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ぼっちが学年二代美少女に憧れた結果  作者: 豚太郎
前編 クズと中間テストと学年二大美少女
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第4話 コミュ力お化け

 

「目的地まであと800mです」


 水瀬おすすめの喫茶店へと、二人で歩いていた。

 隣を歩く彼女をちらりと横目に見る。


「20m先、左です」


 現在水瀬は、道を教えてくれる時以外はきゅっと口を引き結び、神妙な顔をしている。

 そしてその道案内も、何故かまるでカーナビか何かのようなのだ。こういうのどっかで見たな、美少女がナビゲーションの音声やってくれる奴。


「この先、渋滞が発生しています」


 額に手をかざして前方を確認しつつそう呟いた彼女。

 ……正直、ちょっと面白いけど。


「あー、何でさっきまでと違うんだ?」


 店に着くまでずっとこれをやり続ける可能性も高く、なんなら店に着いた後も続けそうな勢いを感じたのでそう尋ねると、水瀬は困ったように頬を掻いた。


「いや、改めて考えると、二宮くんは命の恩人だし、礼を持って接したほうがいいかな、とか思いまして……」


 真面目な顔でそう言う彼女に、思わず苦笑してしまう。


「普通にしててくれ。俺がその方がいい」


「あっ、そう? ……ん、んーんー!……よし!」


 調整するかのように声を出した後、何故か一度気合いを入れた水瀬は俺の方を向く。


「それならば、ここからはいつもの水瀬未来でお送りします!」


 にっこりと笑う彼女が、まるで小さな太陽のようにきらきらと輝いて見えて。

 ――俺はその眩しさから、目を逸らす。









 ところで、目の前の彼女はトップカースト。

 対する俺は自他ともに認める最底辺ぼっちである。

 そんな2人がタイマンで話すとどうなるか、賢明な諸君はもうお分かりだろう。


 あ、そういえば! と、水瀬がくるりと振り返って話を振ってくる。


「この前のロングホームルーム(LHR)、めちゃ楽しかったね!」


「……すまん、寝てたから分からん」


「あっ、そうなんだ……ご、ごめんね」


 しかして会話は一瞬で途切れ、暫し2人無言で歩くのであった(第一試合終了)。

 ふぅ、中々にヘビーだぜ。


 隣を歩く彼女を横目に見ながら、少し考える。

 …………今。

 水瀬は、寝ていたと言った俺を批難しなかった。


 実際、友達のいないぼっちにとってLHRなど地獄以外の何物でもないのだが。

 けれど、それを分かっていない奴のどれだけ多いことか。

 そして奴らは真顔で「えー、なんで寝てんの? ちゃんと参加しなよ、だから友達出来ないんだよ」などとのたまう。そんな君達を、俺は絶対に許さない(血が滲むほどに拳を握りしめながら)。


 しかし。

 今隣を歩く彼女は、俺を非難しない。

 どころか謝ってさえ来た。

 恐らく、俺の気持ちを分かった上で。


 …………。


 やや先を歩いていた彼女に置いていかれないように、思考のせいで止まりかけた歩幅を合わせた。








 歩きながら、何か会話の糸口はないかと彼女の方を見る。

 と、


「ん、どうしたの?」


 水瀬がにっと笑顔を返してくるので、慌てて目を逸らした、その時。


 彼女の持つ通学鞄に付けられたストラップ達が目に入った。

 .........ん?

 あれ。これって、もしかして。


「そのストラップ」


 俺の声に、水瀬は弾かれたようにこちらを見た。


「俺の勘違いじゃなければ、それゲームの奴だろ」


 瞬間、にぱっと笑う彼女。


「おおう! 知っているのかね二宮君!」


 こっちからすれば、君が知っていることの方が驚きなんだがね。

 とは言え彼女は意外と、俺と同じような趣味を持っているのかもしれない。

 なぜなら、そこからのゲーム談義は割と有意義だったからだ。










 しばらく話しながら歩いていると、やや前を歩いていた水瀬が足を止め、くるりとこちらに振り返った。

 その拍子、彼女のボブカットの柔らかそうな髪がふわりと揺れる。


「ここが私のおすすめの店!どう、めっちゃ可愛くない?」


「えぇ……」


 彼女がその白魚のような指で指し示したのは、確かに可愛いというか洒落た感じの店だ。

 自慢じゃないが、俺はこういう店に入ったことがない。ほんとに自慢じゃねぇな。


「ごめん、ここ俺入れなくない? 店員に止められたりしない?」


「あはは! 何言ってるの、早く入ろ!」


 震えた声で尋ねたのだが、水瀬に止まる気配はない。


 覚悟を決めた俺の前で、軽い足取りの水瀬が扉を開けると、カランと来客を告げる音がした。










「いらっしゃいませ、二名さまですか。あっ、もしかしてそちらの方、隠キャではございませんか? 申し訳ありません、当店、隠キャの方の入店は御断りさせて頂いておりまして……」


「店員さんの台詞を捏造しないで!」


 俺の戯言に水瀬は笑って突っ込みを入れて、店員は苦笑しながらも席に案内してくれた。

 水瀬が紅茶とケーキを頼むようなので、同じものを頼んだ。














「ここの紅茶美味しいんだよねー」


 水瀬は本当に美味しそうに届いた紅茶を飲んだ。


 一口飲むと、確かに美味い。

 フンッ、店構えに気を遣うだけのことはあるようじゃな! 


 俺が謎の老害ムーブをかましていると、ひとしきり紅茶を楽しんだ様子の水瀬が、手に持っていたカップを置いて本題に入った。


「それで、何か私から恩を返させて欲しいんだけど」


 事故から助けた件か。

 やはりというか、ここを奢るだけでは納得しないみたいだ。


「けど、俺は別に今欲しいものとかないしな」


 改めて考えても、特に思い浮かばない。


「ええーー!? なんでもいいんだよ? 高い物でも買ってあげるよ?」


「ん、そんな金あるのか?」


 純粋に疑問に思ってそう尋ねると、


「今はないけど! 親に借りて将来働いて返す!」


「いや。いやいやいやいや」


 覚悟を決めた表情で言う水瀬だが、流石にそんなことをさせるわけにはいかない。


「マジで特にないから。それに、そういうのは自分で買った方が愛着湧くものだろ。だから、水瀬がどうしても何かくれるって言うなら、本当に簡単なものでいい」


 俺の言葉に水瀬は確かに、と納得した様子を見せつつも、頭を抱えた。


「ん~、じゃあ何がいいんだろう。物以外の方向性?」


「……あー」


 ふむ。

 それがいいかもしれない。

 その方が曖昧に誤魔化せる気がする。

 彼女は何かお礼がしたいみたいだが、こっちは彼女に恩を着せたい訳じゃ無いのだから。


「……うーん、何でも一つ言うこと聞く、とかかな?……いやいや、そんなの二宮君嬉しくないだろうし……」


 ぶつぶつと何やら考えているらしい水瀬。


 え、待って何それ?


 聞こえてきた彼女のつぶやきに耳を疑った。

 大丈夫この子? 自分が何言ってるか理解してる?

 学年1とも評される美少女が、自分の言うことをなんでも一つ聞いてくれる。

 健全な男子高校生には、いささか刺激が強すぎるシチュエーションだ。だったのだが。


「それに、私に出来ることなんて大してないし……やっぱりこんなんじゃだめだ」


 結局水瀬はそんなややズレた呟きと共に、その案を却下してしまった。

 この子、自覚が無さそうで怖いなぁ。

 取り敢えず、全くやましいことなど考えていなかった俺は、クールに返事をすることにする。


「まぁ、そんな考えなくてもいいんだ。いつか、何か返してくれたらいい」


「えっ、なんで滅茶苦茶悔しそうな顔してるの? なんかあった? ……まぁでも、うん。分かった」


 一先ず納得してくれた様子の水瀬だったが(いやあ良かった万々歳、全然本当に1ミリも未練とかない)、ここでさも今思いついたかのように声を上げた。


「……あ、そうだ。二宮君好きなものってある?」


「……!」


 気取られないように息を呑む。

 …………これ、は。

 過去に幾多のオタクを嘲笑、あるいは気まずい沈黙という名の地獄へと葬り去ってきたであろう質問だ……!


 しかしそれを分かってさえいれば、いくら不器用な俺でも適当なことを言って誤魔化すくらいのことは出来るはずで。

 仮にそうしてもきっと彼女はこちらの意図を汲んでくれて、それ以上は追及してこないだろう。

 ここはリスクを取るべきじゃない。

 分かってる。

 ……分かってるけど。


「……あー、まぁさっきもちょっと話したけどゲームとか、後はアニメとかラノベとか漫画とか好きだ。拙者オタクでござる故」


 多分、彼女は人の趣味を馬鹿する人間ではないだろう。

 なんの確証もなく、ただ直感的にそう思って正直に答えてみた。


 すると。


 やはり水瀬はへぇ〜、と興味深そうに頷いただけだった。


「唐突に侍が出てきたけど……私もゲームはぼちぼちやるし、それに小田君たちと仲良くなれそう」


「小田?」


 聞き覚えのない名前を聞き返すと、水瀬はきょとんと首を傾げた。


「え、うちのクラスだよ? 小田和弘君」


「あんまりクラスの奴の名前覚えてないんだよな……」


「……えぇ、それほんと?」


 向けられたじとっとした視線に、堪らず顔を背け頭を掻く。

 ……まぁ。

 確かに、もうすぐ四月も終わる。

 話す機会も無い女子はともかく、男子の名前くらいは覚えておくべきだったかもしれない。


「……初対面の人の名前とか覚えるの、苦手なんだ」


「初対面って、もう1ヶ月経つよ!?」


「陽キャの距離感と一緒にしないでくれますか 」


「…………んー」


 俺の返答を聞いて、水瀬は右手に持っていたカップをテーブルにことりと置くと、そろそろと上目遣いでこちらを見た。その仕草に心臓が僅かに跳ねたのは、今は置いておくとして。


「……もしかして、その、あんまりクラスに話す人とかいない感じ?」


 うわぁ。

 物凄い気を使ってくれてる。

 クラス外には話す奴がいるっていう逃げ道も用意してくれてるあたり、相当できる。人気者なのも当然だな。まぁ勿論僕、クラス外にも友達いないんですけど。


「ソ、ソンナコトナイヨ? 前川とか橘とか、たまに話すし」


 無論、あいつらはクラスの中心人物にして人気者。橘なんかは皆と仲が良い故に誰とでも話すし、これは実質友達ゼロ人宣言に等しかった訳だが。


 しかし、水瀬は違う捉え方をしたようだ。


「あ、そう言えば二人とよく話してるね。飛鳥ちゃんが男子と2人で話すの珍しいから、覚えてたよ」


 …………。


 その話題を広げるのはあまり気が進まなかった。

 故にふう、と一息ついて、話題を変えることにする。


「だけどな、あいつらと話してると大抵他の人が話に入ってくるだろ? すると、なんということでしょう。俺は死ぬ」


「よわっ! 自虐が過ぎるよ!?」


 くすくすと笑う彼女に安堵した。

 なんとか話を逸らせたみたいだ。


「まあ俺の人生自体が自虐ネタみたいなとこあるからな」


 そしてペラペラとどうでもいい時にばかり回る口が、いつものように適当な言葉を吐き出したのだが。


「…………」


「?」


 目の前の少女が相槌を打っていないことに気づく。



「――私は、そうは思わないけど」



 そう言った、彼女の瞳はまっすぐで。

 優しくて可憐で、そして強い輝きを持っていた。


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