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教祖転生≠The story of a lie≠  作者: 新月 望


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第八十四話『強制脱獄』

 薄暗い地下の無機質な階段を上がる。足の裏に伝わるのは硬い石の感触で、何故だかこんな時だというのに、生の実感が湧いてくる。


「なんかワクワクすんな!!」


 数段先の階段の上から、無邪気な様子でこちらを振り返ったサンドルさんが叫ぶ。


「僕ら一応は脱獄囚なんで、もう少し声を落としましょう」


「あ? 大丈夫だろ?? 見つかったって殺せば問題ねーよ」


 声量の調節など考えた事もないのか、あっけらかんとした様子でサンドルさんが言った。


「いや、なるべくなら戦闘は避けた方が良いと思います」


 今後の展開を考えると、無駄な労力は使いたくない。


「いやいやいや、俺にとっちゃ久々に出来たダチとの会話をそんな事で邪魔される方が大問題だ。それに、世界は無駄な争いで成り立ってんだ。今さらその無駄が百や二百増えた所で、世界にとっちゃ誤差の範囲ってもんよ」


「そんなものですかね……」


 大き過ぎる尺度に戸惑いを隠せないが、ここで口論することこそが無駄とも言える。


「そんでそんで、これからどうするってんだ?」


 灰色の瞳を大きく開き、サンドルさんが楽しげに僕へと問う。


「先程まで僕らが幽閉されていた場所が地下十階だったわけですよね?」


「あぁ、罪状が重い人間程、下の層へと行く仕組みだ」


「つまり、今上がってきたこの九階層には、それなりの罪状を抱えた悪人が捕まっているわけですね」


「そうだな。流石に神を殺した罪で捕まってるやつなんてのは他にいねーがな」


 大きく口をあけ、サンドルさんが豪快に笑った。


「なるほど、それなら問題は無いですね」


 僕はそう言って次のフロアへと繋がる扉へと手をかけた。わずかにきしむ扉の向こうには、怒号、怒号、怒号。それはこの世のあらゆる喧騒を詰め込んだと言われても納得してしまう程の怒声の嵐だった。


 先程まで僕等がいた階層とは明らかに雰囲気も構造も違う。僕らのいた階には数える程の牢屋しか存在しなかったが、このフロアには数え切れない程の鉄格子が所狭しと並んでいる。そしてその中には当然、そこに入るに相応しいであろう罪人達が収監されている。その中の一人がこの空間における異物、つまり僕達の存在に気づき大声を上げた。


「おい、そこのガキ。みねー顔だな!!」


 牢屋内で飛び交う様々な罵詈雑言の中、その男の声量は凄まじく、こんな状況下でも正確に僕の鼓膜を揺らした。


「はい、僕らは下の階層から来たものです。少しお話を聞いて貰ってもいいですか?」


 僕も負けじと大声を出すが、どうにも声が届いていないらしい。


「聞こえねーよ、もっとこっちに来て話してくれ!!」


 大声を張りあげた屈強なその男は耳に手をあて大げさなジェスチャーをする。


 仕方がない。僕はゆっくりと歩き、大男が捕まっている鉄格子の手前まで行き足を止める。そして口を開き……。


 鈍い打撃音が鳴った。次いで強烈な衝撃。それが牢の隙間から繰り出された大男の拳によるものだと僕が認識する頃にはもう、その大男はただの肉塊へと姿を変えていた。鉄格子ごとひしゃげたその姿はある種の現代アートを彷彿とさせる。


 端的に言えば、僕を殴った大男がその直後に死んだ。僕はせいぜい頬が切れた程度の傷だが、僕を殴った大男はすでに人間の形を保っていなかった。それはあまりに天秤を無視した裁きだった。しかし、半神の彼の前では、僕ら人間の秤など無意味なのだろう。


 先程までの喧騒が嘘のような静寂。その静けさを生み出した張本人が拳にこびり付いた血を振り払い口を開く。


「とりあえず、こいつの言う事を聞いてやって欲しい。あと、俺のダチに手を出した奴は殺す」


 完全にその場の空気を掌握したサンドルさんが淡々と言葉を発した。

 それは人を殴り殺した後の声音にしては、あまりに冷静だが、どこか熱を帯びた不思議なものだった。


「えっと、僕らは地下十階層から来た者です。今から貴方達が捕まっている牢を順に壊してまわります。なので皆さんには、一斉に脱獄して貰います」


「ちょっとまってくれよ!! 逃げ切れる保証はあんのか??」


 少し離れた位置の牢から細身の男が叫ぶ。


「無いですよ」


 そんな無責任な保証は出来ない。


「ふざけんなよ、人の命をなんだと思ってんだ!!」


 その男の叫びは至極真っ当な怒りだが、あまりにも状況判断能力に欠けている上に、何よりも話の邪魔だ。


「リリース」


 叫んだ男の首が宙を舞う。

 そして再びの静寂。


「僕は皆さんに自由を与えに来た訳ではありません。皆さんに脱獄をしてもらいに来たのです。選択権は無いと思って下さい」


 わずかな沈黙が続く。


「なるほど、わかった。言う事を聞くからここから出してくれ」


 沈黙を破ったのは眼鏡をかけた冷静な男。


 彼の言葉が僕の鼓膜を揺らした直後、視界が一面、真紅に染まる。それはまさしく真っ赤な嘘の色だ。


「リリース」


 また一つ、命が散る。

 

「僕のレプリカは嘘を見抜きます。牢を出た瞬間に逆らうような者がいれば、残念ながら先に殺さなくてはいけません。人数が減ればそれだけ脱獄の難易度は上がります。どうか、すみやかな協力をお願いします」


 静まり返った空気の中、僕は牢屋を端から順に回っていく。


「脱獄して貰えますか?」


「脱獄して貰えますか?」


「脱獄して貰えますか?」


 牢の中の一人一人に問いかける。

 そして、視界が染まる相手だけを減らしていく作業を淡々と繰り返す。

 残った人数は四十名といったところか。思ったよりも残って良かった。犠牲は出来るだけ最小限に抑えたい。


「サンドルさん、選別は済んだので、彼らの牢を壊して貰っても良いですか?」


「よし、任せろ!!」


 強烈な破砕音と共に、次々と鉄格子が壊れていく。おそらく壊れたのは鉄格子だけではなく、罪人達の反骨精神もだろう。


 彼らは自然と隊列を組み僕の言葉を待っていた。


「では皆さん、手と手を取り合い、脱獄をはじめましょう」

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