む少女の頭にあるのはただ、死にたくないという思いだけであった。


「……グルルル」


 そんな少女の前に、一匹の巨大な狼の魔物が姿を表す。


「……は、はは」


 何もしなくともわかる。

 これには、勝てない。


「いや……だ、いやぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!」


 少女は弾かれたように叫びながら逃走を開始。

 

「ガルルルルルルっ!!!」


 そして、そんなあとを狼も


「……ァァァァァアアアアアア」


 追いつかれるのは一瞬で。


「あれ?普通に人間だった」


 だが、狼の牙が


「えっ?」


 逃げる自分の体を抑える一本の片腕と、どこか透き通るような美声。

 それを受けて少女は慌てて顔を上げる。


「……あな、たは?」


「えっ……あ、ぅ」

 

 彼女が見上げれば、そこには自分の体を優しく片手で抱きしめる一人の初めて見る少女の姿があった。


「……ぁ」


 誰かが、自分のことを優しく抱きしめくれている。


「と、というか普通に死にかけじゃんっ!?な、なんでこんなところにっ!?……って、あぁ!?」


 それを間近で感じ取った腹に、大きな穴が空いてしまっている少女は安堵と共にそのまま意識を失うのだった。

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