第40話 決勝
山桜高校、第一体育館。
そこには第二学年の生徒が全員集まっていた。
『待たせたな! 山桜高校球技大会、決・勝・戦! お前ら、準備はいいか!?』
スピーカーから発せられる声が語り掛ける。
その発信源は体育館前方に設置された実行委員会本部。パイプ椅子に座った生徒二人がマイクに向けて声を発している。
『決勝はノリと勢いだけで先生から許可を貰った実況付きでお送りするぞ!』
『この学校の先生なんだかんだノリ良いの私好きです。……さて今回の球技大会、男子はバスケとバド、女子はバレーと卓球ということでしたが。ずばり、見どころはどこだと思いますか?』
『そうだな、やはり得点の大きい団体競技、バスケとバレーだな。皆の注目もそこに集まってるだろう』
『ばっさり言いますね。最初はバドミントンからなわけですけども』
『いやまぁ、貰える得点が違るからしょうがないよな。だからこそ、こっから俺たちで盛り上げてこうぜ!』
『精一杯頑張りたいと思います。ということで、早速解説行きましょうか』
『おう! さて、気になる選手の方は……って、え?』
『どうかしました?』
『いや、これ名簿ミスかな? 橘の名前がないんだけど』
『ええと、確か橘君なら準決勝で負けてましたよ』
『はぁ!?』
『わ、なんですか、急に大きな声出して。放送中ですよ』
『ああ悪い悪い。だけど、驚くって。だって、あの橘だぜ?』
『? 橘って、橘圭介君ですよね? あのイケメン・人格者・成績優秀の山桜の貴公子』
『そいつそいつ。どこかの漫画のキャラかって位のパーフェクト王子様』
『確かにスポーツも出来るって話も聞きましたけど……準決勝まで残ってたなら順当じゃないですか? 彼はバドミントン部なので、割ときつめのハンデもありましたよね?』
『まぁ、普通にちょっとスポーツが出来るって話だったらそう思うかもしれないが。実際はそんなレベルじゃないんだよ。橘は』
『と、言いますと?』
『あの程度のハンデがあったって、そもそも並みの奴じゃ本気の橘相手には一点も取れないんだ』
『え……そんなにですか。じゃあ言い方は悪いけど、橘君は本気じゃなかったってことですかね?』
『ああ、そう考えるのが自然……』
『――手は抜かなかったよ、それだけは誓って言える』
そのとき放送に、もう一人の声が加わった。
『うわ、橘君!?』
『どうした圭介、突然』
『ごめん、放送中なのに。だけど、どうしても言っておきたくて』
『それは……つまり、あいつが勝ったのは実力だと?』
『そう捉えてくれて構わないよ』
『彼……えっと、二宮誠君、ですか。申し訳ないんですけど、私彼の名前聞いたことないんですが』
『あ、俺は聞いたことあるぞ、最近噂になってただろ。あの水瀬未来と付き合ってる奴の名前がそんなんじゃなかったか』
『ええ!? それほんとですか!?』
『うん。……それじゃ、僕はこれで』
橘圭介は放送席から離れ、他の生徒達同様コートの脇に座った。
『さて、じゃあ早速選手紹介の方に移りましょうか!』
その声に、体育館の中央に用意されたコートに立っている二人に視線が集まる。
『まずはこの男、高円寺幹人!』
実況の紹介に拍手が上がる。歓声を上げたのは、彼と同じクラスの生徒達だ。
それににこやかな笑みを浮かべ、軽く手を振って応えているのが高円寺幹人。
さらさらの髪をふわりとかきあげた彼はコートの反対側に立つもう一人の男を見て、ふんと鼻を鳴らした。
『スポーツ万能、去年から球技大会では結果を残してきました。今回はバドミントンで頂点を取りに来た!』
『バドミントンは遊びでしかやったことがないらしいが、これまでに経験者にも勝ってきている。最初から優勝候補筆頭だったが……やはりここまで来たかといった感じだな』
「ダーリン、頑張って―!」
そこで一際大きな声援が応援に座る生徒達の最前列から飛ぶ。
そこには、ちゅっちゅっ! と投げキッスを飛ばしている女子生徒の姿が。
『おーっと、これはなんとも熱い声援! さすが登校から放課後までひたすらイチャついていることに定評のあるカップル!』
『いや、しかし普通に羨ましいな……』
実況だけでなく観客からも嫉妬の声が聞こえてくるが、高円寺は全く気にしていない。すっと後ろを振り返り、満面の笑みで大きく手を振る。
「見ててくれハニー。この勝利を君に捧げよう!」
彼の声にハニーと呼ばれた生徒は勿論、他の生徒達からも歓声が上がる。
『なんつーか、華があるよなあいつ』
『是非頑張って欲しいですね!』
高円寺の紹介が終わり、コートに立つもう一人の男の紹介に移る。
『そして、二宮誠!』
『橘圭介を破った、と言えばどれほどの実力者か分かる奴もいるだろう! あるいは、水瀬未来の彼氏、と言った方が通りがいいか!?』
『うーん……やっぱり、あんな人うちの学年にいましたっけ?』
『おいおい、ちゃんと覚えとけよ……と言いたい所だが。実際あいつの場合は分からなくても仕方ない。俺も一年の時に同じクラスだったけど、最近かなり雰囲気が変わったんだよな……』
『そうなんですねー。……なんか不思議な感じのする人ですね』
『ああ。よく言えばミステリアス、悪く言えば、まぁぼーっとしてるようにも見えるな』
やる気があるのかないのか分からない、飄々とした様子で立つ彼を見る観客の視線はどこか冷めていた。
ほんの一月前までは学校にほとんど来ていなかったのに、最近は学年二大美少女と呼ばれる前川飛鳥と水瀬未来、そして橘圭介らを含むグループとよく一緒にいるのが目撃されている。そしてあろうことか水瀬と付き合い始めた。元から良くない評判も手伝って、あいつ調子に乗ってんじゃね、と思うのもおかしくはなかった。
しかし、そんな視線はどこ吹く風とばかりに平然とした顔でトントンとラケットで肩を叩いている。
――俺はネットを挟んで、高円寺と向き合っていた。
高円寺は気安い口調で話しかけてくる。
「はっきり言って、決勝で当たるのは橘だと思ってた。けど、じゃあ君は橘より強いってことだよね?」
「あー、いや、どうなんだろ?」
「何だい、その返事……まぁいいや。どのみち、勝つのは僕だよ。君もそう思うだろ?」
「……そうっすね」
『さて、二宮君と高円寺君がネットを挟んで握手をします。おや、何か話しているようですね』
『内容までは、ここからじゃ聞こえんな』
高円寺はあくまでも笑みを崩さない一方、二宮は仏頂面だ。
その様子に、一部の者は増々反感を強めた。
しかし。
『それにしても二宮の奴……。橘に勝つなんて並大抵の努力じゃ出来ねぇよ。少なくともその点だけは、認めざるを得ない』
『はー……なるほど。じゃああれは何でもない振りしてるだけで、実際は滅茶苦茶緊張してたりするんですかね?』
『あり得るな。なんせ、相手はあの高円寺だ』
『へぇ……。そう聞くと、ちょっと可愛く見えてきますね』
実況の言葉に、訝し気だった観客の彼を見る目が次第に変わっていく。
「勝てよ二宮ァ!」「負けたら承知しないから」「頑張れ~!」「ファイトです」「二宮っちのいいとこ、もう一回見てみたいな!」「ここで勝ったら滅茶苦茶かっこいいでござるよー!」「前だけ、見てろ――!」
『おお、A組の応援が凄いな』
『人気者みたいですねー。そう言えば、彼女の水瀬さんからも何かあるんでしょうか』
実況のその声に、観客の注目は二宮側の観客の最前列に座る少女に集まる。
え、と取り乱した様子を見せる彼女。
『高円寺カップルは熱かったですからね。やはりここは負けられないか!?』
『実際二人がどんな感じなのか気になってる奴は多いだろうし、ここは注目だな』
実況の言葉に、あわあわと目を回す水瀬。
「が、がんばれ、にのみやくん!」
そして最終的にパニックで顔を真っ赤にしたまま、高円寺カップルの真似をすればいいと思い至ったのか、二宮に向けて――ちゅっと投げキッスをした。
瞬間。
「「「「「うぉぉおおおおおおおおお!!??」」」」」
地鳴りのような声が体育館に木霊した。
無論、興奮した観客によるものである。
実況席からも同様の悲鳴が漏れる。
『きゃぁああああ!? やばい超かわいいっ! ほっぺ真っ赤にして恥ずかしそうにちゅってしたのもそうだし! その後に顔を手で覆って伏せちゃった仕草もやばい!! これは女の私でも惚れる!!』
『あばばばばばばばばばば』
余りの破壊力に実況含め言葉を失くした男達が続出する中。
二宮はやや呆れたような顔で、おう、と軽く頷いた。
あー、と俺は頭を掻いた。
「すまん。さっきの言葉、取り消す」
そして目の前の男を見る。
「悪いけど、この試合は勝たせてもらう」
「んん? 随分強気な発言だね」
「まぁな。……あいつらに応援されちまったから。大舞台に、友達の応援。ここで勝たなきゃいつ勝つんだよ」
高円寺は少し意外そうな顔をした。
「……へぇ。そうか、そんな顔も出来るんだ。いいね、これは楽しめそうだ」
そしてふっと真剣な顔をした。
「それは僕も同じだ、悪いけど、手加減はしないよ」
――男達の、最後の勝負が始まる。
俺は一瞬ふらつきそうになった足を堪えた。
はっきり言って、疲労がもう限界に近い。平気そうな振りをするのも神経を使う。
準決勝で体力を消費し過ぎたのだ。保健室で休んで幾らかは回復したが、それでもベストコンディションとは程遠い。少しでも気を抜けば座り込んでしまいたくなるし、攣った足もまだ上手く動かない。
だけど。
橘に勝って、飛鳥に助けられて、皆に応援されて。
高円寺にも言ったが、ここで意地張らなきゃいつ張るんだ。
――この試合に勝って、証明して見せる。
水瀬未来の目は間違ってなかったって。
俺の彼女は、最高に素敵な女の子なんだって。
それはまさしく、熱戦だった。
二人の試合にいつの間にか、誰もが見入っていた。
決勝に相応しい試合だった。
彼らはしばらくの間、互角の勝負を続けた。
だが。
徐々に徐々に、試合は一方に傾きはじめる。
それはこれまでの経験の差か。それとも――意地か。
そしてとうとう、生粋の意地っ張りがその手を高く掲げる。
体育館に鳴り響く歓声は、彼が最早ただのぼっちではなくなったことを示していた。




