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教祖転生≠The story of a lie≠  作者: 新月 望


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第八十五話『荷の重み』

 黒一色の視界。身体のあちこちが痛むのは先程の赤髪の戦乙女(ヴァルキュリア)との戦闘のせいだろう。

 戦いに敗れてなおも命があるということは、拘束され、どこかの牢にでも入れられているのだろう。両手には冷たい鉄の感触があり、何らかの拘束具がはめられている事が分かる。そしておそらくは椅子か何かに縛られている状態だ。身体全体が強く締め付けられているのを感じる。視界は布で塞がれており、メルクリウスの瞳は使えそうに無い。


「はぁ……」


 シュウはちゃんと、逃げられたのだろうか? 今はそれだけが気がかりだ。


 親の仇を命がけで守るなんて、私はきっと狂っている。これだけ巨大な自己矛盾を抱えながら、世界に排出したのが溜息一つなのだから、誰か私を褒めて欲しい。


 身体に力が入らないのは、戦闘での疲労からか、それとも気力の問題だろうか?

 二択で何かを迷う時、私の場合は大抵その両方が当てはまる。


「お嬢ちゃん、随分と傷だらけだね。痛むかい?」


 随分と年老いた女性の声が不意に私の鼓膜を揺らした。


「えっと……誰かそこにいるのですか?」


 人の気配は感じ無かったけれど……。


「あぁ、かれこれ何百年はここにいるはずじゃのう。そんな事よりお嬢ちゃん、その傷は?」


「え、あっ、痛くはないです……」


 何百年という単語に強い引っ掛かりを覚えたけれど、口から出た言葉はあまりに平凡過ぎるそれだった。


「そうかい、お嬢ちゃんは強い子だね」


「いえ、そんな……」


「同じ牢屋ならその目隠しもとってやれるんじゃがのぅ……」


 年老いたその優しい声音は少し離れた位置から聞こえてくるようで、ひょっとするとこの場所にはいくつかの牢屋が存在するのかも知れない。


「あっ、いえ、これは私の罪なので……」


 今のこの状況は全て、私の弱さが招いたものだ。


「いやしかし、この階層に放り込まれるような人間には見えんがのぅ?」


「神様に反抗したんです。当然の報いです」


 むしろ、命があるだけ奇跡かも知れない。


「ほう、それはまた奇遇なもんじゃのぅ。運命とでも言うべきか」


「え?」


「お嬢ちゃんを見ていると、息子のことを思い出すよ」


「私と息子さんが似ていたのですか?」


「息子と言っても、あたしゃただの乳母なんだけれどね? お嬢ちゃんみたいに強い子だったよ」


 お婆さんのその声音は慈しみに溢れていた。


「息子さんは……」


 先程の何百年という単語が頭を過ぎり、言葉の最後は口に出来なかった。


「数百年、お互い別々の牢の中さ」


「そう、ですか……」


「お嬢ちゃん、一つ昔話を聞いてくれるかい?」


 お婆さんの声音がより柔らかくなったのが分かる。


「はい、私でよければ」


 私の返事から一拍置いて、お婆さんがゆっくりと語り始める。


「これは、とある男の何千年もの昔の話じゃ。男の名はヨハネと言う。救世主と呼ばれた男の側近だった者じゃ。しかしもう、彼が仕えた主人はいない。いや、それどころか、彼がその足で立つ大地は、彼が知る世界では無かった。男は、この世界の住人では無く、他の世界からの漂流者であった。この世界では珍しい灰色の髪が特徴的で、肌は陶器のように白く、男の背には光の翼が生えていた。もとからあった翼ではない。それは男がこの世界に生まれ変わった時に生じたもの。男にとって不幸だったのは、この世界にとっての白翼は世界を導く救世主の証だったこと」


 淀みなく続くお婆さんの声がそこで一度止まり、少しの間を空け再び語り出す。


「男の背の光はあまりに目立ち、この世界に転生して間もなく、太陽を司る女神に見つけ出された。男はその女神との間に子を得た。子の名はサンドルという。女神の髪色を受け継ぐ事は出来なかったが、男にとっては大事な息子であった。しかし、太陽の女神にとってのそれは打算だらけの関係じゃった。原初の神が残した光の翼の伝承は七柱の神々にとって、最も重要なことであり、他の神々を出し抜く為にもその男との間に子を得たのじゃ。その子が五歳を迎える年、男は死んだ。エバと呼ばれる原初の女の手によって」


「光の翼……エバ……」


 思わず溢れ出た最初の言葉がそれだった。異世界についての話はシュウとの関連性が強く、私にとっても知りたい事の一つではあるが、それを差し置いてまでも出てきたのがその言葉だった。


 この話が真実ならば、この世界の救世主は、もういない。それどころか、私のよく知るあの光の翼は……。


「荒唐無稽な話に聞こえるかも知れんが、これは紛れもない真実じゃ。ヨハネは背負った翼の意味(おもみ)に耐えきれず、元いた世界に帰ろうとした。そして運悪く、いや、運命に従ってか、その道中で殺されたのじゃよ」


「元いた世界に帰る?」


 シュウの記憶を垣間見た時に、こことは別の世界の存在について知ったが、世界を行き来することはそんな気軽なものなのだろうか? それではまるで馬車の定期便のようなものだが。


「木の教団、すなわちバベルの塔の上層には様々な世界を繋ぐ門があると言われておる」


「世界を繋ぐ門……」


 小さな頃の記憶だが、悪さをした子どもはバベルの塔に連れて行かれ、違う世界に飛ばされるなんて脅し文句があったけれど、まさか、そんなお伽話のような話が実在しているとでも言うのだろうか……。


「信じるも信じないもお嬢ちゃんの自由さ。ただ、あたしゃ、異世界渡航者(ボトルネック)と呼ばれる人間をこの目で見たんだ。あの男のことはきっと一生忘れられないよ……」


 お婆さんのその声には様々な感情がこもっていた。視界が塞がれていても伝わる。私にはそれが痛い程にわかり過ぎてしまう。


「ひょっとして……」


 お婆さんはその人の事が。


「勘の良いお嬢ちゃんだね。でもこの話だけは、あたしと彼だけのものだからね。墓まで二人の秘密さ」


 その声音にはたくさんの優しさとほんの少しの哀愁が含まれているように感じた。


「素敵な話ですね。私にも実は……」


 その言葉の続きは、あまりにも唐突な巨大な爆発音によってのまれた。


 鼓膜が破れるのではないかと思う程の轟音。金属が吹き飛び、床を転がる音がする。


 次いで聞こえてくるのは、一瞬前の爆音が嘘のような優しい声。良く知るその声音は、私の鼓膜ではなく心を揺らす。


「ごめん、お待たせ」


 視界が塞がれていても分かる。何かを誤魔化すような彼の控えめな苦笑いが。


 心臓が早鐘を打ち、私を急かすようにして問う。お前は一体、どうするのかと?


 決まっている。仇であるはずの彼の命を拾った瞬間から。


 視界は暗く、何も見えない。今はその方が都合が良い。私はきっと、全てに背いてこの道を取るのだから。


「遅い」


 それは何を指して言った言葉なのか自分でさえも良く分からないけれど、この状況はきっと、色んな意味で手遅れなのだろう。


「ごめん」


 彼のその言葉も、何を指してのごめんなのか、思い当たる節が多過ぎて、その三文字にはあまりに荷が重いと思うが、だからこそ私も、適当な三文字にこの想いを背負わせることにした。


「いいよ」


 視界を覆う布が、優しく剥がされる。


 開かれた視界には……。

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