第七十九話『再試行』
「やぁ、また会ったね」
霧が立ち込める何もない空間に中性的な声が響く。
普通の人ならば、多少の驚きを見せてから話し合いに進むのだろうが、生憎、僕はもう異常者だ。この殺風景な虚無の空間の常連と言っても良いかも知れない。
「頼むから普通に死なせてくれないか?」
僕は三度目の邂逅を果たした虚空へと語りかける。いや、厳密に言えば、僕がこの目でその相手の姿を認識した事は無いのだが。
「おいおい、挨拶も無しにクレームかい? まったく、そんなんじゃ、ろくな死に方しないぜ??」
砕けた口調ではあるものの、その声音からはひととなりが見えてこない。
「どんな死に方でも良いから、大人しく死なせてくれよ」
何故だか世界は僕をギリギリの所で生かそうとする。まったく、いらぬおせっかいとはこの事だ。
「おいおい、この後に及んで君は、自身が死を選べる立場にあると?」
「どういう意味だ?」
「君にはもう自殺という選択肢は無い。選択の問題ですら無い。君はもう、自殺を行う事が出来ないのさ」
「は?」
「君は自身の力も忘れたのかい? 君は殺した者の力を奪う。そして君は何者だい? 言わずと知れた神殺しだろ」
「そ、それが、なんだって言うんだ?」
嫌な汗が背中を伝う。
「神自身が縛られる絶対のルール。それは自殺の権利の剥奪だ。命を創り出す神は、自ら死ぬ事を禁止されている。いや、原理的に不可能なんだ」
「な、なら、どうして僕は今ここにいる? ここは死後の世界みたいなものだろ??」
「焦るなよ。神のルールに縛られた君は、直にその肉体を再生させ、魂も器に戻る」
「ふざけるな! 人の命をなんだと思っている!!」
「君がそれを言うのかい?」
虚空の声音が明らかに冷たくなったのを感じる。もしも目の前の虚空に顔があったのなら、その視線は軽蔑の類いだったろう。
「そ、それに、もし僕に神の権能が引き継がれていたとしたら、幾度となく流した今までの血はなんだ? なぜ、傷つけられた傷がすぐ治らない? デマカセはやめろ!!」
僕は何もない空間へと怒号をあげた。
「それは単純に集信値の問題さ。君がマールスを殺した時のことを思い出せよ。君もそれなりの信仰を集めているみたいだが、君のそれは白翼の少女と二分化されている」
虚空はあくまでも淡々と語る。
その言葉が鼓膜を揺らす度に、僕の呼吸は浅くなる。
「やめろ、もう、わけの分からない話はやめてくれ……」
自身のキャパシティを超えている。もう、考えたくない。
「嘘をつくな。君の頭はもう、理解を始めている。狂ったフリはやめろ。それに君がその手で殺めた神はまだたったの一柱のみだろ? この状況下でそれは奇跡に近い。君は軍神を殺して以降、直接手を汚していない。それは素晴らしいことだ。願わくば私は、今回の君に遂げて欲しいと思っている」
「奇跡? 今回? 全く意味が分からない……」
「少々熱くなってしまった。後半部分は失言だったよ。まぁ、とにかく、君は上手くやっているよ。私に比べれば数段ね。それに君は他者からの傷をまだ受け付けているじゃないか。自殺が出来なくなっただけ。事態は実に単純だ」
言葉を紡ぐ虚空にわずかだがぼんやりとした輪郭が見え始めている。
なんだ、この違和感は?
「いや、ちょっと待てよ。お前はただの傍観者じゃなかったのか?」
その言い分ではまるで……。
「傍観者なんてのは決まって、プレイヤーの成れの果てさ。私は待っている。このゲームがクリアされる日を。さぁ、そろそろ時間だ。楽しい楽しい再試行へ」
「ちょっと、待ってくれ、お前は……」