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第九十話『太陽VS嘘』

 まさに白亜の宮殿といったところか。


 絢爛豪華、豪華絢爛。


 まさに神業とよばれるであろう美しい造りの宮殿内。


 その全てが今、蹂躙されていた。


 大理石の床に等間隔で設置されている物々しい石像達のほとんどは砕かれ、真っ白だった床も壁も、鮮血によって真っ赤に染め上げられていた。


 女神の遺伝子を継ぐ炎髪の少女達は悲鳴もあげることなく次々と死んでいく。


 半神と戦鬼。


 二対の修羅を前になす術もなく命の炎が消えていく。


 この戦いに大義は無い。


 はぐれもの達がたまたま力を持ち、自らの境遇を受け入れられなかっただけだ。


 理不尽の押し付け合いもここまでくれば大したものかも知れない。


 宮殿内に入り、十分近くが経過したが、僕もリファも一度も戦闘行為を行っていなかった。


 力の出し惜しみをしているわけではない。


 単純明快。


 いたってシンプルに出番が回ってこないのである。


 前を歩く二人が全ての刺客を絶命させている。


 しかし、いくら前線の二人が強かろうが、日の教団で生まれた二人にとっては、太陽の女神ソールを直接殺めることは不可能。神令と呼ばれる権能が二人を縛っているからだ。


 つまり、女神を殺めるのは、僕かリファ、そのどちらかとなる。


 ここまでは予定通り順調だ。


 一本道を愚直に進む。


 時間稼ぎにもなっていない赤髪の少女達。その死体の山が二十を超えた今、僕らの眼前には巨大な門が……。


 その門を守護しているのは、二人の赤髪の少女。


「ここから先は立ち入り禁止です」


「ここから先は立ち入り禁止です」


「お前ら二人だけは見逃してやる。だからどけろ」


 先ほどまでは無機質に殺戮を繰り返していたサンドルさんが重々しく口を開いた。


「対話は無用です」


「対話は無用です」


「そうかい。特に思い入れなんてもんはねーけど、父親が同じなのは珍しいからな。つい余計なことを喋っちまった。後腐れなく殺しておくか」


「殺されるのはお兄様の方です。私達は既に原初の神の叡智を授かっています」


「殺されるのはお兄様の方です。私達は既に原初の神の叡智を授かっています」


「対話は無用なんだろ?」


『その通りです』


 二人の少女の声が重なり、そのまま二人は唇も重ねた。


 直後双子の身体が急激に発光した。


 太陽を想起させるその輝きが宮殿内を埋め尽くす。


 瞬間的に発生した光が皆の視界を奪う。


 爆発的に生まれた光源はその誕生速度と同様に一気に光を失う。


 失われた光の先に現れた存在に固唾を呑む。

 

 女神の部屋へと繋がる門に立ちはだかるのは双頭の化け物だ。


 巨大な体に二つの頭。その牙から窺えるのは主人の住居を脅かす存在を真っ先に排除するであろう獰猛さ。律儀に門の中央に立つその忠誠心はまさに番犬。


 恐怖が具現化したと言われても納得してしまう程の威圧感。


「うそ、オルトロスなんて、本の中の空想の生物じゃないの……」


 リファが消え入るような声で呟いた。


 彼女の震えるその姿を見て、僕の頭は逆に冷静になった。むしろ可笑しさすら込み上げてきた。


「神様なんてものがいるんだ。そりゃあ、頭が二つの多少大きな犬もいるさ」


 何を恐れる事があるだろうか?


 手を抜かずに死ねるかも知れないチャンスが向こうからやってきたのだ。


 むしろこの場はボーナスステージ。


 僕が珍しく前向きに一歩を踏み出すと、リファもそれに感化されたのか、彼女の身体から震えは消え去っていた。


「リリース」


 先手必勝とばかりに、双頭の化け物へと巨大な氷柱を放つ。


 しかし、僕の放った氷柱は、相手の巨躯に触れることすらなかった。直撃する直前に跡形もなく消え去ったのである。


「シュウよ。格好つけたところ悪いんだが、あいつ等にはもうレプリカは効かない。おそらくは、原典の力で魂から弄られてる。それにもうあの落ちた姿じゃ神性も失われているはずだ。つまりお嬢ちゃんの水銀も効かない」


「え……」


 半分以上意味の分からない単語だったが、何やら絶体絶命なことはわかった。ある種それは望むところではあるが。


「安心しろ。シンプルな力の比べ合いだ。俺と婆さんでやつを仕留めておく。シュウと嬢ちゃんは先に行け」


 その言葉の直後、サンドルさんとロークさんが弾丸のようにオルトロスへと突き進む。


 シンプルな拳の連打が化け物を襲う。


 左の頭をサンドルさんが抑え込むと、右の頭が彼の首を横から食い千切ろうと襲うが、その頭をロークさんが殴り倒す。


 見事な連携プレーだ。


 しかし、感心ばかりもしていられない。


 この隙に僕らは奥の扉を開け、女神の待つ部屋へと侵入せねばならない。


 しかし、凄まじい殴打の連続を受けつつも巨大な番犬は扉の前を決して離れようとはしない。


「あぁ、もうじれったい! 三年の月日を対価に我が身に一時的な力を!!」


 リファはそう叫び、僕を小脇に抱えて、弾丸のように飛び出した。


「ちょ、ちょっと、飛び出す前に一言くらい教えてくれよ! っていうか、三年って何!? まさかリファの寿命じゃないよね?」


 小脇に抱えられながら僕は叫んだ。


「今から神と戦うのよ? 寿命の三年分やそこらで騒がないでよね!」


「確かに……。いや、でも、いつもみたいに武器だとか物を対価に捧げれば良いじゃないか?」


「物質から物質への変換は簡単だけれど、エネルギーとか概念への変換はちょっと複雑だから、手っ取り早く価値のあるものを捧げた方がはやいのよ! っていうか、そんな悠長なこと言ってないで、しっかり頭抑えてなさい!!」


 強化されたリファの身体能力により、強烈な勢いで射出された僕らは、オルトロスの首と首の僅かな隙間を潜り抜けた。


 しかし、その勢いは止まらず、このままでは巨大な門へと直撃コースだ。最悪なケースとしては、このまま何もせずに門に直撃した場合、僕は死への抵抗を怠ったとして自殺認定され、リファだけが死に、僕だけが蘇ってしまうパターンだ。何としてもそれだけは避けねばならない。


「リファ、死ぬ時は一緒だ!!」


 一人だけ先に死ぬなど許さない。そんなズルは神が許しても僕が許さない!


「リリース! リリース!! リリース!!!」


 炎の槍や空気の刃、おまけに岩の弾丸をありったけ眼前に迫った門へと撃ち込む。


 しかし、抵抗虚しく、女神を守る巨大な門には傷一つ付いていない。


 よし、全力で死へ抗った。


 これは間違いなく不可抗力の死だ。


 抗いようのない死だ。


 さぁ、迎えるとしよう。


 死を受け入れ、死に受け入れられた僕がゆっくりと目蓋を閉じようとしたその瞬間、信じられない程の速度で、門が自らの意思で開いた。


 さながらそのなめらかな挙動はまさに。


「ETCかよ……」


 目前に迫った死に受け入れ拒否されたあげくに、見ず知らずの門に受け入れられたのだから愚痴の一つも溢れる。


 しかし、そんな呑気な言葉とは裏腹に、僕達はこの教団のトップにして太陽の女神が鎮座する大部屋へと勢いよく転がりこんだ。


「随分とボロボロの登場だな人間」


 言葉の圧力が鼓膜を揺らし、身体全体を震わせる。この空気にのまれてはいけない。


「客人が来たというのに、座ったままの挨拶とは随分な育ちですね?」


「笑わせるな。貴様のような猿を招くはずがねーだろ。門が勝手に開いたのは、おめーが神を殺し、その因子を奪ったからだ。まぁいい、死ね」


 女神の敵意が具現化したかのように僕らが立つ床に太陽の紋様が浮かび上がる。


 何かの危険を察知したのか、リファは僕を抱えて真横に飛んだ。


 すると次の瞬間、床に現れた紋様が発光し火柱が上がった。


「ちっ、勘の良いヤツだな。やはり、厄介なのはメスの方か」


 女神の怒りに呼応したのか、次々と床に太陽の紋様が浮かび上がる。


 門は既に閉じられ、退路は無い。


 リファは僕を抱えて、必死に紋様の無い床へと飛び回る。


 次々と現れては消える火柱が部屋の温度を上昇させ、酸素までもを奪っていく。


 まさに命がけのツイスターゲーム。


 長引けば長引く程不利になるだろう。


 獄中で手に入れた懐中時計の針を確認し、必死に飛び回るリファへと耳打ちした。


「え!? 大丈夫なの?」


「いいから、やってくれ」


「わかった。やるわよ。今更あなたに裏切られたとしても変わらないし」


 リファはそう言って、僕からの支持通りに、僕を床に浮かび上がった紋様へと置き去りにして、すぐ真横へと飛び去った。


 次の瞬間、火柱が上がり、僕の身体は一瞬で灰と化した。


 直後、世界が暗闇に包まれる。


(君ってやつは、本当に死を冒涜しているね。自殺を禁止する為の神の縛りさえも逆手に取るのか。まったく……)


 一瞬だが、頭の中に聞き馴染みのある声が流れた。


 しかし、次の瞬間に僕はまた、この世界へと再生する。


 最初に聞こえたのは一発の銃声。


 僕の伝えた作戦通り、僕の死によって僅かに生まれた隙を生かし、リファは銀の弾丸をソールへと放っていた。


 しかし、超常的な反応速度で女神はそれを避ける。首を横に逸らすだけの最低限の動作で。


 まだだ、まだ作戦は終わらない。


 僕はあらかじめ、紋様を避けた位置に落として置いた白銀の銃を手に取る。


 リファから預かっていた特別性だ。


 先程と同様に再び銃声がなる。


「ちっ!」


 太陽の女神は遂にその重い腰を上げ、荘厳な椅子から身体を起こし、銀の銃弾を回避した。


 まだだ。僕らの作戦はまだ続いている。


 リファは懐に手を入れ、小さな砂袋を取り出して、女神に向けて投擲した。


「ちっ、鬱陶しい」


 女神はそう言って、手を払うような動作で砂袋を焼き払った。


 人間一人を一瞬にして灰にする程の火力だ。


 当然、中の物も灰となるはず。


 だが……。


 砂袋の中から出てきた漆黒の粉は、灰ではない。


 僕らが採掘した例の物をサンドルさん達が砕き粉状にしたものだ。


 光を吸収する特殊な鉱物。


 その粉が太陽の女神へと降りかかる。


「がはっ……」


 女神が片膝をつき、病に伏せる老人のように咳き込む。


 しかし。


「あまり神をなめるなよ!」


 太陽の権能など無くとも、貴様ら人間など容易に殺せると、その燃え盛る双眸が語っていた。


 地面についた片膝を起こし、女神は地を蹴った。


 爆発音が鳴り、地面が砕けた。


 神にとってそれは児戯に等しいのかも知れない。権能などなくとも、拳一つで十分だと。


 圧倒的な膂力を携えた拳がリファの腹部へと叩き込まれた。

 

 リファの身体は軽々と吹き飛び、僕らが入ってきた門へと叩きつけられた。


「勝負あったな」


 己が勝利を確信した女神が邪悪な笑みを浮かべている。


「そうですね。定刻になりました」


「は? 気でも狂ったか人間」


「いいえ」


 僕はそう言って、再び懐中時計の針を確認し、叫ぶ。


「リリース!!」


 その言葉は何も生まなかった。


 炎の剣も氷の柱も。


 その言葉がもたらしたのは勝利だけだ。


「バカな、信仰が消えていくだと!?」


 半透明になっていく、己の身体を見つめ、太陽の女神は叫んでいた。


「貴様、何をした!?」


「太陽を消し去っただけです」


「ふざけるな! そんなことは、人間風情に不可能だ!」


「えぇ、不可能です。だからこれは、僕が最も嫌悪する嘘です」


「嘘で神が死ぬってのか?」


「そうです。安心してください。この嘘は結果的に真実になりますから。この教団の太陽(のろい)は今日沈むのだから」


「俺が消えれば、この土地は本来の姿に戻る。お前ら全員死ぬぜ?」


「本望です。死に場所があまりにも見つからなくて迷子になっていたところです。どうかお導きを」


「ちっ、本当にふざけた野郎だな」


「最後に自分が死ぬ事になったトリックでも聞きますか?」


「興味ねーな」


「そうですか。では、あなたが死んだ後に、息子さんとゆっくり種明かしでもしますね」


 僕はそう言って、半透明の女神の額に銀の弾丸を撃ち込んだ。

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