第八十九話『太陽と月』
採掘作業が終わり、洞窟を後にした僕達の眼前には奇妙な光景が広がっていた。
異様という二文字が陳腐に思える程の光景。
空に非常識が浮かんでいた。
眼前の光景をありのまま伝えるのであれば、そうだな……。
月と太陽が同時に浮かんでいる。
これを幻想的な光景として見るのか、恐怖を感じるのかは、人間としての感性の分かれ道なのかも知れない。
なるほど、そう言うことか。この教団には、夜がなく、夜がある。昼に浮かんでいた二つの太陽。そのうちの一つは女神ソールが作り出した人工太陽。
つまり、もともと存在した太陽が沈もうとも、女神が創り出した太陽は光続け、この月と太陽が同居する奇妙な空間が生まれたというわけか。
それにしても、神が作り出したものを人工呼ばわりするのは不敬だろうか?
まぁ、今更、神への礼節を気にしたところで、僕の地獄行きは変わらないだろう。
「太陽が一つになった今が攻め時だぜ?」
気軽な口調でサンドルさんが言った。
「太陽の女神だけあって、力の源は太陽という認識で良いんですか?」
「まぁ、結果的にはそうだな?」
「結果的にとは?」
「神の力ってのは己に集まる信仰心、つまりは集信値の総量で決まるよな。日の教団では、太陽そのものが畏怖の対象であり、同時に信仰の対象でもある。信徒達が太陽を見上げる度に信仰心が集まるってわけだ。だから、こうして夜を待った。太陽が一つに減るまでな」
「なるほど、今が好機というわけですね。女神のいる宮殿への侵入経路などはあるのですか?」
「ない」
「え?」
「宮殿への出入り口は一つ。正面突破だ。まぁ、俺にとっちゃ家に帰るだけだからな。まぁ、あんな場所を家だと思ったことはねーけどな」
「ちょっと、そんなことしたら、神を相手に正面から力比べになるじゃない?」
リファが怪訝そうに言う。
「おいおい、安心しろ。お前の男は神殺しの常習犯だ。初めてじゃねーんだから大丈夫だろ」
「ちょ、ちょっと! シュウは別に私の男ってわけじゃ……」
「そっちに反応するのかよ。流石はシュウのツレだな。ある意味肝が据わってる」
感心と呆れが半々といったところか、サンドルさんが苦笑した。
「安心せい。お嬢ちゃん達が死ぬ事はない。我らが力比べで負ける事など、天地がひっくり返ってもない」
「今から世界をひっくり返すわけですから、天地の一つや二つひっくり返りそうですけれどね……」
「シュウよ、今から神殺しって時に細かいこと気にすんなよ。さくっと行こーぜ」
「いやいや、そんなコンビニに行くノリで言われても……」
「コンビニ? なんだそりゃ?」
「いえ、なんでもありません……」
サンドルさんがあまりにも飄々としているせいで思わず僕の気持ちも緩んでしまったのかも知れない。
「おい、戦いの前に気になる事を言い残すなよ。気が散って仕方ねー。コンビニってなんだよ?」
「いや、そんなたいした所じゃないですよ。二十四時間飲み物だとか食べ物が買えたりするくらいで、僕の生まれた地域では当たり前にありましたから」
「いやいやいや、十分凄いだろ? いつ行っても店がやってるってことだろ? 労働力はどっから調達してんだ? 奴隷か?」
「いや、普通に、雇われた人達が交代で店番をしてるだけですよ」
「へー、それって奴隷とは何が違うんだ?」
「え? いや、確かにな……」
サンドルさんの純粋な疑問に、思わず僕も黙ってしまっていた。
「まぁ、いいや。その話はあいつを殺してからゆっくり聞くとするか」
サンドルさんは軽々しくそう言って僕とリファを両脇に抱えて跳躍した。
遠くに見えていたはずの宮殿が急激に近づく。
景色と三半規管を置き去りにする程の一足飛び。
しかし、神殿を眼前に吐いてしまってはあまりにバツが悪い。
今更神罰を恐れる僕じゃないが、たまには格好をつけるのも良いだろう。
「さぁ、世界をひっくり返そう」
僕は込み上げてきた胃液を飲み込みながら、はっきりと世界へ宣戦布告した。