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ぼっちが学年二代美少女に憧れた結果  作者: 豚太郎
中編 俺と優し過ぎる彼女と球技大会
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第39話 いつだっていて欲しくないときに傍にいてくれる奴

 審判が試合の終わりを告げる。


 俺はゆっくりとコート中央のネット際まで歩いて行った。

 一方の橘は、未だラリーを終えたその場に立ち尽くしていた。体育館の天井を仰ぐ奴の表情は、ここからではよく見えない。

 そんな橘に俺も審判も声を掛けられずにいたが、少しすると橘は静かにこちらに歩いて来て、手を差し出した。


「完敗だよ。……やはり、俺の目は間違っていなかった」


 そう言った橘の顔には、いつも通りの爽やかな笑顔が浮かんでいた。

 俺も彼の手を取った。


「まぁ、たまたまだけど勝ててよかったわ」


 橘との握手を終えた俺はその場を離れ、コート脇の荷物を持って、ゆっくりとした足取りでその場を後にする。


「二宮君!」


 と、そこで水瀬に声を掛けられた。そういえば、彼女はわざわざ応援に来てくれていたのだった。


「あのさ! 私、凄く感動した! ていうか……めちゃくちゃかっこよかったよ」


 そう言って視線を俺から外し、右手で頬を掻いている水瀬。……こんな風に素直な言葉を言えるのが、彼女の良いところの一つだ。そこに他意はない。

 だから、勘違いしてはいけない。水瀬はあくまで俺の偽彼女であって、彼女ではないのから。


「……おう。ありがとう」


 俺がそう返すと、そだ、私もうバレーの試合なんだった! と言って水瀬は慌てたように去って行った。俺はそれを見送った後、自分も体育館をゆっくりと歩いて出て、扉を後ろ手に閉めた。

 そして、出来るだけ人のいなさそうな廊下を選んで歩き出す。

















 その辺りが限界だった。

 橘は未だ体育館に残っていたし、水瀬はもういない。他の生徒たちも出てくる様子はない。

 俺は周りを確認した後、足を押さえてその場にうずくまった。


「……あだだだだだだだだ」


 今まで堪えていた痛みに思わず悲鳴が漏れる。

 試合を終えてから攣り続けていたふくらはぎの痛みに、脳が震える。


「……いってぇぇ……いやぁ、よく我慢したわ俺。ていうか痛てぇ」


 今は他の学年は授業中だし、ここは二つの体育館間を移動するのに使う廊下じゃない。だから人気もないこの場所で、俺は安心してその場にへたり込んでいた。

 ……それでも橘と水瀬、二人の前ではなんとか平気な振りが出来ていたはずだ。


 実際、とっくに体力の限界だったのだ。

 準決勝までの試合で既に疲れていたし、加えて橘との試合だ。よく途中でへばらなかったものだと思う。


「……まぁ水瀬も見てたしな」


 そんなちっぽけな意地だったが、なんとか貫き通せた。


 痛みに顔をしかめつつ、俺は頭に保健室までの道程を思い浮かべた。

 人の通らない廊下を選ぶから遠回りになるが、まぁ行くしかない。


 俺が痛みを堪えつつ立ち上がり、壁に手をつきながら廊下を亀のような速度で進んでいると、向こうの角に女子生徒がいた。疲れのせいか、接近するまで気がつかなかった。まじか、と思いつつ恐る恐るそちらを見ると、


「――そんなナメクジみたいなスピードじゃ、どこにも行けないわよ」


 胸の前で腕を組み、壁にもたれかかっていたのは俺の幼馴染だった。






「……なんでいるんだよ?」


 俺は内心の動揺を隠して言った。


 彼女は無言で俺に歩み寄り、その長い脚でちょんと俺のふくらはぎをつついた。


「ぎゃあああああああああああああ」


 またも痛みがぶり返し俺はその場に倒れ込む。

 床の上をごろごろと回転する俺を見下ろして、飛鳥はため息を吐いた。


「はぁ……。こんなことだろうと思ったのよね。平気そうだったと橘君は言っていたけれど」


「ぐおおおおおおおおおおおおお!」


「応援に行けなくてごめんなさいね。とにかく、決勝進出おめでとう」


「肉が! 肉が外れるぅぅぅ!」


「……まぁ、貴方なら勝てると私は思っていたわ」


「…………!」


 俺が余りの痛みにもはや言葉を発せずただ黙って耐えている中、穏やかな笑みを浮かべていた飛鳥は言った。


「ほら、遊んでないで早く立ちなさい」


「誰のせいで……」


「あら、貴方の運動不足のせいよね、つべこべ言わずに立ちなさい?」


 可愛らしく笑う飛鳥だが、言っていることは鬼そのものだ。


「……うおおおおおお!」


 俺がぷるぷると生まれたての小鹿のような様子でなんとか立ち上がると、いつの間にか近づいて来ていた飛鳥が、俺にぴったりと身体をくっつけた。

 ふわりとした甘い香りと、柔らかい感触に鼓動が強く胸を打つ。


「お、おい……」


「保健室に行くのでしょう? 肩を貸してあげる」


 そう言った彼女の綺麗な髪が俺の肩にかかる。


「いや、別に一人でも……」


 俺はそう言って彼女から距離を取ろうとしたが、彼女は身体を離そうとしなかった。


「つべこべ言うなって私さっき言ったわよね? それに、もう私を振り払う気力もないみたいだし」


「……あー」


 彼女に図星を突かれ、俺はとうとう観念した。


「悪い、頼むわ」


 俺が言うと、飛鳥はため息を吐いた。


「最初からそう素直に言っておけばいいのに」


「……素直になれない性分でな」


「…未来や橘君にかっこつけたかったみたいだけど」


「……」


 やや唐突な飛鳥の言葉に、俺は思わず黙り込む。

 彼女はそんな俺に、出来の悪い子供の面倒でも見るような目で続けた。


「まぁでも。私の前でならいいのよ。みっともないところを見せても」


 ……彼女の言葉は、麻薬だ。その一言で、俺は何もかもさらけ出してしまいたくなる。橘との試合がどれだけ辛かったか、何度、心が挫けかけたか。

 だけど、彼女に甘えるだけの男にはなりたくなかった。それをしてしまえば、俺は最早こいつと対等であろうとすることすらできなくなる。だから、弱音を吐いているばかりではいられない。だけど。


「……んじゃ、今だけ、頼むわ」


 俺がそう言って立ち上がると、飛鳥は黙って肩を貸してくれた。飛鳥は女子としては身長が高めなので、俺達の身長に余り差はない。

 俺は彼女に肩を借りて、保健室への廊下を歩き出した。




 保健室に着くと、養護教諭は出払っているのか部屋には誰もいなかった。

 取り敢えず奥に並んだベッドの一つに腰掛ける。

 柔らかなマットレスの感覚に、今すぐ寝てしまいたい誘惑に駆られた。

 今の俺の顔は随分と眠そうだったに違いない。

 飛鳥はそんな俺に視線を向けて言った。


「取り敢えず少し寝たら? 先生が帰ってきたら私から伝えておくから」


 彼女の提案に頷き、俺は汗をかいた体操服を着替えた後、布団にもぐった。

 俺が着替えている間、背を向けていた飛鳥がこちらに向き直って言った。


「そんなに疲れているのなら、決勝戦、私は棄権してもいいと思うのだけれど……」


「いや、出るわ」


 ベッドの端に腰掛けた彼女の言葉が終わる前に、俺は口を挟んだ。

 俺の反応に、飛鳥は肩を竦めた。


「そう言うわよね貴方なら。……全く、しょうがないわね」


 理解してくれてるなら助かる。ここにいたのが水瀬なら止められていたかもしれない。と言っても、水瀬相手なら俺は意地を張ってここに来ることもなかっただろうが。

 ともかく、と俺は口を開いた。


「ありがとな。心配してくれて」


 俺の言葉に、幼馴染はぱちくりと目を見開いた。


「あら、貴方そんな気を回せるようになったのね」


「まぁ……最近ようやくな」


 俺が彼女の言葉に返事をすると、飛鳥は柔らかな微笑を浮かべた。


「……良かったわね」


「あ、ああ……」


 飛鳥の珍しい反応に少し居心地の悪さを感じた俺は、ひとつ咳払いをして話を戻した。


「あー。それで、こんなこと頼むのは悪いんだが……」


「分かってるわ。体育委員には貴方がぎりぎりになるって伝えておく。試合開始の十分前には起こしに来るから」


 飛鳥は皆まで言うな、とばかりに俺の言葉を遮って言った。

 それはまさに、俺が彼女に頼もうとしたことだった。


「……お前には、何でもお見通しだな」


「何でもじゃないけど、それくらい分かるわよ。何年一緒にいると思ってるの?」


 飛鳥は呆れたような表情をした。


「俺は、お前の考えてることはよく分かんねぇな」


「まぁ、貴方は特別分かりやすいから」


「そんなことはない、と思うが……。けどお前は、昔の方が分かりやすかった気がする」


「……やめて。昔の話はしないで」


 そう言って視線を逸らして、傍にある布団をいじる彼女。どうやら昔のことは掘り返されたくないらしい。

 一方で、俺はだんだんと眠気が強くなってきているのを感じた。


「じゃあ、私は今何を考えていると思う?」


「……あー、分からん。何なんだ?」


 薄れゆく意識の中でも、彼女がこちらを向いて笑っているのが分かった。


「決勝戦頑張ってね。私の王子様」


 彼女の言葉が夢か現かさえも分からない俺の耳に、おやすみなさい、という声が聞こえた気がした。


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