第九十六話『願いとは常に』
「ツキコ、僕は一体どうすれば良い?」
現状の僕にはもう、文字通り、神頼みしかない。
「シュウの一番大事なものは何? どんな未来を迎えたい?」
慈愛に満ちたツキコの声音が僕の冷え切った心に温度を与える。
「僕はただ、家族と普通に暮らしたかっただけなんだよ……」
今さら僕にそんな権利が無いことは分かっている。それでも、どんな未来が欲しかったのかと聞かれれば、間違いなく、今発した言葉が僕の本当の気持ちだろう。
「じゃあ、やる事は決まりだね。シュウが家族を守って、日本で幸せな生涯を過ごす。シュウがこの世界に来ることのなかったお話を作り上げよう。ふふ、なんだかこれじゃあ、シュウが神様になったみたいだね」
僕の瞳を真っ直ぐに見つめる黄金の瞳が僕の絶望を少しずつ薄める。
「そんな事が可能なのかな……」
僕は縋るようにそう言った。
「出来るよ。シュウなら」
それは、一切の不純物を感じさせない言葉だった。
「たとえそれが可能だったとして、僕がこの世界を訪れないシナリオが完成した場合に、今、こうしてここにいるツキコはどうなる?」
この再会も無かったことになるのだろうか……。
「わからないよ。だって、シュウがこれから世界を変えに行くのだから。それはね、全てが決まっていたブロック状の世界を壊すってこと」
「怖くないの?」
自分の存在すらどうなるのか分からないのだ。恐怖を感じるのが普通だろう。
「私はシュウが幸せになればそれで良いの。他の事はどうだっていい。一匹の狐だった私が女神にまでなってここに立っている理由なんて一つだけだから」
彼女の瞳は一点を見つめていた。
「ツキコ……」
「私はこれでも月の女神だから。シュウが夜道を歩く時は、その先を少しでも照らしたいの。一人じゃないよって」
その言葉に嘘偽りは無く、真っ暗闇だった世界に一筋の光が差した。
「ありがとう……。本当に」
「さぁ、思い浮かべて、幸せな未来を。世界を渡り、決められたブロックを超越するには強い願いが必要なの。強固な願いがこの鏡湖池に映し出された時に、白翼を持つ者がこの池へと飛び込むと、世界に変化がもたらされる」
強い願い。
僕が本当に欲したもの。
それは家族全員が笑顔で過ごせる世界。
ただそれだけで良い。
一人も欠けることなく、家族が笑って過ごせる世界。
僕はそれをただただ願った。
純粋無垢に。清らかに。無邪気に。
その願いに呼応するかのように、金閣寺を囲む鏡湖池が真っ白に発光した。
この世の光を全て集めてきたかのような恐ろしい程に強い光。
それはこの背にある、借り物の翼の光によく似ていた。
飛んだ。
月の女神を背に、両足に力を込め、光の中へと。
池の水面に温度は無く、触れた瞬間に僕と同一化した。
光と身体が溶け合い、意識が霧散する。
「ケケッ」
薄れゆく意識の中で、最後に鼓膜を揺らしたのは、僕がよく知る蛇の嘲笑だった。




