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第九十八話『一種類の笑顔』

 姉との感動の再開にふさわしい第一声を考えていたが、感情の整理がつかない。それもそのはずだ。僕がこうして姉と再開するまでに、一体、どれ程の経験(つみ)を重ねてきたことか。


 そうして、僕が何を言うか迷っている間にも、二人の男女が姉の背に続きこの部屋へと入ってきた。


 全貌を見ずともすぐに分かった。


 当たり前だ……。


 誰だって、親の姿はすぐに分かる……。


 例えそれが、自分の良く知る顔から少し歳を重ねていたとしても。


 姉と父と母が横並びに立っている。言葉にしてみれば陳腐かも知れないが、僕にとってそれはとてつもなく高い価値を持つ光景だ。


 間違いない。間違いなく僕の家族だ……。


 泡沫の夢のような、あるいは砂漠の中でみる蜃気楼のような。一度は跡形も無く失ったものだ。


 感情が爆発する気配を感じる。


 それは純粋な喜びなのか、驚きなのか、自らの感情を判別するより前に涙が頬を伝う。


「みんな一緒にいるんだね」


 口に出してみて、自分でも意外な気がした。


 でも確かに、この言葉に僕の思いは集約されていた。


 壊れる前の家族の記憶が走馬灯のように駆け抜ける。


 あぁ、みんな一緒にいる。


 誰一人欠けることなく。


 これは間違いなく、僕が望んだ光景(せかい)だ。


 理想の世界が今、目の前に広がっていた。


「ありがとう、神様……」


 自然と口を出たのは、散々憎んだ相手への感謝の言葉だった。


「シュウったら、何をおかしな事を言っているの? 今はもう、あなたが神様じゃない」


 僕の言葉に反応した母が笑いながらそう言った。


「え?」


 嫌な汗が背中を伝う。


「あなたがこの天蛇教(てんじゃきょう)をここまで大きくしたからこそ、私達みんなが幸せになれたのよ?」


 過剰に抑揚の効いた母の声が更に僕を不安にさせる。


「そうだな。天蛇教とシュウに感謝だな!」


 父もまた、バランスに欠けた明る過ぎる声でそう言った。


 天蛇教……。


 その響きはどこかで聞き覚えがある。


『天蛇教万歳!』


『天蛇教万歳!』


『天蛇教万歳!』


 家族三人が狂ったようにそう繰り返す。


 天蛇教……。


「ケケッ、お前さんにとってその名はトラウマだからな。脳が自身を守るために忘れようとしているのかも知れねーな」


 ナカシュに操られている男性が僕にだけ聞こえる声で言った。


「トラウマ?」


 僕も小声でナカシュへと聞き返す。


「気にすんなよ相棒。時期に思い出す。そういうふうに出来てるからよ」


 その言葉の直後、一発の銃声が響いた。


 続いて三発。


 僕は思わず耳を塞いだが、他の誰も無反応だ……。


 音の響き具合からして、少し遠くではあるがこの建物内だろう。


 明確な異常事態。日常にあるはずのない暴力的な音。


 だが、この部屋にいる父も母も姉も、誰一人として驚いてはいない。それどころか眉一つ動かしていない。


 銃声が数発鳴り響いたというのに、皆の顔には一様にして装飾華美な笑顔が張り付いていた……。

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