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百合の間に挟まりたくねえ!

作者: マクセ

 

 俺の名前は赤津禄郎(あかつろくろう)

 中肉中背、平凡な能力、ボサついた髪型。

 どこにでもいる普通の高校生1年生だ。


 ……いや、どこにでもはいないかもしれない。


 だって、


「ロクロー! 一緒に帰ろ?」

 小動物的なかわいさのゆるふわ系美少女、江向(えむかい)くゆりと、


「なら私も一緒に帰っても良いかい、ロクロー?」

 頭脳明晰スポーツ万能な完璧系美少女、和泉(いずみ)ユリナという、


 2人の美少女と幼馴染なのだから。



 帰りのホームルームが終わった後、2人の幼馴染にそう尋ねられた俺は、苦笑いを浮かべながらこう答えた。

「あ、ああ……実は今日はゲーセンにでも寄って帰ろうかと思っててさ……お前らは2人で帰れよ」


「ゲーセン?」ユリナが語尾を上げる。「ああ! ゲームセンターのことだね!」


 和泉ユリナは黒髪ロングストレートの正統派美人だ。つり目がちのきりりとした目や毅然とした態度から、一見すると厳しい女性に見えるが、実際は優しい性格の世話焼き上手である。


「だったらわたしたちも一緒に行く!」くゆりが目を輝かせてそう言う。「ね、いいでしょロクロー!」


 江向くゆりはくせ毛のボブカットが特徴的で、見た目通りのふわついた言動が魅力的な美少女だ。ユリナが姉的な属性を持っているのに対し、こちらは妹属性であると言える。


「……うん、まあ、はい」


 彼女たちは渋る俺の腕をぐいぐいと引っ張り、“はやくいっしょにかえろ”アピールを仕掛けてくる。両腕に当たる2人の胸の膨らみは、きっとどんな物質よりも柔らかい。


 両手に花のこの状況。


 ……羨ましいと思うか?


 おそらく一般的な男子生徒なら、涙を流して喜ぶ場面だろう。実際、教室に残る数名の男子生徒からは鬼か般若のような憤怒の様相でこちらを睨まれ続けている。


 だが、俺はどこにでもいる高校1年生ではないのだ。


 くゆりとユリナは俺に引っ付きながらも、ゲームセンターで何のゲームをするか早くも話し合っている。


「ユリナちゃん、あれで勝負しよ、あのカーンてやるやつ!」

「……? か、カーンとはなんだいくゆり?」

「あれだよ〜、カーンカーンってやる、名前なんだっけ〜」


 擬音とジェスチャーで会話する癖のあるくゆりの翻訳を、俺が務める。「……たぶんあれのことじゃね、エアホッケー」


「ああ、エアホッケーのことか」ユリナがぽんと手をつく。「本当、ロクローはくゆり語を翻訳するのが上手だなあ」


「……どうも」


「よし、じゃあ着いたらまずそれで対戦しようか」

「わたし、絶対負けないもんね」

「それはこっちの台詞だよ、くゆり」


 仲睦まじげに笑顔を見せ合う2人の姿は、見ているだけで癒される。正反対と言ってもいいほどタイプの違う彼女らだが、ちゃんと幼馴染として仲がいい。


 くゆりとユリナ、そして俺。


 小さい頃からずっと一緒の、仲良し3人組。


 ……いらないやつが1人いるな。


 そう、お前だよ禄郎。俺だよ禄郎。美少女2人の絡みを邪魔してんじゃねえぞ、陰キャ風情が。


 ああ、通りすがりの老魔女が、「お前を石にしてやるぞうっひっひ」とか言って俺を路傍の石ころに変えてくれないだろうか。


 切なる願いは届くことなく、両手に花の赤津禄郎は重い足取りでゲームセンターへと向かう。



 俺は、百合の間に挟まりたくないのだ!



◆◇◆



 ゲームセンターに着いた俺たちは、ゲームの筐体が置かれているエリアへと足を進めた。


「久しぶりに来たなあ、ゲームセンター」ユリナが嬉しそうに言う。


「あとでクレーンゲームもやろーね、ロクロー」くゆりも同じだ。


 金と時間を浪費しにきた冴えない男子高校生の群れが、通りすがりの俺たちを見て驚愕の表情を浮かべる。そりゃそうだ、俺みたいな陰キャが美少女の間に挟まっているのだから。


 本音を言えば、こんな俗物まみれの場所に2人を連れてきたくはない。音はうるさい空気は汚い、全然美少女に似つかわしくない。


 この2人に似合うのは、観葉植物の多いお洒落なカフェとか、そういうのだ。静かな店内で可憐に談笑し合う2人の姿を妄想し、気持ち悪い笑みが溢れそうになる。



「どうしたんだい、ロクロー」

「あ、いや、なんでもない」



 くゆりがやりたいと言っていたエアホッケーの筐体を見つけると、2人はすぐに飛びついた。


 ユリナは腕まくりまでして早速やる気だ。「最初はどんな組み合わせでやろうか? 総当たりで対戦しようよ」


「くゆりとユリナからやっていいよ」俺は休憩用の椅子に座った。「ここで見てるから」


「オーケーロクロー、私の勇姿を君に見せてあげよう」

「わたしだってがんばるもん」


 かくして始まった美少女たちのエアホッケー対決。


 俺は自販機で買ったコーラを飲みながら、その様子をしみじみと眺める。



「そらっ」

「あははっ、やばいやばい、入っちゃった」

「くゆり、自分で入れてるじゃないか、ドジドジ」

「ゆったな〜」



 そこに殺伐とした雰囲気は一つもなく、ただ遊戯を楽しむ2人の女の子たちの笑顔だけが存在する。


 ……一生見てられるなこれ。


 尊み深し。尊み山の尊ん寺。尊み先生の1分で分かる尊い話って感じだ。


 いつのまにか、気色悪い感じで口角が上がっている自分に気がついた。今の俺を他人が見たら、見知らぬ女の子を観察して汚い笑みを浮かべる不審者としか認識されないだろう。


 それでいいんだ。

 


 俺みたいな男に許される役職は、傍観者までなんだから。



 いつからだろうか。俺は幼馴染2人が仲良くしているのを見ると、心が暖かくなるようになった。この現象がなんなのかネットで検索してみると、どうやら《尊い》という感情に近いことが分かった。


 百合。


 いい文化だ。


 そうだ、男なんてこの世には必要ないんだ。女の子は女の子とイチャイチャするのが一番綺麗なんだから。ビューティーアンドビーストよりも、ビューティーアンドビューティーのほうが絶対いいに決まってる。


 汚い野獣は物語にはいらん。


 ましてや、百合の間に挟まる男など論外だ。


「わはは、この私に勝とうなど100年早いぞくゆり」

「う〜、くやしい〜……」


 1試合を終えたユリナが、俺の方を見る。


「じゃあ次は私とロクローでやろうよ」

「えー、わたしが先にやりたい」

「勝ったのは私なんだから、私に従いなさい、ふはは」


「いや、もっかい2人でやってくんない?」


「え?」目を丸くする2人。


「もっかい見たいわ。つーか、もうずっとやってて? お金出すから」


 両替してきたから、と言って財布を取り出す俺を、ユリナが苦笑いで諫める。「ず、ずっとは悪いけど、じゃあもう一回だけくゆりとやろうかな」


「ありがてえ」


 俺は満足げに腰を下ろすと、再び鑑賞の姿勢に入った。俺みたいな陰キャ男とお前たちがエアホッケーなんかしても何の意味もない。傍観させろ。モブAにさせてくれ。


 とにもかくにも、またあのきゃっきゃうふふな尊い空間を堪能できるんだ。存分に目を潤わせよう。


「でも……さっきとおんなじ条件でやるのはつまらないよね」ユリナが言った。「今度は優勝賞品付きでやらない? くゆり」


「賞品ってなに?」


「そうだなあ、ロクローに頭を撫でてもらう権利、とか」


 そう言って、ユリナは蠱惑的な笑みを俺の方に向けた。


 ……は?


 は?????


 なに言ってんのこの優等生。


 ちょ、なんでそういう方向に持ってこうとすんの、ふざけないで。


 ユリナの発言にくゆりも闘志を燃やす。「……じゃ、今度は絶対負けないよ、ユリナちゃん」


 先ほどまでのほんわかした雰囲気は一変し、殺伐とした臨戦体制に移る2人。


 筐体に入れられた100円が「チャリン」と音を鳴らすのと同時に、お遊びは終わりだと言わんばかりの凄まじい攻防が繰り広げられる。


 カーンカーンなんて生優しい擬音じゃない。


 ガコォン! バキィン! ドゴォン! だ。


 きゃははもうふふもない、無言で行われる熾烈な争いはセンター内の注目を集め、続々とギャラリーが集まってくる。



「なんだこの2人……すげぇいい勝負してるぞ!」

「またデュース!? いつ終わるんだこの試合!?」

「ほう……これはなかなかの“逸材”ですねえ」

「まったく、トッププロが素人の遊び場を荒らすなっての」



 エアホッケーにプロ制度なんてあんのかよ。つーかなんなんだこのスポーツ漫画に出てくる観客みたいなリアクションのモブたちは。


 俺は試合の様子を死んだ目で眺めながら、はあと重いため息を吐いた。


「……なんでいつもこうなるんだよ」


 そう、この2人に俺が関わるといつもこうだ。普段は仲良し美少女2人組なのに、俺のこととなると血相を変えて目から電撃を飛ばし合う。


 まったく、ラブコメの主人公も楽じゃないな。


 こんな血で血を洗うようなバトルが見たいわけじゃないんだ。だいたい景品が俺のなでなでって、それは先に俺に許可を取るべきだろうが。


 俺は立ち上がり、彼女らに抗議しに行こうとする。



 しかし、俺よりも先に2人の争いの間に入っていった男がいた。



「ちょいちょいちょーい、なーに喧嘩してんのかわい子ちゃんたち」


 そいつは見るからにチャラ男といった風体の男で、金髪に額掛けのグラサン、腰に巻き付けた太めのチェーンが目に悪い。


 金髪チャラ男は、マレットでパックを打ち返そうとしているユウナの右手を掴んだ。当然パックはスルーしくゆりに得点が入る。


 それで勝敗は決した。《You Win!》という盛大な効果音がくゆりの側のスピーカーから鳴り出す。


「……なにするんですか?」


 腕を掴まれたユウナは殺し屋のような目つきで彼に問うた。


 ゲーセン内に不穏な空気が漂い始める。先ほどまで漫画のキャラ気取りで解説を行なっていた連中も、すっかり鳴りを潜めて素知らぬふりだ。


 金髪チャラ男は余裕そうな面持ちで軽く言い放つ。


「いーや? なんかキミが物騒な顔つきしてっからさ。駄目さぁ女の子がそんな怖い顔しちゃ」


 そう言ってバチコンとウィンクをかます金髪チャラ男。


 もう分かる。


 ナンパ目的だこいつ。


「邪魔しないでくれませんか」くゆりが今までに見たことのない憎悪の目で彼を睨む。「真剣勝負の真っ最中なんですけど」


「真剣勝負って、たかがエアホッケーっしょ? そんなことで喧嘩してちゃ、人生楽しめないよ?」


 こいつ、すげえメンタルだ。明らかに嫌悪されているのにも関わらず一切怯むことなく果敢に挑み続けてるよ。



「喧嘩じゃなくて、勝負ですよ」

「勝負って? 何の?」

「大事な賞品がかかった勝負です」

「あははっ、ウケんねそれ」

「わたしたちのこと邪魔して、何が楽しいんですか」

「まーまーいいじゃんそんな怒んなくても」



 無敵かこの男は。何を言われても意に介さないその強靭な精神力に、俺は呆れを通り越して尊敬の念すら覚えた。


 金髪チャラ男は2人の肩を掴むと、ドヤ顔で言った。


「キミたちみたいな美人さんは、もっと綺麗なことして生きなきゃ損だよ。こんなむさ苦しいところも出て、お洒落なカフェテリアでお茶してる方が似合ってる」


 ほう、それは同感だ。


 綺麗な女の子は、綺麗な場所にいるべきだ。こんな場末の汚いゲーセンには似つかわしくない。


「だから今からボクと一緒に駅前のカフェ行こうよ。いいお店いっぱい知ってるからさ……んでそのあとよければ」



 だが、その一言は頂けないな。



「その手、今すぐ離せ」

「あ? 誰だお前。今いいところなんだから黙ってろよ」

「聞こえなかったのか」



 俺は助走をつけ、思い切り振りかぶった拳をチャラ男の右頬に叩きつけた。その衝撃で彼は倒れ込み、何が起きたか分からないと言った様子でこちらを見上げる。


「ぐほっ……!? な、なにすんだよお前!」


「なにすんだはこっちのセリフだ」俺は拳の反動の痛みを我慢しつつ言う。「その汚え手で俺の幼馴染たちに触れてんじゃねえぞ」


「か、彼氏がいたのかよッ……クソ、ヘマしたな……!」


「彼氏じゃねえよ、幼馴染だっつってんだろ」


 俺の剣幕にビビったチャラ男は、急に尻込みして声のボリュームが小さくなる。


「え……彼氏じゃないの……? じゃあなんでボク殴られたの……?」


「それはなあ」俺はチャラ男を思い切り見下して言い放つ。「てめえが百合の間に挟まろうとしてた男だからだ」


 チャラ男は俺の言ったことを理解できなかったようだが、とにかく気迫に気圧されたのか、頭のおかしいやつとは関わりたくないと思ったのか、逃げるようにして店を後にした。


 店内は祝勝ムードに包まれた。どうやらあの男、結構嫌われていたらしい。



「なんだあの男……“軟派のマサ”を返り討ちに!?」

「ほう……これはなかなかの“逸材”ですねえ」

「まったく、俺らに恥かかせんじゃねーよ“若造(ヒーロー)”が」



 だからなんなんだそのノリは……つーか軟派のマサなんて通り名で呼ばれてたのかあいつ。



「「ロクロー!」」


 2人の幼馴染が、同時に俺に抱きついてきた。



「ありがとうロクロー。君はいつも私たちを助けてくれるね」

「かっこよかったよロクロー! そういうところが好き!」

「別に、ムカついたから殴りたくなっただけだ」

「どうして君はそう素直じゃないかなあ」


 むしろ、俺は素直そのものだ。


 俺は百合の間に挟まる男が許せないから奴を殴ったんだ。


 そんなやつに生きてる価値はない。


 死んだ方がいい。



◆◇◆


 

「プリクラなんて初めて入るよ」

「俺も」

「えー、まじ〜? 遅れてるなあふたりとも!」

「プリクラ自体が時代遅れだと思うけどな」



 プリント倶楽部の筐体の中に入った俺たちは、全員が映るように身を寄せ合う。本当は俺は外で待っていたかったのだが、例によって許されなかった。



「ロクロー、もっとこっち寄って」

「嫌だ……俺は見切れてるくらいが丁度いいって」

「ていうか、ロクローはまんなかでしょ!」



 俺は強引に2人の間に挟まされる。暖かな体温と、柔らかな感触と、女の子の匂いが俺を包む。お前ら……これがどんなに俺にとって苦痛なことか分かってんのか? 



「ポーズ何にする?」

「くゆり、私はピース以外にポーズを知らないぞ」

「俺もだ」



 俺に身体をくっつけて来る2人の幼馴染。性格も顔立ちも全く違う2人だけど、目の中に映るハートマークはどちらも俺を捉えている。



 ……はあ、どうして俺なんだろうな。


 物語に野獣なんていらないはずなのに。


 だったらせめて、野獣は野獣でもかわいらしいネコにでもなって、2人のペットに生まれたかった。



「ロクロー?」くゆりが心配そうに俺の顔を覗き込む。「どうかしたの?」


「いや、なんでもねーよ。さっさと撮ろうぜ」


「じゃあさ」


 ユリナが俺の左手を取って、くゆりの頭の上に乗せる。その後、今度は右手を取って自分の頭に乗せた。


「ポーズ、これにしよう」


「……なんだこりゃ」


 画面に映る自分の姿は、2人の美少女の頭を撫でている。


 まさに両手に花だ。


「結局勝負はうやむやになってしまったからね」ユリナはうひひと悪戯っぽく笑った。


「仕方ないからどっちも撫でてもらうってことで」くゆりも同じ表情だ。


 本当に強引なやつらだな。


 俺は口元をへの字にしながらも、2人の頭を撫でてやる。小動物のように嬉しがるくゆりと、自分から言い出したくせに結局照れているユリナ。


 ……プリクラってお絵かき機能あったよな。後で撮った写真から俺だけ消してしまおう。そう考えつつ、喋る筐体のナビゲーションに従って身を寄せ合う俺たちであった。


面白い、かわいいと思って頂けた方、是非ブクマ や評価等よろしくお願いします!

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