創造系ポンコツ魔女は恋の救済屋さん。なお自分は
【異世界恋愛・魔女もの(非テンプレ)・たぶんハピエンでよいのでは】
誤字脱字報告、いつもありがとうございます! とっても助かっています!!!
藤乃 澄乃様主催『バレンタイン恋彩2』企画参加作品です。
【1.負け犬系魔女】
ポルスキーさんは魔女である。
魔女なので実年齢より見た目の方が若く見えるのもあるが、まあ少し年増に入ったとは言え、まだまだ若いと自分では信じている。
まあ、魔女なので勝手に言わせておくことにする。
ポルスキーさんはなかなかの美人だけど地味だ。
いつも決まったデザインの特注「真っ黒」ドレスに、あのお馴染みの魔女の「真っ黒ローブ」を纏うのが定番スタイル。
あんまり陰気な性格ではないが、わりかし保守的な性格なのかもしれない。
ポルスキーさんは気軽な独り暮らしだ。人気のない海辺の掘っ建て小屋に暮らしている。
両親は健在なのだが、なにぶん年頃(※魔女年齢では)の娘を持つ親としては「結婚しろ」という気持ちが端々に表れるようで、ポルスキーさんは煩わしく感じて家を出てしまった。
まあもう一つ言うと、ポルスキーさんはその……そんなに魔法が上手な方ではないので、魔法を使うときの両親の残念そうな小言を聞きたくない、というのも理由としてあった。
とまあ、こんな感じで書くと負け犬系魔女かと思われるかもしれないが、ポルスキーさん本人は全くそんな気はなく、慎ましい掘っ建て小屋も自分好みにし、毎日楽しく趣味に高じて生きているので問題ない。
さてある日のこと、そんなポルスキーさんのところに、一人の若い娘が逃げるように駆け込んできた。
「追われているんです、匿ってください」と言う。
聞けば母親と二人きりで貧民街の端っこで人目から隠れるようにひっそりと生きてきたのに、母が死んだ途端、魔法協会を名乗る男が現れて、身柄を拘束されそうになったというのだ。
ポルスキーさんはその話を聞いたとき、変な顔をした。あまりにも要領を得なかったから。
「ええと、まず確認だけど、あなたも魔女よね?」
ポルスキーさんが穏やかに聞いた。
すると娘は半べそで答えた。
「私は物心つく前から普通の人間のふりをして生きてきました。ですので私はほとんど魔法は使えません。家には母が一冊だけ魔導書を持っていて、『防衛魔法』と書いてあったので、それだけ独学で学びました、母には内緒で」
ポルスキーさんは驚いた。
「防衛魔法を独学で?」
ポルスキーさんは防衛魔法が特に苦手なのである。
敵の拘束魔法を解きましょう、敵の魔力を相殺しましょう、などといったとても繊細な作業を要するので、ざっくりした性格のポルスキーさんにはあまり向いていないのだ。
ポルスキーさんは少し賞賛の目でその娘をしげしげと眺めた。
しかし、ポルスキーさんは気を取り直して、母親について質問してみた。
「魔女であることを隠し、防衛魔法の本だけ持って、貧民街でこそこそ生きてきたというのね。あなたのお母さまはお尋ね者か何かなの?」
娘は『お尋ね者』と言われて身を竦めた。それから弱々しく首を横に振る。
「何も知りません。母は何も言わなかったので……」
そこまで言ってから、娘ははたと何かを思い出したようで、ポルスキーさんの様子を伺うように上目遣いで言った。
「防衛魔法の本の背表紙の裏に、誰か友人の名前でしょうか、書かれていました。『テオドール・ホランドの死を悼む』と。それは母の字でした。それを見たとき、知人が殺されたか何かで母も身を守るために隠れる必要があったのかと思いました」
「テオドール・ホランド!?」
ポルスキーさんは思わず叫んだ。
その名前は少し前の世代ならみんな知っている!
「船なら簡単に沈めてやるさ、俺は嵐だって呼べるんだ!」
「俺はたちまち消えて見せるよ、煙よりも上手にね」
「俺は誰も信じないぞ。俺と交渉できるなんて思い上がりがいたとしたら自分を恥じた方がいい!」
新聞の見出しを何度も飾った甘いフェイスのイケメンは、その内容にもかかわらず、妙に世間の女性から人気を集めた。
彼の憂いを秘めた目つきだろうか。
どんな呪文も跳ね返しそうなしゅっとした体つきだろうか。
大胆不敵なのにちっとも足取りがつかめない知能性だろうか。
違うな、彼の女への一途な愛が、世間の女性の同情を買ったのだ。
ポルスキーさんは、あの時の奇妙な世間の熱狂を否定するように、頭を軽く横に振った。
そして気味悪そうに目の前の娘を眺めた。
「死を悼むだなんて、変なファンの一人かしら?」
「え?」
娘の方はポルスキーさんの態度に面食らって気圧されたように聞き返した。
ポルスキーさんは呆れたようにため息をついた。
「もう十何年前……? 確かに、もうすっかり彼の名は聞かなくなったけどね……。テオドール・ホランドは悪い魔法使い、結構気軽に人殺しもしちゃう犯罪者よ。魔法協会の皆さんが力を尽くして捕らえようとして、その途中で殺害したのだったわね」
娘はあまりに不穏な話に目を見開いて驚いた。
ポルスキーさんは首を傾げた。
「彼の逃走中は確かに変な女性ファンがいたものだけど、さすがに世間の熱狂が冷めた頃には、彼を擁護する人はいなくなったと思っていたわ。死を悼むって? 悼んじゃダメな案件だと思うのよね」
それからポルスキーさんは思案気な顔でゆっくりと娘を見た。
「あなたのお母さんがテオドール・ホランドの一時的なファンなだけならよいのだけど。まさか協力者? それとも、世間の皆が行方を知りたがっていた彼の恋人なんかじゃないでしょうね? もしかしたら、追われる理由はその辺にあるかもしれないわね、お嬢さん?」
「母が犯罪者の……? 私は何も知らないです!」
娘は真っ青になっている。
ポルスキーさんはちょっと気の毒になった。
しかしポルスキーさんはもっと重要なことを聞かないわけにはいかなかった。
「ねえ、ところで。私を訪ねろとは誰に言われたの?」
娘はちょっとぎくっとなった。
「し……新聞売りのおばさんに……」
嘘だな、とポルスキーさんは思った。
ポルスキーさんは「さてどうしようか」としばし無言で考えて、それから、
「魔法協会に掛け合ってあげてもよいわ」
と静かに言った。
途端に娘は困惑の表情を浮かべた。
緊張で手の指がぎゅっと握られた。
「あれ?」とポルスキーさんは心の中で思う。
しかし次の瞬間、娘が観念したような顔になった。
「お願いします」
ポルスキーさんは、この瞬間に厄介なものに巻き込まれたことをはっきりと自覚し、自分のお人好し加減に呆れながら、まあ何か事情がありそうだから仕方がないかと半分諦めた。
「それで、あなたの名前は何?」
「アドリアナ・フェルドン」
それは本当だろうなとポルスキーさんは思った。
「お母さんの名前は?」
アドリアナは先ほどの話があるので一瞬躊躇した顔をしたが、意を決したように、
「エレーナ・フェルドン」
と小声で答えた。
【2.切れていない恋人】
「クロウリーさんはいる?」
魔法協会の受付でポルスキーさんは受付嬢に聞く。
ポルスキーさんはアドリアナを連れて、自身の海辺の掘っ建て小屋から王都のメイン通りにある魔法協会へテレポートしたのだった。
一等地に堂々と陣取っている、蔦の覆う頑丈そうな大きな建物。
お金がかかっていそうな建築様式に魔法協会の威厳が滲み出ている。
さて、ポルスキーさんが聞き終わるか否かのタイミングで、貫禄のある背の高い魔法使いの男が姿を現した。
「あらクロウリーさん。さっそく出てきてもらって助かるわ」
とポルスキーさんが微笑みかけると、その魔法使いはにこりともしないで、
「ヒューイッドと呼ぶよういつも言ってるでしょう、イブリン」
と不満そうに言った。
「私は、もうイブリンと呼ばないでって何度も言ってるでしょ」
ポルスキーさんは苦笑しながらクロウリーさんを眺めた。
クロウリーさんは、ポルスキーさんと見た目年齢が同じくらいの真面目そうな男性だ。長い黒髪をぎゅっと後ろで一つに結んで、いつも真っ黒なローブを纏っている。
クロウリーさんは、ポルスキーさんの昔の恋人だ。
ポルスキーさんは、クロウリーさんのにこりともしない堅物っぷりに何となく興味を惹かれて付き合ってみたけど、魔法協会のややこしい仕事を次々引き受けては忙しくしているクロウリーさんに退屈して、ポルスキーさんの方から別れを告げた。
ちなみにポルスキーさんは、「別れるくらいなら仕事をセーブする」とかクロウリーさんが泣いて縋ってくれるんじゃないかと淡く期待したが、まあ現実、そんなのは全くなかった。
ただ、
「私はまだあなたが好きなので、イブリン」
「もうイブリンって呼ばないで、クロウリーさん」
というのをここ何年も続けている。
クロウリーさんは、訝しげに少し片目を上げた。
「珍しいな、テレポートで来たのか」
「そうよ、悪い?」
「方向音痴の君がねえ……」
クロウリーさんがぼそっと呟くので、ポルスキーさんはムっとする。
クロウリーさんはほんの少し同情した目をアドリアナに向け、
「君も運がよかったね。昔私がイブリン主動でテレポートした時は、北極に出た」
と淡々とした口調で言った。
「余計なことは言わなくていいのよ」
ポルスキーさんはクロウリーさんの肩をべしっと叩いた。
クロウリーさんはそれには返答しないで、
「用件はこちらのアドリアナ・フェルドンだね」
と聞いた。
ポルスキーさんは頷いた。
「そうよ、話が早いわね。何でアドリアナを拘束しようとしてるの? テオドール・ホランドの件?」
「え……? ああ、まあ厳密には関係なくはない。アドリアナ・フェルドンはテオドール・ホランドの一人娘だし」
クロウリーさんがいきなりそう言ったので、アドリアナは飛び上がった。
「私の父がテオドール・ホランド?」
ポルスキーさんは「やっぱりか」といった顔をした。
「ああ、聞かされていなかったか。君が生まれてすぐに死んだ父親のことなど」
クロウリーさんはそう言いつつも、あまり興味がなさそうな口ぶりだった。
「テオドール・ホランドという人のことはポルスキーさんから聞きました。大犯罪者だったと。私はその娘なのですか。母は……」
アドリアナの声は震えている。
クロウリーさんは無機質な声で後を続けた。
「ああ、逃げていたんだったね。彼から。君を守るためだったんだと思うが。世間の人々が君の母の行方を噂し合ってた。テオドール・ホランドは好きな女のために殺人を犯して、その女が行方を晦ませた後は、あっちこっちに喧嘩を売りながら必死で探し回っていたからな」
「……」
アドリアナは放心状態で声もない。
クロウリーさんは淡々と呟いた。
「彼は君の母の行方が分からなくて苦しんでいた。テオドール・ホランドは死ぬまで君の母を探していたよ」
アドリアナは声を絞り出した。
「母はなぜ父から逃げたの?」
「たいそう嫉妬深い人殺しだからな」
「でも、母は彼の死を悼むと! 逃げておいて? それに最近まで母は、たぶん……」
そこまで言いかけてアドリアナはハッとして言葉を切った。
クロウリーさんは少しだけ目を上げた。
「そうか、あんたの母親はテオドール・ホランドを愛していたのか。それなら彼も少しは浮かばれるだろう。彼の人殺しは君の母親に関することばかりだからな」
最初の殺人はエレーナを無理矢理手籠めにしようとした男、次の殺人はその男の兄弟。
エレーナが恐怖を感じてテオドール・ホランドから離れようとしたら、その次の殺人が起きた。エレーナに協力した者。エレーナが当局に保護を相談したら、なんと公職者にまで犠牲が出た。
ついにエレーナが姿を消すと、テオドール・ホランドの半狂乱っぷりは一層ひどくなった。
次々と連鎖する血の祭り。増える路上の遺体。
驚くほど軽い理由で実行される殺人。
殺人者本人だけが一人だけ大真面目だ。
こんな男が魔法を使えてはいけなかったのだ。
大胆不敵なテオドール・ホランドはあっちこっちで暴言を吐き、愛する女の名前を叫びながら、まんまと逃げおおせては罪を重ねた。
思い返せば、あの頃は異様だったとしか言いようがない。連日の報道に世間は少し踏み込んだ関心を寄せて、殺人者の歪な愛についてたくさんの穿った憶測が流れた。
あの時は、世間の人々もエレーナ・フェルドンの行方に興味津々だった。
そう、あの時は。
「……でもさあ、エレーナ・フェルドンが見つかったところで、今更、魔法協会が大騒ぎする謂れはないんじゃないの?」
ポルスキーさんは首を傾げた。
クロウリーさんは頷き、少しだけ鋭い目でアドリアナの方を見た。
「魔法協会が君を拘束しようとしている理由は、本当は自分でもよく分かっているんだろう、アドリアナ。一昨日、君が母親のエレーナを殺害したんだから。そっちの件に決まっているじゃないか」
ポルスキーさんは「えっ」と驚いた顔をした。
アドリアナは青ざめたまま何も言わない。
ポルスキーさんは気味が悪そうにアドリアナをまじまじと見ていたが、やがて諦めたのか溜息をついた。
「何が何だかよく分からないんだけど、アドリアナ。魔法協会に追われている理由、なんで私には最初隠していたの。私には別の用件があるのね? ここで、もう一度聞かせてもらうわよ。私を頼ったのはなぜ?」
【3.狂気の夜】
アドリアナはあの晩のことを思い出していた。
毎年、2月14日になると窓辺に飾られる古い鏡があった。
鏡は、酸化した銀の黒い腐食で覆いつくされてしまっていて、もうよく映らない。
「何で置いてるの?」と母に聞くと、「愛していると伝えられない人に思いが届くように」と母は答えた。
「魔法?」と聞くと、母は可笑しそうに笑って「おまじないよ」と答えた。
アドリアナはその時はおまじない程度のことを本気に取り扱う気にもならないので、「へー」としか思っていなかった。
その日だけは夢見がちな目をしている母の真意など、まるで気が付いてはいなかった。
しかし今年のその日は、いつもの光景が少し違ったのだ。
母は腐食した鏡を 古い骨董品のような水差しの中にちゃぽんと浸けて窓辺に置いたのだった。
何となく不思議に思って、アドリアナが「何これ? 今年は違うのね?」と母に聞くと、「ええ。これで霊魂を呼び寄せられるかもしれないの」と母は微笑んで答えた。
アドリアナはぎょっとした。
「霊魂!? それは死者の?」
「そうよアドリアナ。あなたのお父さんはもう死んでいるもの」
母はたいへん落ち着いていた。
それが余計に気味が悪くて、アドリアナは聞き返した。
「呼ぶの!? 死んだ人を!?」
「できるわよ。昔同級生だったポルスキーさんがやっていたもの。彼女は見事に教室で死者の霊を呼んだんだわ。彼女が自分で作った呪文らしいけど。私にもできるはず」
母は妙な自信で肯いたのだった。
「待って。死者を呼ぶの? 本気? それで、それは、そのポルスキーさんの魔法?」
アドリアナはだいぶ戸惑っていたと思う。
「ええ。ポルスキーさんの呪文よ。あのとき何て言っていたか忘れてしまっていたから、思い出したいと思っていたのよ。それでやっと思い出せたの、やっと……」
「やめて、お母さん。そんなのうまくいくわけない! 死者だなんて怖い!」
「だいじょうぶよ、ポルスキーさんは……」
「ポルスキーさんって誰よ!? 死者の霊魂を呼ぶなんて言って、詐欺師じゃないの!?」
しかし母はそれには返事をせず、火照った顔に奇妙な薄笑いを浮かべ、水差しに指先の光を──光としか言いようがない──を突っ込んだのだった。
水差しが激しくガチャンと割れて、爆発したかのように光が部屋中に飛び散った。
「きゃっ」とアドリアナは身を屈めて叫んだ。
「デ……」
母はアドリアナを顧みることもなく、恍惚とした表情で呪文を唱えようとする。
「やめてっ!」
アドリアナは背筋が冷えるような恐ろしさを感じ、母を止めようと突き飛ばした。
「!!!」
母は体制を崩してよろめき、驚いたような怒ったような顔でアドリアナを見た。
母は激昂してアドリアナに向けて何か叫ぼうとした。そして──。
──ぎゃっ!!!
声が上がったような気がするが、幻聴だったかもしれない。
母はアドリアナに拘束の魔法を使おうとし、アドリアナはそれに独学の防衛の魔法で応戦したのだった。
不幸だったのは、ほぼ未経験で加減を知らないアドリアの魔法は、母を必要以上に締め付け、母はそのまま息の根を止めてしまった事だった。
剥がれた壁の漆喰。かさっと音を立てて落ちた薄い毛布。
傾いた染みだらけのテーブル。欠けた白い皿。
窓から差し込む青白い月の光に半分だけ照らされている、横たわった女の遺体──。
物音に驚いて隣人がアドリアナの家を覗いた。
そして、家の中の異様な光景にすぐ魔法協会に連絡がいった。
アドリアナは、目を見開いたまま、母の遺体から後退りした。
これは現実? 本当に母は死んでしまったのか?
ぞっとした。
逃げなきゃ、ここに居てはいけない。
行かなきゃ──でも、どこへ?
どこ? ……ああそうだ、ポルスキーさんって言った?
そう、そうだ、ポルスキーさんのところへ。
狂信的な母の様子。
確かめなければならない。母が信じたものは確かに信じるに値するものだったのかどうか。
ポルスキーさんは、いったい母に何を魅せたというのか。
【4.悲願の再会】
アドリアナの悲痛な告白を黙って聞いていたクロウリーさんだったが、アドリアナがポルスキーさんの名前に言及すると、顔を強張らせて一瞬身構えた。
アドリアナがポルスキーさんを逆恨みして危害を加えるんじゃないかと思ったようだった。
しかしアドリアナは母親が死んだことをポルスキーさんのせいにする気はなかった。
「ポルスキーさん。母は愛する人の死霊に会いたがっていました。それは本当にできることなんですか? 母はあなたの魔法を熱望していたの」
ポルスキーさんもアドリアナの話を黙って聞いていたが、アドリアナに救いを求められるような、同時に挑むような言われ方をすると、バツの悪そうな顔をした。
そして、仕方なさそうにアドリアナとクロウリーさんの手首を掴んだ。
「え?」とアドリアナが思った瞬間、周囲の景色が変わった。
テレポートしたようだ。
着いたところは森の中だった。
2月の森の裸木は寒そうに澄みきった空の下に揺れている。
「確かにあなたのお母さんの同級生にはね、ポンコツのわりには好奇心がいっぱいで、新魔法の創造ばかり夢想していた女の子がいたの」
ポルスキーさんは空を仰いで腕を広げた。
つむじ風が四方からこの森に集まり出した。
枯れ細った木の枝々が、つむじ風に翻弄されては鈍い音で「愛している、愛している」と叫んでいる。
耐えきれず折れた小枝がアドリアナの頬を打った。
眠っている場合ではない、目を覚ませ──。
「聞こえた?」
ポルスキーさんが不意に聞く。
「え?」アドリアナは急いで目と耳を凝らした。
乾いた寒空、冬の日の昼下がり。
澄みきった空が一瞬煌めいたかと思うと、溢れんばかりの光で目が眩みそうになった。
そしてその光はやがて二つのかたまりに集まってくるように見えた。
集まれば集まるほど輝度は増し、光の中心には何があるのか、一心に正体を知ろうとしても何も見えない。
しかし、その中心に何か感じるものがあった。命のようなもの。
──私はエレーナ。
私は今、光のかたまり。
この広い世界をうすく漂っていたのに、急に一つの光として集められた。なんという窮屈──だから強い違和感に反発したくなって弾けてしまおうとした。
その私の癇癪を、傍らのもう一つの光が、ざっと包み込む感覚がした。
薄明るかっただけの世界が、形を持ちはじめ──思い出した、木だ、枝だ──、思い出した、空だ、雲だ──。
そして、自分を包み込んだざらッとした光は、男の腕、胸、愛すべき笑顔──。
──思い出した、この人を知っている、私が愛した人だ──。
テオドール・ホランド。
甘いフェイスに似合わず、とても乱暴な人だった。
私を愛してくれていたのに、すごく嫉妬深くて、私が言葉を交わした相手をいちいち問い詰めてきた。
それは深く愛してくれているのだと思っていた。でも、人に会わせないと閉じ込めようとしたとき、私は気づいた。何かの執着の病気だと思った。
私は彼の愛にどんどん追い詰められていた。
行き場のない気持ちが私の日々を追い立ててイライラした。何をしていても誰かに見られているような急かされているような気になった。
何だか疲れて、泣きたくなって、胸が張り裂けそうになった。
私は色々考える力が低下していたんだと思う。判断力の低下が隙を生んで、変な男に付け込まれてしまいそうになった。「しまった」と思ったときにはもう遅かった。テオドールは最初の殺人を犯していた。
怖かった。自分せいだと思った。何でこんなことになったんだろうと思った。
テオドールには自首を勧めた。
もちろん彼が聞く耳を持つはずはなかった。彼は反省どころか悪いことをしたとも思っていなかった。
彼の私への執着は日に日に強くなった。殺人犯への追及は彼にとってはただの邪魔でしかなかったようだ。彼はまるで人間を人間と思っていないかのように殺人を重ねたのだった。
私の心は悲鳴を上げていた。逃げなければ。もうこんなことは全部なかったことにしてしまいたい。
テオドールについて知っていることを全部洗いざらい喋って、そしてもういなくなってしまいたい。
友達も知人もみな「あの男とは一緒にいない方がいい」と言った。
隠れるとか保護を受けるとか、いろいろできることを考えた。でもそれはテオドールを逆上させて残忍な事件が増えるだけだった。
それでもやっとのことで、本当に彼のいない生活を手に入れた。そのときに物凄い申し訳なさを感じ、同時に物凄くほっとした。
犠牲者や世間への償いはこれから考える。私にできることなんてどれだけあるのか分からないけど。
しかし、すぐに生きていることに対して強烈に不安を感じ始めた。
テオドールと出会ったときには、私にはもう家族はいなかったから、テオドールだけが家族だった。
テオドールといると胸苦しくなるくらいだったのにのに、会えなくなってしまった今となっては、本当はものすごく彼を愛していたことを痛感した。
彼は確かに家族だった。楽しいこともつらいことも全部話せて、温かい寝床で一緒に眠ったのだ。
皆はテオドールと離れることはとても良いことのように言った。寂しくなることなんて誰も心配してはくれなかった。「大丈夫、あんな男、すぐに忘れるよ」と。
不快な言動で彼を憎めるかと思っていた。
憎しみで愛を上書きできるかと思っていた。
だけど、そうでもなかった。彼がいないことに私も打ちのめされていた。
戻りたかった。会いたかった。
でもテオドールは世間を騒がす犯罪者だった。
そして、娘が生まれた。彼の子だ。
娘に、殺人犯の子どもとして生きていく辛さを与えるの!?
……戻れない。
それでも、用心していないと心はすぐにテオドールを求めてしまう。
逢いたかった、愛していることを伝えたかった──。
光として存在する私の眼下には、憐れんだ顔のポルスキーさんと呆けたように見上げるアドリアナ。
そして相変わらず無表情のクロウリーさん。
「もう学生の時とは違うもの。鏡も水も呪文もいらないわ。つむじ風が止むまで、二つの魂は寄り添えると思うわ」
とポルスキーさんが言った。
私は少しばかり形を持った腕を もう一つの光として存在するテオドールの方へ差し伸べた。
テオドールの腕はそれを包み、私はやっと言えた。
「愛している、会いたかった」
下の方でポルスキーさんが何か言っている。
もうじきつむじ風が止むと。
「待って、あと少し……!」とアドリアナが叫んだ。
でも、私とテオドールは優しく微笑んで、「もう大丈夫、ありがとう」と頷いて見せた。
【5.バレンタインチョコ】
それから数日後。
ポルスキーさんはクロウリーさんと魔法協会の狭い一室にいた。
ポルスキーさんは、母親を殺めたアドリアナ・フェルドンの件に巻き込まれた件について、形ばかりの調書を取られているところだった。
ポルスキーさんは面倒くさそうな顔をしている。
「経緯は知ってるんだから、わざわざ聞き取りの場を設けなくても、あなたが適当に書いといてくれればいいのに」
「せっかく会えるチャンスだからな」
クロウリーさんの物言いはストレートだ。
「イブリン。よりを戻そう」
「嫌よ。あと、イブリンって呼ばないで」
ポルスキーさんはつんとした。
「……ってゆか、同級生があんなことになってるなんて知らなかったし。そういう気分じゃないわよ」
クロウリーさんは「ああ」といった顔をした。
「アドリアナは情状酌量の余地があるんじゃないかと担当者に話しておいたよ」
「ありがとう」
ポルスキーさんは素直に頭を下げた。
クロウリーさんは片目を上げた。
「お礼は?」
「さっきバレンタインチョコあげたでしょ? 義理だけど」
「えっ、あれはバレンタインのチョコだったのか」
その言葉にポルスキーさんはムッとする。
「じゃあ何だと思ったのよ」
「魔法薬草の煮詰め間違い」
「!? だから自分が食べる前に私に一つ食ってみろって言ったのね! 毒見? 信じらんないっ!」
ポルスキーさんはクロウリーさんの肩をべしっと盛大に叩いたのだった。
お読みくださいまして、本当にありがとうございます!!!
とってもとっても嬉しいです!!!
バレンタイン企画なのに、連続殺人犯がでてきても~たっ!(大汗)
バレンタインってあれでしょ、友チョコとか、お世話になりましたとか、そういう軽いヤツよね!?
なんでこ~なったっ!!!
(でも、企画期限あるから投稿しとこ笑)
とまあ、ツッコミどころいっぱいの本作なのですが(大汗)、
もし少しでも面白いと思ってくださいましたら、
下のご評価欄★★★★★や感想などいただけますと、今後の励みになります。
すみませんが、よろしくお願いいたします!!