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第八十三話『宣誓』

 全快した身体に精神が戻る。

 ゆっくりと目蓋を開くと目の前には白い肌に灰色の髪をした少年が一人。


「えっと……急にすみませんでした」


 初対面の相手の前で自らの首を切ったのだから、一応は形だけでも謝罪をしておいた方が良いだろうと、僕の壊れかけの社会性が無意識に口を動かしていた。


「本当にな〜、相手が俺じゃなけりゃ今頃パニックだぜ?」


 灰色の短髪をポリポリとかきながら目の前の男は呑気に言った。


「随分と冷静ですね」


 目の前で人が死んだのだ。普通に考えれば多少の動揺はするものだと思うが。


「いや、二千年も生きてりゃ、人の生き死になんざ珍しくも無いしな。それに人間から見た普通の感性なんざ、俺ら半神には当てはまらない。それよりも驚くとすりゃあ、お前の首が完全に修復、いや、復元されたことの方が気になるぜ。ひょっとしてお前も神の血を引いてんのか?」


 サンドルさんはそう言って僕の顔を繁々と見つめて首を傾げた。


「いやいやまさか、僕は神を殺しただけですよ。どうやらそれで権能の一部が呪いのように付き纏ってしまったみたいなんです。自分でもそれに気づいたのは最近ですが……」


「だけ、で済ますとは流石だな。半神の存在はそれなりの数いるが、神を殺した人間なんざ、間違いなくお前が第一号だぜ? まぁ、何はともあれ、自殺が出来ない同士、俺たち仲良くなれそうだな!!」


 あっけらかんとした様子でサンドルさんが笑う。


「という事はサンドルさんも神の掟に縛られているのですね……」


 自殺の出来ない苦しみは僕にもよく分かる。


「あぁ、それだけじゃねーぜ? 俺たち半神は一定の年齢になると、老化が極端に遅くなるのさ。つまり自然死を待とうにも気が遠くなる程の時間がかかるってわけよ」


 そうか、だから目の前に立つ少年の肉体は二千年もの時間経過を遂げてなお、若々しい肉体を維持しているのか。


 ん? あれ? ちょっと待てよ。少年?? 二千……。二千? 二千年??


「二千年!!!!!」


 え、え、え? え!?


 こんな世界に二千年!?

 一体それはどんな地獄だ!? 想像するだけで震えてしまいそうな程の年月の積み重ね。人はそれを歴史と呼ぶ。


「あ? 急にどうしたんだよシュウ」


 そう言って目の前の男は不思議そうに首を傾げている。


「いや、えっと、その……サンドルさんがあまりにもサラッととんでもない数字を出していて、僕も自然と流してしまいましたけれど、え? サンドルさんって二千歳なんですか!?」


「おう、まぁ、だいたい二千歳だ。ひょっとしたら百歳くらい間違えてるかもしんねーけどな!」


「いやいや、どんな規模の間違いですか!?」


 一世紀間違えるとか、尺度があまりに神過ぎる。


「そんなに驚くことじゃねーさ。俺からしたらお前の方がよっぽど異常だぞ? 何千年もの間続いてきたこの世界の歴史をたった数年でぶっ壊していく人間のお前がよ」


 サンドルさんは豪快な笑い声をあげながら言った。そして続け様に口を開く。


「まぁ、どうやら、俺らには共通点が多いみてーだしよ、俺はお前を気に入ってる。だからお前を手伝うことにしたぜ!!」


 目を爛々と光らせながら少年じみた口調で彼は言った。

 その見た目も相まって、目の前の人物が二十世紀もの間生き続けている半神だということを忘れてしまいそうになる。


 しかし今はそんな事よりも会話を続ける事が先決か。


「手伝うとは?」


 そんなにも張り切って、一体全体、僕の何を手伝うというのか??


「あ? お前は神々を全滅させるのが目的なんだろ?? だったら俺もそれを手伝ってやるよ!!」


 まるで近所へおつかいに頼まれた時のような気安さで目の前の男は宣言した。世界全てを敵にまわすと。


「いや、それはつまり……」


「おいおい、遠慮すんなよ。母親だろうが関係ねーよ。実際俺はあいつに何度も殺意を向けられている。どうせ俺だけじゃ、あいつを殺せない。頼むぜ、俺の為でもあるんだよ!!」


 その懇願には二千年という年月の重みが込められていた。きっとその言葉には僕が想像出来る範囲を超えた、怒りや憎しみ、悲しみや苦しみが超常的な程内包されているのだろう。


「なるほど……。分かりました。僕と一緒に世界を変えましょう」


 僕に彼の苦しみの全てが分かる筈も無いが、少なくともその一部は分かる。分かってしまう。だからここで、彼の手を取らないという選択肢は無い。


「いいね、そうこなくっちゃ! そうと決まれば、こんな牢とはおさらばだ!!」


 サンドルさんはそう言って、目の前の鉄格子を飴細工のように捻り曲げて引きちぎる。


「さぁ、次はどうするよ!!」


 活力に満ちたその瞳のエネルギー源は憎しみか好奇心か、はたまた別の何かなのだろうか。しかし今はそんな事など二の次だ。


「この階層以外にも囚人が捕まっている牢屋は存在しますか?」


「あぁ、ここは地下十階だ。地上まではその全てが牢屋になっている」


「なるほど、であれば僕に作戦があります」


 作戦と呼べる程大した代物でも無いが、その効果は絶大なはず。


(ケケッ、相変わらずお前さんは嫌な企みを思い浮かびやがるな。しかしこれで、今回も楽しめそうだ)


 暫くの間沈黙を貫いていたナカシュが脳内へと語りかけてきた。


「少なくとも退屈だけはさせないさ」


 僕は小さく呟いた。誰に宛てるわけでもなく、自分自身に、いや、この世界に対して。

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