第13話 俺は、勉強が嫌いだァァァアアア!!
走り回った結果。
「……ねみぃ」
昼過ぎの授業中、俺は頬杖をついたまま眠気と格闘していた。
担任はいつも割と面白い授業をするのだが、それすら頭に入ってこないほどだ。
適度な運動からの昼飯という黄金パターンね。これ、寝ないでいるほうが難しいわ。
そうして担任が黒板の方を向いた一瞬、教室前方の席に座った飛鳥がくるりと振り返った。
彼女と目が合う。いや正確には睨まれた。
半分以上寝かけていた俺は慌てて背筋を伸ばす。
うえ、エスパーかよ。
仕方なく、俺は再び眠気との終わりのない闘いを再開した。
……ところで俺以上に校庭を走り回った水瀬はどうなのだろうか、と彼女の方を見てみると。
「……。…………っ。……」
案の定、うつらうつらと頭が揺れている水瀬。
そんな様子も可愛いの美少女は強いなー、と思ってみていると、担任も気づいたようだ。
「おい水瀬、私の授業はそんなにつまらないか〜? 先生悲しいな〜」
「……はっ!? は、はい! って、あれ? 先生? ……あ。す、すいませんでしたー!!」
びくっとして立ち上がった水瀬が大きな声で謝ると、どわっはっはっは〜と教室が笑いに包まれた。
「まったく、水瀬はしょうがないやつだな。次から気を付けろよ」
「はい!」
水瀬が元気よく返事をすると、先生もならよし、と笑顔で頷いた。優しい世界だなぁ。
そんなことを考えているうち、俺も健闘虚しくいつのまにか寝かけていたみたいだ。
「おい二宮、お前なんで私の授業で眠そうにしてるんだ。廊下に立ってろ」
「……はっ!? は、はい! って、あれ? 先生? ……あ。す、すいませんでしたー!!」
びくっとして立ち上がった俺が大きな声で誤ると、冷め切った目でこちらを睨む担任。
「そういうのいいから。とりあえず廊下に立っとけ」
「いや対応違いすぎねぇ!?」
担任はやれやれと肩を竦めた。
「ああもういいや廊下に出すのも面倒だ、最近PTAとか厳しいしな。……お前、頼むから私に迷惑だけは掛けないでくれよ?」
「あんた最低だな!」
「しかし、少し不安だな……そうだ、『僕が何をしても全部自己責任です、担任は何も関係ありません』、はい復唱」
「凄い! 最低かと思ったけど更に下があった!」
「『先生大好きです3億あげます』、はい」
「いっそ清々しい!」
俺が担任の暴言に抗議しているうち、チャイムが鳴った。
「まぁとりあえず、中間までの範囲は今日の授業で終わりだ。各自適当に復習しとけよ〜」
担任は俺を軽くあしらうと、そんなことを言って教室を出て行った。
「中間考査に備えて勉強するわよ」
放課後、約束通り教室で待っていた俺に向かって飛鳥は言った。
「ええ……勉強っすか?」
自慢じゃないが、俺はこの一年、勉強は碌にやっていない。授業は半分以上意味不明である。
背伸びして入った進学校だからしょうがないね! と自分に言い聞かせてここまで来てしまっていた。
そこに、この飛鳥の発言だ。俺がつい敬語になってしまうのも無理はないというものだろう。
「貴方ね……。このままいくと、進級も怪しいのよ? 分かってるの?」
しかし、額に手をあててため息を吐いた飛鳥にそう言われると、俺は黙るしかないわけで。
彼女は真実俺を心配して言ってくれていると分かるからだ。
故にどうしようもない感情を持て余した俺は、カラカラと教室の窓を開けた。
すぅぅ……、と息を吸い。
そしてどこまでも青い空向けて叫んだ。
「俺は、勉強が嫌いだァァァアアア!!」
飛鳥は突然の俺の奇行にもしらっとした目を向けている。
しかし、
「えええ!? 突然どうしたの!?」
いいリアクションをする、見覚えのあるアホ毛がぴょんぴょんと跳ねていた。
俺は彼女の反応に満足し、窓を閉めた。
「ていうか、二宮君ってそんなに成績酷かったの?」
そう尋ねたのはこの教室にいる3人目、水瀬である。
「いや、成績はともかく、出席がな? なんかよく分かんないけど俺が授業に出てないって勘違いしてる先生がいるみたいで」
「それって勘違いじゃないよね!?」
「というか成績もひどいでしょう。誤魔化すのはやめなさい」
水瀬の言葉にそう付け加え、ふふっと笑う飛鳥。
あれ? こいつ俺のこと心配してくれてるんだよね?
「もう嫌だ……俺は将来Youtuberになるから勉強なんていらないんだ……」
「それ一番駄目な奴……。よしよし、大変だったね~」
苦笑いをした水瀬が俯いた俺の頭を撫でようと手を伸ばしてきた。
「……と、ところで!」
が、その手を飛鳥がきゅっと掴んで自分の胸元に寄せて言った。
「未来が来てくれて良かったわ、この男と2人きりなんて余りにぞっとしないもの」
彼女はそんなことを言うがそれが本心ではない……はずだ。さすがに同居までする予定の相手を嫌ってはいない……はず。……いないよね?
俺が幼馴染に対してかつてと同様再び疑心暗鬼になりかけていると、水瀬がほえー、と俺と飛鳥を見て言った。
「それにしても一緒に勉強会って、飛鳥ちゃんと二宮君って仲良かったんだねぇ。たまに話してるのは見てたけど」
飛鳥は水瀬に俺達の関係については話していないみたいだ。まぁこんな奴と幼馴染だとは余り吹聴したくないのだろう。その気持ちは分かる。いや分かっちゃダメだろ(唐突な真顔)。
「まぁ、少しね」
飛鳥がそんな曖昧なことを言いつつ、俺に目配せした。
大丈夫、心配しなくとも話したりはしない。俺はそれで、と話を戻した。
「勉強するって言っても場所がなくないか? ていうか、勉強って何だ?」
「図書室でいいんじゃないかしら。もともと私と未来はよくあそこでやっていたし。あと哲学的な風を装って逃げようとするのはやめなさい」
すっとぼけた俺に冷たい視線を投げる飛鳥。しかし水瀬の気は逸らせたようだ。彼女はえへへ、と笑いながら飛鳥に抱き着いた。
「飛鳥ちゃんにはいつもお世話になっております!」
「その自覚があるのなら、テスト前に毎回泣きついてくるのやめて欲しいのだけれど……」
そんな水瀬に少し鬱陶しそうな顔をしている飛鳥だが、水瀬を振り払ったりはしない。
仲が良さそうで何よりであった。