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第八十話『灰かぶりの少年』

 暗い。


 何も見えない。


 何の前触れも無い暗闇。

 

 目を開いているはずなのに。


 何だ? 先程までいた異様な空間とは違う。これはただの黒だ。神秘性も無ければ、あの言い知れぬ独特の違和感も無い。


 背中にとても硬い感触を感じる。それに両手には鉄の手錠がはめられている。

 こんな風に言うのも可笑しな話だが、きっと僕は仰向けで寝ている。それもおそらくは地面に。このヒンヤリとした背の感覚と無機質な硬さは奴隷生活を思い出させる。


(ケケッ、御明察、久しぶりの独房暮らしだな)


 ナカシュの軽薄な声が僕の脳へと直接語りかける。


(現状把握がしたい。僕は今どうなっている?)


 現状が分からない以上、声を出すのは危険だ。僕もナカシュへと心の声で応える。


(お前さんが首を掻っ切ってからの事は俺様も知らねーよ。お前さんの意識が無い時は、俺様も存在してねーからな。だが、分かっている事もある。お前さんは今、目隠しをされ、ごっつい手錠をして独房の地べたに横たわっている。それにしてもシュウよ、お前さんよく生き返ったな?)


(え、何言ってるんだよ? さっき説明を受けただろ? よくわからない謎の空間で)


(おいおい大丈夫か? シュウよ。お前さんが目覚めたのはたった今だ。俺様の意識はお前さんとリンクしている。それは間違いねーよ)


 なんだ、あの空間での出来事は、ナカシュにも伝わらないのか??


(おっと、誰かがこっちに向かってくるぜ?)


 脳内に響くナカシュの言葉の数秒後、カツカツという規則正しい足音が聞こえてきた。


「シュウさん、体調はいかがでしょう?」


 視界が塞がれているからだろうか? 聴覚がやたらと敏感になっているようで、さほどの声量でも無いその声が強く頭に響く。


「もう少し声を抑えてもらっていいですか? 頭に響く」


「それは失礼致しました。それにしても、死体が再生した時は驚きましたが、まさか本当に意識まで戻るとは」


 なるほど、その言い分からして目の前にいるのは、あの場にいた赤髪の戦乙女(ヴァルキュリア)の内の誰かなのだろう。


「僕自身驚いている所ですよ。まさか自殺の権利まで奪われるとはね」


「生き返ったばかりなのに申し訳ありませんが、シュウさんにはもう少しこのままお待ちいただきます」


 少女はその言葉だけを残して、規則正しい足音を連れて去っていく。


 その数秒後、思わぬ所から声が。


「お前一体何したんだよ。この階の独房は特級犯罪者がぶち込まれる独房だぞ? そんなとこで目隠しプラス手錠なんざ、どんなVIP待遇だよ!?」


 少し遠くから聞こえるのは軽薄そうな男の声。


(ケケッ、どうやらご近所さんみたいだぜ?)


 ナカシュが愉快そうに語りかけてくる。


(隣りの独房か?)


(あぁ、どうやらこのフロアにはいくつか似たような独房があるみてーだな)


(おい、そんな大事な情報は先に教えてくれよ)


(そんなのは俺様の自由だろ? 黙ってた方が面白いかと思ってな)


「おい! 無視かよ、無視? 無視なんですか!? あんたはなんでここにいるんだ??」


 脳内会話に夢中でそれどころではなかったが、独房生活においてご近所付き合いは重要だ。ひとまず返事だけでもするか。


「神を殺しただけ」


 嘘をつくのも面倒くさい。それにイカれた奴だと思われた方が楽か。


「兄ちゃん、もう少しまともなジョークはねーのかい?」


「まぁ、嘘みたいな話ですよね。貴方こそ何をしてここに?」


 目隠しの所為で声の距離感がイマイチ掴めないが、姿の見えない相手と話をするのはある意味慣れてしまっている。


「俺は太陽の女神の息子だ。ただ落ちこぼれでね、髪の色が赤くねーのさ。そんでそれだけの理由でここにいる。意味わかんねーだろ?」


 その言葉に僕の瞳は反応しない。例え目を隠されていようが、僕の(レプリカ)は反応する。暗闇が赤く染まることがない以上、この人は嘘をついていない。


「それは何というか、気の毒な話ですね」


 この教団の情勢など知らないが、少なくとも同情の余地はあると思う。


「あ? お前、俺の話を疑わねーのか?」


 男は不思議そうに僕に問う。


「はい、僕には嘘が見抜けるんですよ」


「なんだよそれ、お前おもしれーな!! 名前は?」


 興が乗ったのか、その声音からは多少なりとも友好さを感じる。


「シュウです」


「おっ、いい名前だな! 俺はサンドル!! よろしくなシュウ。おっと、俺もお前もここにいるってことはもう長くないか!!」


「え?」


「この階層にいるやつは大概死刑だ。よくて終身刑だかんな〜。まっ、短い間だけど、よろしくな!!」


「なるほど、死刑か。じゃあ仕方ないですね」


 死刑はもちろん自殺に含まれないはずだ。いや、抵抗せずに死を受け入れる事自体が自殺に含まれるのか? ちっ、自殺の定義をもっと細かく聞いておくべきだった。


「おいおい、あっさりしてんなー!!」


 僕の心の葛藤を知るよしもない男は、笑いながらそう言った。


「僕は神を殺したんですよ? そりゃあ死刑でしょ??」


「まっ、こんな教団で生きるよりは死んだ方がマシかもな〜」


「この教団のことはよく知らないけれど、その考え方には共感出来ますね」


 死よりも辛い現実とは、別段珍しくないのだろう。


「おっ、お前物分かりが良いな!! この教団は女の権力が圧倒的に強いんだ。女神の支配下にあることもそうだが、やはり一番の理由は赤髪の戦乙女(ヴァルキュリア)の存在だな。日の教団内では絶大な人気がある。まぁ、奴らは教団の権威そのものだからな。そんな中で、男として生きるのも大変なのに、俺は曰く付きだからよ」


(ケケッ、お前さんかなり気に入られてるな)


 ナカシュが他人事のように笑っている。


「サンドルさんはこの世界をどう思っていますか?」


 顔も見た事がない人に、僕は何を聞いているのだろうか? いや、顔も見たことがないから聞けるのか??


「世界のことはわかんねー! それでも、この教団を好きだと思ったことはないな。俺の世界はある意味この教団だけだ。だから俺は世界が嫌いなのかも知れねーな」


「この世界に復讐したいと思ったことは?」


「この独房生活はある意味楽だからな。まぁ、確かに太陽の宮殿で差別されてた頃はしんどかったけどな。言われてみれば、自分の境遇に納得した事はねーな。だがそれでも、神令がある以上、復讐なんてもんは不可能なんだよ」


「しんれい?」


 一体何の話だ?


「あ? お前まさか、神令も知らねーのか?」


 男は心底驚いた様子で僕へと問いかける。


「はい、まったく」


「シュウ、お前は一体どこから来たんだ?」


「白翼の光」


 多少のリスクはあるが、この後に及んで隠すことでもない。そう判断した僕は嘘偽りなく言った。


「白翼の光ってお前、まさか本物の神殺しなのか……」


 ずっと軽薄だったサンドルさんの声音に緊張の色が。


「あれ、白翼の光を知っているんですか?」


 こんな独房にまでそんな情報が届いているとは。


「知ってるも何も、大ファンだぜ俺は!!」


「え?」


「独房にだってたまには新聞が届く。いや、むしろそれが唯一の楽しみなんだ。この世界をぶっ壊してく、お前さんの活躍がよ。次はこの狭い(きょうだん)もぶっ壊してくれるかもってな。まさか神殺しが隣にぶち込まれたとは驚きだが、感動したぜ!!」


「あいにくとこの有様じゃ、サインは書けませんよ?」


 まさか僕の非道な行いが、誰かに賞賛されるとは思わず、反射的に適当な冗談を飛ばしてしまった。


「サイン欲しいな! それに、壁越しじゃつまんねーし。何より、おめーの顔も見てみたい。よし、やっぱ、ここ出るか!!」


「え、いや、そんな簡単に」


 そんな疑問が頭を過ぎるか過ぎらないかの瞬間、右側から強烈な破砕音が。直後、耳元を巨大な何かが通過した。


「シュウ、お前、思ったより若いな!!」


 視界は相変わらず黒一色だが、先程まで聞こえていた男の声が急激に近づいたのが分かる。


(おいおい、シュウよ、お隣さんが独房の壁をぶっ壊して挨拶に来たぞ?)


 その声音から、ナカシュが明らかにこの状況を楽しんでいるのが分かる。


「よし、今外してやるからな!!」


 その声の直後、ようやく視界に色が戻った。

 久しぶりに目に入り込む光はそこまで強いものでもないが、突然の光に僕は思わず目を細める。


 徐々に光に慣れた視界には、灰色の髪をした短髪の少年が一人。


「あっ、えっと、初めまして」


「おう! お前、意外とかわいい顔してんな!!」


「えーと、ありがとうございます」


 視界が開けたのは嬉しいが、手枷が邪魔で起き上がれない為、仰向けで初対面を迎えてしまった。なんだか妙な恥ずかしさがある。

 それに独房の壁に空いた大きな穴や、その所為で散らばった瓦礫が気になり、いまいち会話に集中出来ない。

 他にも気になる事がある。細身のこの少年が独房の壁を破壊したと考えると、何の力によるものなのかと勘繰ってしまう。


「よし、手枷も外してやるよー」


 僕の背中を起こし、後ろ手に組まされた手枷に触れる少年。


「よーしやるぞー」


 呑気な声音とは対照的に金属が暴力的に砕かれる音が聞こえた。それと同時に、僕の手首にも強烈な痛みがはしる。


 ボキッという、あまりにも分かりやすい音がした。


「いっ、、、った! つぅ、痛っ!!」


 自身の両手が糸の切れたマリオネットのようにダラリとぶら下がっている。


「すまん、骨ごとやっちまったみてーだ」


 てへ、という二文字がお似合いな程に悪気のない少年の笑み。


「リリー……」


 一瞬、目の前の少年の首を飛ばす程の怒りが込み上げたが、なんとか踏み止まる僕。


 だてに何回も死んではいない。


「大丈夫、大丈夫、両手首の骨が折れただけだから。死ねば解決する。リリース!!」


 そうして僕は迷わず己の首を落とした。

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