第8話 彼女との距離
俺と飛鳥は俺のアパート近くのスーパーに来ていた。
「着いたぞ。ここが多分一番近いスーパーみたいだ」
俺がスマホで確認しながら言うと、飛鳥は目を瞬かせた。
「来たことなかったの?」
「引っ越してきた時に一度だけ。自炊する気に溢れてた時だ。あの頃は若かった……」
俺が遠い目をしてそう言うと、飛鳥は納得したように手をぽんと打つ。
「あなた、何かを始めて一瞬で飽きること多かったものね、詩を書き始めた時とか」
「おい、そのことは忘れろって言ったはずだよな」
「嗚呼、君の空よりも澄んだ瞳は……」
「許してくださいなんでもしますから」
2人で店内に入った。主婦や仕事帰りのサラリーマンの姿が目立ち、高校生は俺達だけのようだ。
「さて何を買いましょうか。とりあえず、制汗剤いっとく?」
飛鳥は近くの棚にあった制汗剤の容器をくいっとやった。
「なんでだよ! 食材買いに来たんじゃないのかよ!」
「だって必要でしょう?」
「タチの悪い冗談はやめろ!……え? 冗談だよね?」
「ごめんなさい。これ以上は私から言うと悪口みたいになるから」
「それもう臭いって言ってるようなもんだよねぇ!?」
え? ……え? ……マジ?
袖の匂いを嗅いでみるが、自分ではよく分からない。
俺が臭いを確認しようと躍起になっていると、飛鳥はため息を吐きながらやれやれと肩を竦めた。
「わかったわ、我慢するわ。幼馴染だもの。これくらいじゃ貴方を嫌ったりしないから気にしなくていいのよ」
「いや気にするわ! え、そんな臭う!?」
「もう! 関係ない話してないで真面目に買い物して!」
「お前が言い出したんだよなぁ!?」
飛鳥と店内を見て回る。こうやって二人でいるのも久しぶりだ。
「それで何が食べたい? この中から好きなの選んでいいわよ」
「お前は離乳食の棚の前で何を言ってるんだ!? こんなの食わねぇよ!」
「……え、もしかして母乳の方が良いとか言い出すの? 流石の私と言えど、そこまではちょっと……」
ドン引きしたように両手で自分の身体を抱くようにして距離を取る飛鳥。
「離乳食は俺にはまだ早いって意味じゃねぇよ!」
「なんだか文句の多い人ね。作って貰うのに礼儀がなってないんじゃないの?」
「え、これ俺が悪いの!?」
そのあとも、
「ここが兎の餌を販売しているコーナーか。へぇ、結構種類があるな」
「野菜コーナーよね、あ、これいいわね」
「ほう、この国ではこれを食用で用いているのか……」
「学者風に言ってもピーマンは買うわよ」
「……買う?」
「買うわよ。まだ野菜嫌い直してないのね」
そんな話をしながら飛鳥が俺の押すカートに大量の野菜を入れてきたり、
「やっぱ肉だよな」
「いくらお腹が空いたからって、生肉をそんな物欲しそうな目で見ないで頂戴。恥ずかしいわ」
「俺は飢えたハイエナか何かかな?」
「あ、これも買っておくといいわよ」
「お前、なんで隣に置いてあるブレスケアを勧めるの!?」
「だって必要でしょう?」
「さっきから何なんだお前!? おい、鼻をつまむのやめろ!」
飛鳥にからかわれたりしながら、買い物を終えた。
スーパーを出た俺達はアパートへと向かう。
俺は隣を歩く飛鳥の方に手を差し出した。
「あ、袋持つわ」
そう言ったのだが、飛鳥は袋を遠ざけた。
「これくらい自分で持てるわよ、馬鹿にしないで頂戴。引きこもりと違って鍛えているのよ」
「じゃあ俺も鍛えたいから持たせてくれ」
「さっきもそう言って私の鞄を持ってるじゃない」
「負荷は大きければ大きいほどいい」
「あなたはいつから意識高めの筋トレ愛好家になったのかしら……」
飛鳥は呆れたようにしていたが、しつこく絡む俺に諦めたように提案した。
「……じゃあ、これでいい?」
結局、彼女の左手と俺の右手で袋を下げて持って帰ることにした。
距離感を測りかねた結果がこの持ち方なのは、やっぱり俺も彼女も器用な方ではないからだろう。
それでも少しずつ、昔のように戻れたらいいと思った。