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第七十七話『赤髪の双子』

 食卓と呼ぶには抵抗があるほどに巨大なテーブルが一つ。それは最後の晩餐を彷彿とさせるような細長いもので、その上には見るからに高級そうな純白のテーブルクロスが敷かれている。


 そして、その中央の席に鎮座しているのはイエスではなく、肉を頬張る全裸の少女が一人。いや、正確には右足に黒のハイソックスだけを履いた少女が一人。


「ちょっと、イブ! ご飯の前に着替えでしょ!! って言うか、私の部屋からこの部屋まで全裸で来たわけ!?」


 僕にとっては見慣れた光景でも、ここに来て一週間弱、つまりはイブの特異性をまだ理解仕切っていないリファにとってこれは、異常事態なのだろう。彼女が怒声を上げるのも無理はない。


「お腹ふひたから」


 熱々のお肉を頬張りながらイブが淡々と言った。


「イブ、口にものを入れたまま話しちゃダメだよ?」


 僕は出来るだけ柔らかい声音を意識して言った。


「いや、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!?」


 リファが声を荒げて言う。


「……」


 黙ってお肉を噛み締めるイブ。一応、僕の注意を守ってくれているのだろうか?


「あーー」


 大きく口を開けて、空っぽになった口内を見せつけてくるイブ。

 おそらく、話し始める許可を待っているのだろう。


「あっ、もう話していいよ」


「うん、これ」


 そう言ってイブは自らの右足を指さす。

 真っ白な細長い足に、漆黒のソックスが映える。


「あぁ、靴下は履けたんだね。えらいえらい」


 そう言って純白の髪をひと撫ですると、「うん」と一言、イブが呟いた。


「この二人、どうかしてる!!」


 まるで親の仇でもみるような目でリファが責め立ててくる。いや、まったく持ってその通りなのだが……。


「さぁ、イブ、一旦お肉は後にして、洋服を着てからにしよう。みんなが困っているからね」


 僕の言葉通り、この部屋にいる給仕達は全員、イブの奇行に対してどうして良いかわからず、少し遠くから事態を見守っている。まぁ、それも無理はない。この白翼の光という団体内において、イブの存在は強く神聖視されている。そんな彼女が全裸で食事を行えば、そこに口出し出来る人間は少なかろう。


「あと一個」


 そう言って口を開けるイブ。


「はいはい、あーん」


 僕はそう言って、イブの小さな口へと大きな肉塊を運ぶ。それを満足そうに頬張る彼女の小さな唇から、僅かに肉汁が溢れる。真っ白な頬を伝うそれを、僕は丁寧にハンカチで拭う。


「あ、あの、シュウ様、そろそろ朝礼のお時間が……」


 困惑顔の給仕の少女が、僕ら二人へと恐る恐る話しかける。


「あぁ、イブの口が空になったら、服を着せてすぐ行くよ」



 * * *


 そこに先程までの全裸の少女はいない。


 漆黒のドレスに身を包む純白の少女。

 その背にあるのは光の翼。


 彼女に言葉はいらない。それを駆使するのは僕の役目だ。


「この世から一柱の女神が消えた。こうしてまた一つ、世界が解放へと近づいた」


 真っ白な広大なホールに僕の声だけが響く。


「迎えるべき八日目は、もう目の前まで迫っている」


 ある者は僕の言葉に頷き、ある者はイブの翼へと祈りを捧げ、ある者は涙まで流している。


「愚かな神々の作ったこの世界を作り直す。止まっていた時間を動かし、八日目の世界を迎えよう」


 嘘ばかりのその言葉に、彼女の翼が意味を与える。意味のないその翼に、僕の言葉が意味を与える。


 こうして意味のないもの同士が混じり合うことにより、この場に意味を作り出している。


 小さな世界のルールだ。


 ここには、奪われ、失った者ばかりが集まっている。皆、思考を止めたい者達ばかりだ。


 そこに、単純明快なルールを敷く。


「憎むべきは神々だ。未だその手に囚われている信徒達を解放してあげなければならない。残る教団は三つ。月、木、日。そして我々が次に狙うのは……」


 僕の言葉を遮ったのは、一つの強烈な爆発音。


「侵入者あり、侵入者あり、直ちにイブ様とシュウ様の安全を確保しろ!!」


 爆発音に次いで、建物内に響くのは、男の声による放送。


 わずか数秒、周囲に警戒と緊張が広がる。


 遠くの部屋から聞こえるのは、複数の銃声。おそらくは、建物内の侵入者対策(トラップ)が働き出したのだろう。


「強い敵意が二つ、いや、使命感かしら? 何でも良いけど、敵がこちらに向かっているわ。どうする? シュウ」


 眼帯を外したリファが僕へと問いかける。


「こちらの総本山にたった二名の侵入者。おそらく狙いは僕かイブだ。少しでも有利なここで迎え撃とう」


 僕の言葉にリファが静かに頷く。が、しかし、イブはどこか不満顔だ。


「シュウ、戦っちゃだめ」


「どうして?」


 イブが空腹以外で強く意思主張するのは珍しい。


「ワルキューレが来る」


「え!? それって、赤髪の戦乙女(ヴァルキュリア)達の別名じゃない。まさか、そんな……」


 イブの言葉に激しく動揺した様子のリファ。


「ということは、敵は日の教団か」


 確か、神誅会議で太陽の女神の護衛役をしていた二人がそんな風に呼ばれていたはずだ。


「シュウ、逃げないとだめ」


 イブが真っ直ぐにこちらを見つめて言った。


「戦うの? 逃げるの?? どうするのよ、シュウ!!」


 選択を迫るリファ。


 朝礼に使われるこのホールはあまりに人が多い。下手に戦えば、こちらの人員が減る。しかし、この場に味方が多いのも事実。やはりここは……。



 しかし、そんな僕の心配を他所に、その侵入者は現れた。


 部屋を囲む外壁が壊され、土煙が派手に舞う。


「お母様の神令により、シュウさん、あなたを誘拐しにまいりました」

「お母様の神令により、シュウさん、あなたを誘拐しにまいりました」


 土煙の中から現れたのは、真紅の長い髪を背中にまで流した二人の少女。瓜二つの彼女らはおそらく双子か何かなのだろう。しかし、そんな事は僕の知るべき事ではない。


「やれ」


 僕の口がその二文字を発した瞬間、その場に集まっていた白翼の光の構成員数百人が、ローブの懐に手を入れ、その全員が黒一色の拳銃を取り出し発砲した。


 数百にも及ぶ銃声を引き連れ、命を奪う鉄の弾が一斉に侵入者の元へと突き進む。


 しかしその鉄の雨は、一粒たりとて彼女達の肌に触れることは無かった。


 少女達が持つ大鎚の一振りが、その場に炎の壁を作り出し、彼女らの命を奪う筈だった銃弾を根こそぎ燃やし尽くした。


「無駄よ、半神の彼女達にあんな拳銃(おもちゃ)じゃ意味ないわ」


 リファはそう言って少し屈み、右手を懐に、左の手で床を撫でる。


「拳銃と大理石を対価に、我が手中に銀の拳銃を」


 その言葉の直後、彼女が触れていた床の一部が大きなくぼみを残して消え去り、その右手には銀一色の拳銃が握られていた。


 連続する二発の銃声とともに、銀の弾丸が双子の少女達へと向かう。


「危険度四。相殺不可能、回避を優先しました」

「危険度四。相殺不可能、回避を優先しました」


 繰り返されるその言葉通り、彼女らは武器を振るうでなく、さながら踊り子のような流麗なターン一つで銀の弾丸を避けてみせた。瓜二つな彼女らの動きを見ていると、まるで合わせ鏡の世界に迷い込んでしまったかのような、妙な感覚に落ちいる。


 一瞬の隙。自らの平衡感覚の揺らぎ。


 油断とも呼べないそれを、双子の少女は見逃さない。この領域(レベル)にまで達した殺戮兵器にとって、数十メートルの距離などはゼロに等しい。


 眼前には二つの鉄鎚が。直撃すれば間違いなく頭部を吹き飛ばすであろうそれを、ただ呆然と眺める。あまりに唐突な死は、危機管理能力を置き去りにするようだ。


 鼓膜を揺らすのは強烈な金属音。


 僕と死の間へと割り込んだのは一人の少女。


「そう簡単に死ねると思わないでよね!!」


 何処からともなく生み出した銀の大剣を握りしめリファが叫ぶ。


 彼女のその一振りが双子の少女を後退させた。


『ケケッ、命拾いしたな。いやむしろ、捨てたもんを勝手に拾われて迷惑か?』


 姿は見えないが、ナカシュの声が脳内に響く。


「錬金術による武器の生成、及びメルクリウスの水銀の付与。それらを加味し、対象の危険度を更新します。危険度六。眼前の少女の排除を優先します」

「錬金術による武器の生成、及びメルクリウスの水銀の付与。それらを加味し、対象の危険度を更新します。危険度六。眼前の少女の排除を優先します」


『排除開始』


 繰り返されていた双子の言葉が、今、完全に重なった。

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