プロローグ
俺は自分のことを天才だと思っていた。
人は誰しもが一度は自分の事を天才や神童だと思った事があるだろう。
「俺はそこらの凡人とは違う。」や「俺には特別な力がある。」などの感情を抱きながら生きて来た筈だ。
俺もそうした内の一人でかつては自分の事を天才だと思っていた。
俺は38歳のただの会社員。
今日はいつもより少しだけ速く退社出来た。
時刻は7時を回ったところだが夏という季節のせいか外は明るい。
いつも通り会社近くのコンビニで弁当を購入する。
いつもならばこのまま最短ルートで駅に向かうのだが、時間があるため遠回りする。
まあたまには違う道で帰るのも悪くは無いだろう。
歩いていると離れたとこからアナウンサーらしき人の声が聞こえる。
声の方を見てみるとモニターが見えた。
「〜〜〜天才です!!〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
距離が離れているため、ハッキリとは聞こえないが一つの単語だけは聞き取れた。
「天才か……」
聞きたく無い単語だ。
『天才』そんな言葉があるから、多くの人は勘違いをしてしまう。
自分の事を天才だと。
だが多くの人は凡人だ。
普通に働き、普通に生活し、普通に死んでいく。
それならはなからそんな言葉など無ければ良いのだ。
そんな俺でも学生の頃は常に夢を持ち、希望に満ち溢れていた。
そして当然大人になったら大企業の社長や芸能人、スポーツ選手になり大成功するものだと確信していた。
しかし、大人になるにつれそうした感情は薄れていった。
小学生の頃、俺は足が速かった。
徒競走でも毎回一位、俺に敵う者は誰もいなかった。
だが、中学生に上がると俺よりも速いやつが何人も出てきた。
まあ、当然と言えば当然だろう彼らは陸上部やサッカー部などの運動部に入っているが俺は帰宅部であり、運動に掛けている時間そのものが違うのである。
だからと言って勝つことを諦めた訳ではなく、少し走る練習をすれば俺の相手では無くなるだろうと考えていた。
なぜかって?それは俺が天才だからだ。
がそう上手くいく筈が無く、俺は彼らより速く走れる事はなかった。
そこで俺は足の速さでは敵わない相手がいる事を知った。
だがそれで深く落ち込む事は無かった。
何も感じなかったかと言えば嘘になるがそれでも足は速い方ではあったし、何より俺は凡人では無いのだから。
中学3年生になると受験のための勉強が始まる。
俺はそこそこの工業高校を受験することになった。
だが俺は勉強はほぼする事は無かった。
勉強は嫌いだからだ。
それに受験で見られる部分は学力だけでは無く、面接がある。
俺はこの面接に大きな自信を持っていて、多少点数が悪かろうと面接官は俺の才能を見抜き無理にでも合格にさせるだろうと考えていた。
結果は合格だった。
他の人が勉強している間俺は遊んでいた、だが俺は合格したこれが凡人と才能を持つ者との違いだ。
やはり俺は天才なのだ。
高校に入ると俺は学力を上げようと考えていた。
俺が入った高校は工業高校であり、卒業すると次は就職である。
いい企業に就職するためには学力が必要不可欠だ。
なので俺は学力を上げることにした。
と言っても今までまともに勉強したことはなく、素の学力はお世辞にも良いとは言えなかった。
が俺は天才だった。
どんどん成績を上げていき結果としては誰もが知っている大企業に就職が決定した。
完璧だった。
全て俺のビジョン通りに進んでいた。
俺は会社員になった。
しかし、就職はしたが俺はここで終わる気は無かった。
会社内の地位をすぐにあげ、お金を稼ぎある程度の資金が貯まったら独立し、会社を建て華々しい人生を送る。
借金をして卒業と同時に独立するという手もあったが、リスクが高すぎる。
それに借金とは馬鹿がする事であり、天才はそんな危険は侵さないのだ。
しかし、ここで問題が起きた。
5年ほど働いたが立場が全く上がらなかったのだ。
それどころか俺はあまり仕事が出来る方ではなかった。
当然給料も増えずお金が貯まらなかった。
勿論全く貯まらなかったという訳ではなく最初の方は順調に貯めていき一年間で100万円程貯まった。
が目標の金額には程遠く、貯めていた金も仕事のストレスからか酒やギャンブルに使い大した金額は残っていなかった。
端的に言おう俺は天才では無かった。
大した才能も持たず、優秀でもない。
そして今の仕事を辞めて借金をする勇気もない。
しかし落ちこぼれやダメダメな訳でもないいわゆる凡人だ。
俺は凡人だったのだ。
毎日、休日だけを楽しみに生活していく日々。
変えたいとは思うが、行動は起こせず同じ日々を繰り返すだけだ。
ああもしやりなおせたなら、次は慢心することなく、努力することが出来るだろう。
だがもうも遅いのだ人生は一度きりでやり直しはきかないのだから。
なんて事を考えながら歩いていると駅に着いていた。
改札を抜け、ホームで電車を待つ。
アナウンスが流れ電車の走る音が聞こえる。
その時だった。
隣にいた中学生ぐらいの女の子が線路に向かって走り出したのだ。
その瞬間俺の景色がスローモーションのようにゆっくりと流れる
脳が回転する。
何故だ?どうしたのだ?まさか自殺する気なのか
気づいたら俺は走りだしていた。
目の前の女の子の手首を掴み、後ろに引っ張る。
電車はまだ来ていない。
「はなああせええええ!!!」
女の子が暴れる。
線路を背にし押さえ付けようとした時カバンで殴られる。
「痛っっっ」
上体が反れ、半身が線路に出る。
キーーーーーーーーーーーーーーン
その瞬間俺の意識は飛んだ。