第10話 認識の違い
飛鳥は俺と同居するという衝撃の提案をしてから、ベッドの上で布団の中に潜り込んでしまっていた。
彼女は髪が長いので、髪だけが布団から出ていてちょっとしたホラーみたいになっている。
「……いや、それは問題あるだろ」
「なにかしら」
布団の奥からくぐもった声が返ってくる。
「いや、なんか色々? 親の許可とか?」
「私の親はあなたなら多分納得してくれると思うわよ。あなたの方は、あなたから言わなきゃばれないんじゃないかしら?」
「それは無理だろ。俺たちの母親って結構連絡取り合ってるらしいし」
ていうか飛鳥がさらっと言ったから流したけど、俺なら納得ってどういうこと? 前川家では俺は要介護者認定されてるのか。
「じゃあ普通に説得したら?」
「でもそれはなー」
朝起きられないから幼馴染みに同居して貰うって、普通に情けなさすぎない?
「事実だからしょうがないでしょう。まぁ私は貴方がなんと言って説得するのでも構わないし、そこは任せるわ。……付き合ってるからとかでもいいんじゃない?」
「いや、それはだめだろ」
「そうかしら」
飛鳥の表情は布団にくるまっているので見えないが、こいつは一体どんな顔で言っているのだろう。
ところで、と飛鳥は続けた。
「親の許可の問題以外はいいのかしら」
「というと?」
「もっと根本的なところ……貴方が私と住むのは嫌、とか」
もぞ、と布団が少し動いた。
「いやそれはないが。お前こそいいのか?」
「別に構わないわよ。住むところが違っても、私は変わらないから」
「え? もしかしてちょっといいこと言ってる?」
「まあ今までは実家だったから家事の負担は増えるでしょうけど……。大学に入ったら一人暮らしをしようと思っていたから、それが早まるだけのことよ」
「……」
さっきから飛鳥はなんでもないことのように言っているが、俺がおかしいのだろうか。高校生2人で同居って結構大変なことな気がするんだが。
「あんまり嬉しそうじゃないわね、せっかく貴方のために私が考えてあげたのに」
「そりゃ、俺としてはありがたいばかりだが」
「じゃあ喜びなさいよ」
「うっひょー! アガってきたぜぇー!」
「気持ち悪いわ」
「どっちだよ!」
俺が怒鳴っていると、飛鳥はもそもそと布団から出てきた。まだ4月とはいえ布団の中は暑かったのか、飛鳥の顔は赤くなっていた。
「じゃあとりあえず今日は帰るわ。週末には荷物を運び入れるから、予定を空けておいて頂戴。……ごめんなさい、無駄なことを言ってしまったわ。友達もいなくて部活にも入ってない貴方に空ける予定なんてあるはずもなかったわね」
「ば、ばっかお前、俺の予定マジパンッパンだから! 分刻みのスケジュールだから!」
「ゲーム以外の予定を聞かせて」
「……」
ゲリラダンジョンとかマジで忙しいよね。
じゃあそういうことで、と言ってアパートから出て行こうとする彼女を俺は呼び止めた。
「もうこんな時間だし駅まで送ってくわ」
飯まで食ったのだから当たり前だが外はもうすっかり暗くなっていた。
俺が飛鳥によって壁に綺麗に整えて掛けられていたコートを羽織りながらそういうと、彼女はちょっと驚いたような顔をした後にっこりと微笑んだ。
「あら、殊勝な心がけね。その気遣いが普段から出来ていれば、クラスで浮くこともなかったでしょうに」
「……やっぱり俺浮いてる?」
「はっ。何を今更」
「鼻で笑うのやめろ!」
そんな話をしながら、駅までの夜道を俺たちは歩いて行った。