第12話 勘違い
なんとか授業が始まる直前には、教室に滑り込むことが出来た。
荒い息を吐きながら席に座ると、教室の前方の席に座った飛鳥が、こちらに向けてひらひらと手を振っていた。
彼女と話していた水瀬も俺に気付いて近づいて来ようとしていたが、ちょうど教師が入ってきた為か渋々と自分の席に座った。
そして授業が始まる。
……ふむ。
あー、なるほどね。
何を言っているのか、全然分からなかった。
普段ちゃんと聞いてないし当たり前か。
教科書をぼんやり眺めていたはずだったが、次の瞬間ふと気づくと授業が終わるところだった。
どうやら眠っていたらしい。
先生が教室から出ていくや否や、水瀬がつかつかと俺の席まで歩いて来た。
「おはよう! 二宮君今日は早いんだね!」
そう言ってにっこりと笑った水瀬の大きな声に、何事かと教室中の注意が集まった。が、すぐになんだ水瀬かと視線が外れていく。
「……おはよう」
「昨日はどうしたのかな? ……かな?」
「ヒッ……!」
笑顔が怖い怖い可愛い怖い!
「……すまん。今日から頑張る」
俺の懺悔を聞いて、水瀬は慈悲深い表情で頷いた。
「.........いいでしょう」
うむうむ、と頷きながら去っていく水瀬の後ろ姿を見ていると、入れ替わりで飛鳥がやって来るのが見えた。
「おはよう寝坊助。よく眠れたかしら」
「おう、おはよう」
挨拶を交わしたあと、声を落とす。
「昨日はありがとな。助かった」
俺と飛鳥が同居することは、誰にも言っていない。
彼女の人気は相当なものだ。
いくら引きこもりの幼馴染の世話の為とはいえ、男と同居なんて知られれば、大騒ぎになることは間違いなかった。
飛鳥も俺に合わせて声を潜める。
「朝食も冷蔵庫に入れておいたのだけれど」
「ああ、あれな。めっちゃ美味かったわ」
「……そう、それならよかった。あ、放課後ちょっと話があるから教室で待ってなさい」
「了解」
彼女と小声で会話していたところ、橘がこちらに近づいて来るのが見えた。
「やあお二人さん、仲良いねー」
言われ、俺と飛鳥はパッと距離を取る。
「そうか?」
「あ、別に慌てて離れなくてもいいんだけど……っと、二宮今日は顔色良いな」
「……い、言われてみればそうね」
飛鳥は長い髪を指先でいじりながらそっぽを向いている。
……隠し事が苦手なのは、昔と変わっていないみたいだ。
「まぁ今日はまともな時間に起きてるからな。……そうそう、これからは俺遅刻辞めるつもりだから」
「え?」
何気なく言った瞬間、橘はぽかんと口を開けた。
こいつもこんな表情するんだな、と思った束の間、教室中がざわっと喧騒に包まれた。
「え……? 二宮の奴今なんて……?」
「う、うちの聞き間違いじゃなければ、遅刻やめるって!」
「そんな馬鹿な! うちの全生徒の遅刻回数の3分の1を1人で支えているあいつが!?」
「暴動が起きるぞ! 皆の衆、早く最寄りのスーパーに急ぐでござる! トイレットペーパーが売り切れるで候!」
こいつらは俺を何だと思っているのだろう。
と、橘はくっくっと笑う。
「まぁまぁ、そんな顔するなって。皆なんだかんだお前のこと気にかけてたんだよ」
「………………あ、そう」
……そう言われると、何も言えない。
やり場のない感情を発散させるべく教室を飛び出し、次の体育は久しぶりに全力ダッシュをした。
……結構疲れたが、なんかすっきりした。