第17話 近づくテスト
翌朝。ベッドで眠る俺の耳に、鈴を転がすような声が聞こえる。
「起きて、朝だよ。起きて!」
可愛らしいその声に俺は心を踊らせながらも、少し意地悪して寝た振りを続ける。
「もう! 起きてよ〜。ぜんっぜん、起きないじゃん……本当に、まだ寝てるの?」
俺は目を閉じたままだったが、俺を起こそうとする彼女の正体には心当たりがあった。
というか、一人しかいないまである。
「じゃ、じゃあ言っちゃおうかな。本当に起きてないよね?……あのね。私、あなたのこと……だいすき」
彼女の普段と違う蕩けるような声での告白に、俺は湧き上がる感情を抑えきれない。
「うおおおおおおおお!!! 俺も大好きだぁぁぁああああ!!」
俺が飛び起きると、ベッドの横にドン引きした表情でたたずんでいる女子がいた。昨日から同居を始めた飛鳥である。
「えへへ……言っちゃった」
俺のスマホの目覚ましアプリは枕元で未だに可愛らしく喋り続けていた。
「それで?」
「いやこれは違うんだってマジで」
仁王立ちする飛鳥の前で俺は正座させられていた。
「何が違うと言うの? このどうしようもないキモオタが」
「いやほら。昨日まで一人暮らしだったからさ、朝のこういう会話に飢えてたっていうか」
「朝っぱらからアニメ声で大好きって言って欲しかったと」
「身も蓋もねぇ言い方すんな! 会話に飢えてたんだよ会話に!」
「それだけならあのアラームにする必要性はないわよね」
「そりゃあほら……あれだよ。俺も愛って奴を感じてみたかったって言うかな。へへっ」
「もしもしお母さん? 実家に荷物送り返したいのだけれど」
「ちょっと待てぇぇええええ!」
実家に帰ろうとする飛鳥を全力で説得した。
「そういえば、なんでお前朝から俺の部屋に居たの?」
アパートを出る時に俺が聞くと隣の飛鳥はしばらく黙っていたが、そのうちに俺から目を逸らしつつぼそりと答えた。
「……朝起きられないって悩んでる同居人の部屋に行く理由なんて、一つしかないのではないかしら。必要なかったようだけれど」
……今日であのアプリは引退だな。
――登校している彼と彼女は話をしている。否、実際にはそれは会話ではない。
お互い手に持つのは英語の例文集。彼らは例文を暗記しているか試しているのである。
すらすらと一文を暗唱して見せた彼女は、今度は逆に問いかける。
その問いかけに頭を悩ませる男を見守りつつ、例文集で隠したその口元は確かに笑顔で彩られていた。まるで、彼のその姿が何より嬉しいとでもいうように。
飛鳥と登校し、学校では授業の適当に分かるところだけ耳を傾け、休み時間はたまに橘や水瀬、飛鳥らと少し話をする。放課後は水瀬と飛鳥に逃げ道を塞がれて勉強会。
そんな風にしているとあっという間に時間は過ぎ、明日からは中間考査だ。
下校時刻になったので図書室を出て、俺達3人は帰路に着いていた。
「今回はけっこう勉強した! これはいける!」
帰り道、3人で並んで歩きながら水瀬はえへんと胸を張っている。
「これは成績上位者に載るわ! 間違いない!」
水瀬が言っている成績上位者とは、テスト後成績上位50名が廊下に貼り出されるものだ。うちは1学年300人程度いるから、そこに掲示されるとはクラスでもかなり勉強の出来るやつということだ。ここは県内では有数の進学校なのもあり、だいたいの奴はなんだかんだ言いつつもこの掲示を気にしている。
「飛鳥ちゃんはこの前は2位だったよね」
水瀬が隣を歩いている飛鳥に話を振っているのを聞いて俺は驚いた。え? 確かにこいつ出来るとは思ってたけどそんな良かったの?
しかし飛鳥は興味無さそうにそうね、と返していた。何そのクールな対応、飛鳥パイセンマジかっけぇんすけど。俺もやりたい。
「で、3位が橘君と。……待って、うちのクラスってもしかして成績めっちゃ良いの!?」
橘に関してはああそうとしか思えない。もう何なんだあいつ、弱点とかねぇの? 水かけたら溶けたりしないかな。
「ま、まぁここまできたらやるしかないよね。――行くぞ中間考査。問題の貯蔵は十分か!?」
おおー! と元気よく腕を空に向けて突き出す水瀬と、それに呆れながらもちょっと腕を上げて続く飛鳥。
俺もスマホの画面を見ながらおざなりな声を出した。