第九十七話『再会と再開』
照らされていた。
大勢の人が僕を見上げている。眼下に広がる異様な光景。
皆が祈りを捧げている。まるで僕が神であるかのように。
巨大なホールに作られた仰々しい階段。その最上段の上に作られた祭壇のようなスペースには真っ白な演台があり、僕の手にはマイクが握りしめられていた。
「これは一体……」
状況が飲み込めない。
ここはどこだ?
僕は決められた運命を変える為に、あの池へと飛び込んだはずだ。
理解出来ない。情報が足りない。頭が痛い。
異世界渡航の反動なのか軽い眩暈で足がふらついた。
『シュウ様!!』
軽くよろけただけなのだが、ホールに集められた老若男女が悲鳴をあげた。
すると、数人の中年男性が階段を駆け上がり、血相を変えて僕に近づいてきた。
「どうやら、シュウ様はお疲れのご様子です。今日のお言葉はここまでにしましょう。どうぞこちらへ」
「え、いや、その……」
何が何やら分からないが、スーツ姿の男達に連れられ、僕は演台を後にした。
* * *
白を基調にした応接室。
長テーブルを挟んで正面に座るのは、この部屋まで僕を案内した男のうちの一人だ。他の人間は部屋を出ており、この部屋には僕と目の前の男だけが残されていた。
しばしの沈黙の後に、その男が怪しげな笑顔を浮かべて口を開いた。
「ケケッ、そう緊張することはねぇよ。俺様だ、わかるか?」
この軽薄な口調。思い当たる節は一匹だけだが。まさか……。
「ナカシュなのか?」
「大当たり。今は俺様がこの男の意識を乗っ取っている」
中肉中背のいたって普通の中年男性の顔が意地悪そうに歪んだ。
「何故、ナカシュがここに? というか、ここは一体どこなんだ?」
「落ち着け、落ち着け。今やお前さんは神様なんだからよ」
「は? どういう意味だ? 悪いがお前の冗談に付き合っていられる時間も無ければ、余裕もない」
何もかもが不明瞭で、ひどくストレスを感じる。
「お前さんが寝てる間に俺様がお前さんをお前様にしてやったってことだよ」
「相変わらず人をおちょくるのが好きみたいだな。知っての通り、心に余裕が無い時の僕は気が短いぞ?」
何せ八つ当たりで神々を殺してきた人間だ。僕の短期は神々のお墨付きといえる。
「おいおい、お前さんが目覚めるのを五年も待っていたんだぞ? それが五年も相手を待たせた男の台詞か? 偉くなったもんだな?」
「五年!?」
まさか……。
「おうよ。五年だ。お前さんがあの池に飛び込んでからな」
「嘘だろ?」
「俺様がお前さんに嘘をついたことがあるか? お前さんの精神は五年前に地球側のお前さんの身体に合流したはずだったが、異世界渡航の反動で気絶しちまったってわけだ。まぁ、死んだ魂を異世界渡航者にするのとは訳が違うからな。生きたままの魂を移動させんのには膨大な運賃がかかるってことだ」
「さっぱり意味が分からないんだが」
「お前さんが寝てる間に、俺様がお前さんの身体で頑張ってたってわけよ?」
「待ってくれ。一つだけ確認させてくれ……。今、地球は西暦何年だ?」
「何寝ぼけた事言ってやがる。西暦なんてもんは死んだ。前の神様にはご退場してもらったんだよ。今は白蛇歴五年だ。今や地球は俺様とお前様のもんだよ」
「いや、だから、意味が分からないって」
「ケケッ、そんじゃあ、簡単に言ってやるよ。地球の宗教の半分以上は俺様達へ鞍替えしたってことだ」
「は? どういう意味だ? 僕はただ、家族が笑って過ごせる世界を望んだに過ぎない」
僕のその言葉の直後、部屋の扉がノックされた。
「シュウ、入っても良い?」
それは僕がもっとも会いたかった人の声だ。
「え……」
動揺した僕の声音が伝わったのか、ノックの主はおそるおそると扉を開け、僕らのいる部屋へゆっくりと入ってきた。
見慣れない白いローブに身を包んではいても、僕がその女性を見紛うはずはない。
僕の知る彼女よりも、随分と髪は伸びているが、相変わらず綺麗な髪質をしていた。
凛々しさの中に優しさを宿したその瞳も、白磁のようなその肌も、今は全てが懐かしい。
もう二度と会う事の無いと諦めていた姉の姿がそこに間違いなく存在していた。




