第21話 かんぱーーーーい!!
受付で部屋を教えてもらい、二人で廊下を歩いていくと。
「あ! おーい、こっちこっち!」
部屋の前でスマホを見ていた水瀬がこちらに気付き、顔をパッと明るくして手をぶんぶんと振りながら近付いて来た。
「2人ともようやく御到着か! ……ん、飛鳥ちゃん何か顔赤くない? 何かあったの……ってやめて、髪の毛掴まないでー!」
何故か焦った顔をした飛鳥にアホ毛を掴まれ、あうあうと抵抗する水瀬だったが。
なんとか身を捩って逃げ出すと、髪をささっと手櫛で整えてからにやりと笑った。
「……ごほん! さて、では2人をパーティへとお連れしましょう。主催はこの私、水瀬未来! ぷれぜんてぃっどばい水瀬!」
彼女の背後、扉の向こうからは男女の騒ぎ声が聞こえる。
既に随分、盛り上がっているみたいだ。
「あー、やっぱ俺はいいよ、誘ってもらってなんだけど。わざわざ参加して空気凍らせることもない」
俺が言うと、水瀬はうーんと首を傾げた。
「そんなことないよって私が言っても、信じてくれなさそうだしなぁ。……じゃあ、本当にそうなるか試してみよっか?」
そう言って。
彼女はにやりと笑って、扉を開けた――。
「みんなーー! 2人とも来たよーー!」
「あ。前川さん来てくれたんだ……」
「やば、まって私めっちゃうれしいんだけど」
やや暗い室内から飛んでくる、飛鳥の到着を喜ぶ女子の声。
これは想定通りだ。飛鳥が若干驚いたようにぽかんとしているのが不可解だったが。
しかし。
続いて聞こえて来た声に、俺は耳を疑った。
「二宮氏も、よければこっちに来るでござる!」
「二宮最近めっちゃ頑張ってたよな! こっち来いよ、ドリンク好きなだけ飲ましてやる!」
「お前それさっき調合失敗した奴じゃねぇか。おい二宮ー、今のは冗談だから早く座れよー」
…………。
………………え。
呆然としながら、俺は飛鳥と手近な席に座った。
あっという間に飲み物が隣から渡ってくる。
「あ、ごめんコーラで良かった? ダメだったらとりあえず乾杯だけして? 後で私が飲んどくからさー?」
「あ、ああ…………コーラで、いい」
正面に座った女の子が親しげに話しかけて来て、驚きに声が詰まる。
「よっしゃ、私二宮っちは絶対コーラだと思ったんだよね!」
「――ん、んんっ!」
彼女が笑って親指を立てて来ていて、反応に一瞬迷ったが。
その時、俺の後に続いて端っこの席に座った水瀬の咳払いに注目が集まる。
「さて、お集まりのみなみなさま、乾杯の準備はよろしいでしょうかー!?」
おっけー! だの、はやく始めろよーだの様々な野次が飛び交う。
正面の彼女も、いえー! と楽しげにグラスを持ち上げていた。
「よっし、じゃあ、行くよーー!?」
少し迷ったが俺も、目の前に注がれたコーラのグラスを手にとって。
「中間テストお疲れ様でした!! せーのっ、かんぱーーーーい!!」
皆と一緒に上に掲げ、呟いた。
「「「かんぱーーい!!」」」
「二宮っちさー、今回めっちゃ頑張ってたよね」
さっきコーラを渡してくれた女の子が話しかけてきた。
確か名前は、山﨑。
ギャルっぽい見た目をした少女で、それが原因というわけじゃないが、今まで話したことはなかったと思う。
というかだいたいの奴は話したことない。
「二宮っちって、最近までぶっちゃけ勉強とか全然してなかったっしょ?」
俺が頷くと、あは、と笑って山﨑は続けた。
「私もさ、あんまり勉強してる方じゃなくって、友達と遊んでたりした方が楽しーし?」
彼女は巻いた金髪を指先でいじりながら言う。
「でも、最近の二宮っちを見てて思ったんだ。私もがんばろって。……だから、ありがと」
そんなことを言った彼女が、俺が驚いて何も言えないでいるうちに、ぐいっと体をこちらに寄せてきた。……陽キャには普通の距離感なんだろうが、初心者にはちょっと厳しいです。
「ね、よかったらちょっと話さない? 私、二宮っちに興味あるな」
「あ、ああ。もちろんいいよ。えっと……」
と、俺が答えかけたそのとき。
室内に大音量で音楽が流れ始めた。
最近流行りのアイドルソングみたいだ。
見ると、タッチパネルを操作したらしき飛鳥が水瀬にマイクを渡していた。
「おっ! この曲選ぶとは、早速私をご指名かな!? 飛鳥ちゃん!」
「……そうね、一曲いってもらえるかしら?」
「おっけ! じゃあ僭越ながらこの水瀬未来、歌います!」
そしてノリノリで歌い始める水瀬。
誰かが音量デカすぎ! と叫ぶ。
女子が何人か水瀬と一緒に踊り始めた。
そのうちの一人が、山﨑に声を掛ける。
「めいー! 踊らないのー!? この曲好きっしょー!?」
「……残念。ちょっと行ってくるね」
友達に呼ばれた山﨑はまた今度、と笑って俺の隣から離れて行った。
カラオケを歌い始めたことで、席を自由に移動する雰囲気が出来た。
水瀬と飛鳥は少し離れたところで二人で話しているみたいだ。
1人残された俺がちびりちびりとコーラを飲んでいると、橘と、それと見覚えのある(クラスメイトだから当たり前か)二人の男子を連れて俺のところにやって来た。
「二宮! 今日は来てくれてありがとう」
橘は相変わらず爽やかだったが、いつもより少しはしゃいでいる感じがする。こいつもテストが終わって浮かれているのかもしれない。
「おう、まぁ誘われたからな」
「え? じゃあ今までも誘ってたら来てくれてたのか?」
そう問われて、言葉に詰まる。
「あー、いや、それはないな。今日は飛鳥に逃げ道を塞がれたから来ただけだ」
「ははっ、そっか。そりゃしょうがない」
橘と話していると、何故か他の2人は驚いた顔をしていた。
俺が怪訝な顔をして2人を見ていることに気付いた橘が、くっくっと笑った。
「ほら、だから言っただろ。二宮も普通に話せるって」
え、どういうこと?
「いやいや、二宮氏は教師がいくら怒鳴っても、何度呼び出されても、翌日には平気な顔で遅刻してくる男でござるよ?」
「まともな神経してたらそんなことできねぇよな。あ、いや良い意味でな?」
そんなことを言う二人。
「おい、ちょっと待て、これはどういうことだ」
堪え切れず橘に尋ねると、橘は未だに笑いながら答えた。
「そのまんまだよ、皆はお前に興味がなかった訳じゃないってことだ」
…………。
じゃあ。
壁を作っていたのは、俺の方だったってことか。
改めて、ここに集まっている奴らを見渡す。
……こうやってクラスメイトたちの顔をちゃんと見たのは、高校になって初めてかもしれない。
「……なんか色々勘違いがあったみたいだけど、俺は二宮誠。どこにでもいる普通のゲーム好きだよ。これからよろしく」
多分、どこにでもある自己紹介。
だけど俺にとっては少しだけ違った感慨を感じながらそう言って、軽く頭を下げる。
すると2人は一瞬顔を見合わせた後、ぷっと笑って口々に話しかけて来た。
「俺は柊。お前最近マジで熱かったよな! 俺も勉強頑張ろうかと思ったぜ」
「拙者は小田と申す。趣味はゲームと漫画とアニメとラノベと……」
結局。
それから打ち上げはあっという間に終わった。
「じゃ、またねー!」
水瀬と飛鳥が、店の前で手を振って友達に別れを告げている。
俺も橘達に軽く手を挙げて挨拶した。
「それじゃ、行こっか」
水瀬のその声に頷き、3人で歩きだす。
少し歩いた後、水瀬がスマホを取り出し時刻を確認しつつ言った。
「ね、まだちょっと時間早いし、どこか寄ってかない? さっきは結局3人であんまり話せなかったじゃん!」
俺と飛鳥は顔を見合わせたが、2人とも特に用事もなかったので了承する。
俺達が選んだのは、見覚えのある洒落たカフェ。
そこは2週間前のあの日、俺と水瀬と2人で行った場所だった。
今度は然程躊躇せずに店に入ると、あの時と同じ店員が席に案内してくれた。
……あれから俺は、どれだけ変われただろうか。
注文をした後、正面に座った水瀬がにこにこと話しかけてくる。
「ね! 二宮君! 打ち上げ、楽しかったでしょ!?」
「……おう。楽しかった」
彼女の質問に、今は不思議と素直に答えられた。
そんな俺を見て、水瀬の隣に座った飛鳥が穏やかに微笑む。
「良かったわね。橘君達とも仲良くなれたみたいだし」
「……そうだな」
少し照れくさくなって彼女達から視線を外し、店員が注文を運んでくるのを待つ振りをした。
注文が届いてから、暫く経って。
今は女子が二人で話していて、俺はそれに適当な相槌を入れながら聞いていた。
そうしながらこっそりと、改めて目の前の女の子達を見る。
この長くて短かった二週間。
彼女らには、本当に世話になった。
すると。
2人は俺が見ていたことに気付いたみたいだ。
「やだ、飛鳥さん。二宮君ったらあんなにこっちを見つめちゃって、照れますわ」
「本当にね。でもしょうがないわね、目の前にこんなに可愛い女の子が2人もいるんだもの」
おどけてくすくすと笑う2人に向けて、出来るだけ真摯に言った。
「あのさ、今まで本当にありがとう」
「二人の俺はちょっとはまともな生活が出来そうだ。今日の打ち上げでクラスの奴らともやっていけそうな気がした。……水瀬、助けた礼としてはこれで十分だ。これからはもうこうやって俺に構わなくていい。今までありがとな」
ずっと言うべきだと思っていた言葉を伝えて、肩の荷が下りたように感じた。
おそらく。
かつてこの場所で話していた彼女の『助けてくれたお礼』というのは、『俺の社会復帰を手助けすること』で間違いないだろう。
俺に面と向かっては言い辛いから、秘密だと言ったのもそれで説明がつく気がする。
「「…………」」
だけど、何故か。
最初は嬉しそうに聞いてくれていたように見えた2人だったが、途中から悲しそうな顔をし始めていた。
「……なんで。そんなこと、言うの?」
顔を俯かせた水瀬が、感情の読めない声で呟く。
「え? そんなことって?」
訳が分からず聞き返すと、彼女は悲しそうに目を伏せ、それきり何も言わずにそっと隣の飛鳥に抱きついた。
俺の幼馴染はそんな水瀬をよしよしと慰めながら、こちらに向かって代わりに言った。
「『もう俺に構わなくていい』ってところ。……貴方、私達が同情で貴方と一緒にいるとでも思っていたの?」
水瀬は飛鳥の胸に顔を押しつけたままぼそりと言った。
「……始まりは、確かにそうだったけど。でも今はもう私は二宮君とは友達だと思ってたから、一緒にいただけなのに。二宮君は、そんな風に思ってたんだ」
「…………ッ!?」
彼女の呟きを聞いて、俺はぶん殴られたような衝撃を受けた。
そうだ。
俺と彼女は、友達だったはずなのに。
俺はまた、肝心なところで臆病になって、あんな言い方をしたんだ。
そうしていれば自分は傷つかずに済むから。
けれどそれでは、彼女の気持ちを踏みにじっているも同然だ。
罰が悪くなって、ガシガシと頭を掻く。
「……あー、ごめん。違うんだ。さっきのは頼むから、聞かなかったことにしてくれ。……その、俺もお前のこと、友達だと思ってるから。……つまり、だな。……これからも、よろしく」
なんとか、搾り出すように紡いだ俺の言葉を聞いて。
水瀬はやはり飛鳥に体を預けたままだったが。
少しして、ちらと俺の方を見てうん、と頷いてくれた。
それからは、なんとも言えない空気がテーブルに漂っていたが。
暫くして、そうだ! と水瀬が鞄をごそごそと漁り、何かを取り出した。
「……これは?」
唐突な行動に訳が分からず尋ねると、彼女はふふんと胸を張った。
「ストラップだよ! 勉強会お疲れ様記念ってことで、皆でお揃いのやつ付けようよ!」
水瀬の手には3つ同じストラップが握られていた。
「これは……」
思わず、同じ言葉を繰り返してしまった。
ストラップを揃いで付ける気恥ずかしさはあるが、それはこの際良いとしておこう。
問題は、ストラップのデザインにある。
めちゃくちゃダサくないか、これ?
俺の感性がおかしいのかと飛鳥の方を見ると、やはり顔を若干引きつらせているのが分かって安心した。いや何も安心は出来ないけど。
視線で素早く会話を交わす。
(これでいいのかよ……)
(しょうがないじゃない、あんな顔されちゃ……)
飛鳥の視線を追って、その隣を見ると。
水瀬がいかにも嬉しそうな顔でお揃いお揃い〜と口ずさみながら、早速ストラップの一つを鞄に付けようとしていた。
…………。
(……やむを得ない、な)
(ええ、やむを得ないわね)
俺達はどちらからともなく笑い出しながら、ストラップを付けるために、それぞれの鞄を手に取った。
<クズと中間テストと学年二大美少女 了>
・現在のステータス(10段階)
勉強:4 運動:6 コミュ力:4 体力:4 見た目:3




