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教祖転生≠The story of a lie≠  作者: 新月 望


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第八十六話『欺瞞に満ちた贖罪』

 一定間隔に並び規則正しく歩く彼らの姿を見て、この集団が犯罪者達による集団脱獄の光景だと見破れる者はいないだろう。


 余程脅しが効いたのか、無駄話はおろか、溜息一つさえ聞こえない。


 石造りの階段をただ黙々と上がり、ひたすらに地上を目指す。


 すでに何人かの守衛と遭遇したが、数の暴力の前では問題にすらならなかった。


 そもそもこの教団には神令と呼ばれる、女神による絶対命令があると聞いたが、ならば何故、こんな牢獄が必要なのだろうか? 女神の権限が真に万能ならば、この施設の存在自体が不要だろう。


「女神による絶対の命令権がありながら、法を犯す者がこんなにも存在するのは何故なのでしょうか?」


 さほど興味は無かったが、不意に感じた疑問が口をついて出た。


「ここにぶち込まれている罪人達は、基本的に違う教団の出身者や七つの教団のどこにも所属していなかった流浪の民ってやつだ」


「基本的に?」


「俺のような一部の例外も存在するからな」


 サンドルさんが淡々と言った。


「あぁ、なるほど……」


 彼のような一部の例外を除けば、ここにいるのは基本的に僕のような外来種というわけか。通りでここに収監されている罪人達には統一感がないわけだ。肌の色や言葉の端々に感じるなまりなどが、見事なまでにバラバラなのだ。


 そんなどうでも良い事を考えてしまう程度には僕の心は麻痺してしまっているのかも知れない。監獄の階段を上がりながら考え事とは、余裕というよりも異常と呼べるだろう。


「なんだか懐かしい匂いがすんな。ちょっと寄り道していっても良いか?」


 鼻をひくつかせたサンドルさんが不意にそう言った。


「え、匂いですか?」


 僅かに湿った空気の匂いがするだけで、他には何も感じないが……。


「多分あの扉の先だと思うんだけどよ〜」


 そう言って彼が見つめるのは数段先にある鉄の扉だ。


「扉の先に何があるのですか?」


 半神の彼が足を止めてまで気になることとは一体。


「いやー、古い知り合いの匂いがしてな? それにこの監獄には珍しく若い女の香りもする。しかも妙だな? 僅かにだがこりゃあ、神のそれに近い何かだ」


 何かの記憶を辿るように天井を見つめたサンドルさんが眉間に皺を寄せながら言った。


 若い女性、神に近い何か……。まさか……。


「わかりました。どうしても気になるのでしたら寄り道しましょう」


 これから起こるであろうタイムロスとサンドルさんの機嫌を天秤にかけた場合、どちらを失うのが問題かを考えれば、ここは寄り道をするしかないだろう。時間の巻き返しは可能だろうが、半神の機嫌の取り方を僕は知らない。それに、先程のサンドルさんの言葉で、僕の脳内には一人の少女の顔が浮かんでいた。それを無視して先に進むことは、流石の僕にも無理だろう……。


 仕方がない、ここで作戦を開始するか。

 本来ならばもう少し上層に着いた段階で行う予定だったがやむを得ない。彼の言う寄り道にどれだけ時間を割くかは分からないが、タイミングとしては悪くないはずだ。


「では皆さん、ここから先は出来るだけ目立って脱獄をして下さい。そして、各フロアにある牢屋を破壊しながら上を目指して下さい。牢を破壊すれば脱獄囚も増えます。より多くの仲間を増やせば、脱獄の難易度も下がります。もちろん非協力的な方には死んで貰います。では皆さん、頑張りましょう」


 僕の異常な言葉に全員が黙って首肯する。


「次のフロアだけは僕とサンドルさんが担当します。なので、僕等二人が扉の中に入ったのを合図に皆さんには暴れて頂きます」


 どんな暴論も暴力が正当化してしまう。嫌いだったはずのそれを、僕は意図的に振りかざす。


 いつもと同じ歩幅で階段を上がる。次のフロアへと繋がる扉はもう目の前だ。


 ここは景気良く開戦の狼煙を上げるとしよう。


「リリース」


 瞬時にして目の前の扉は青い炎に包まれ弾け飛んだ。炎は数秒後、僕の意識に呼応するようにしてすぐに消えた。そうして出来上がった一本道を僕とサンドルさんは真っ直ぐに歩く。部屋の中には牢屋が三つ。一つは空で、残りの二つにはそれぞれ人が収監されている。


 僕は真っ直ぐに走っていた。罪悪感を誤魔化す為か、或いは罪滅ぼしか。消せるはずのないそれを抱えながらも、ただひたすらに真っ直ぐ走っていた。たった数秒が何時間にも引き伸ばされたようなこの感覚はきっと、罪の意識がそうさせているのだろう。


 たった数十メートルの永遠を抜け、自身の両足が自然と止まった。一人の少女の前で。そう、僕に全てを奪われた少女の前で。


「ごめん、お待たせ」


 こんなにも場にそぐわず、軽薄な言葉があるだろうか。何一つとして足りていない。


「遅い」


 オレンジがかった茶髪は乱れ、衰弱しきっているはずの少女はそれでも強気にそう言った。きっと彼女は装うことの優しさを知っているから。


「ごめん」


 その優しさへとつけ込む形で僕は、何もかもが手遅れなその三文字を口にした。


「いいよ」


 それは全てに許しを与えるかのような、恐怖すら感じとれる程に優しい声音だった。


 そんな彼女の意思(こえ)を確認し、僕は鉄格子の隙間へと手を入れ、彼女の目を覆っている真紅の布をゆっくりと解く。


 あらわになった双眸を眩しそうに細めながらも、その視線は真っ直ぐに僕を見つめていた。そして目をつむりゆっくりと唇を近づけてくるが、そのピンクの唇が僕の口へと触れることは無かった。そのかわりに残ったのは、彼女のまん丸なおでこが硬い鉄格子にぶつかる音だった。


「あぁ! もう! 台無しよ!!」


 少し間抜けな甲高い金属音を響かせながら、額と頬を赤く染めたリファが叫ぶ。


「ごめん、今、出してあげるから」


「いい、後は自分で出来るから。それに全部この鉄格子が悪いんだから! 黙って少し下がってて!!」


「え、あ、うん……」


 彼女のその勢いを前に、僕はもう何も言えなかった。


「鉄格子と拘束具を対価に、我が手中に銀の大剣を!!」


 リファのその言葉の直後、彼女の左目は紫電を帯び、鉄格子は消え、彼女を拘束していた手枷も消失し、彼女の右手には一本の大剣が握られていた。


「よっこいしょっと」


 リファはそう言って大剣を杖のようにして立ち上がり、自らを拘束していた椅子を牢の隅へと蹴り飛ばした。


「お待たせ!」


 何事も無かったかのように笑顔を浮かべたリファが堂々とそう言った。


「いえ、お勤めご苦労様です……」


 あまりのパワフルさに適切な言葉が見つからない。そんなよく分からない動揺を隠す為か、僕は無意識にサンドルさんの姿を探して視線を動かしていた。あれ、どこに……。そんな疑問が浮かんだ直後、真後ろから歓声が上がった。


「ローク婆さん! 生きてたのか!!」


「おぉ、ドル坊、お前さんも元気そうで何よりじゃよ。まさか死ぬ前にまた会える日が来るとは」


「なーにが死ぬ前だよ、オーガの寿命を考えたら、婆さんも後五百年は生きるだろうが」


 豪快な笑い声につられて振り返るとそこには、牢屋の中の人物に楽しげに話しかけるサンドルさんの姿が。声音から予想するに、サンドルさんの話し相手はお婆さんのようだが、彼の背中に隠れていて、その姿はあまり見えない。


「ちょっと待ってくれよ、ローク婆さん。今出してやるからな」


 サンドルさんはそう言うと鉄格子を素手で飴細工のように折り曲げ破壊した。


 そうして壊れた牢の中から出てきたのは一人の……。

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