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教祖転生≠The story of a lie≠  作者: 新月 望


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第七十四話『先約』

 その唇の柔らかさを感じとる頃には、私の全てが掌握されていた。それは、何もかもを与えられ、何もかもを奪い取られた感覚。

 心を裸にされるなんて生優しい表現では足りない。裸どころか、自身の内臓までもを全て引きずり出されたような。


 冷たい。


 冷たい。


 冷たい。


 でも、なんでだろう。心臓だけがやけに熱い。

それは心の在り処がそこにあるからだろうか。


 女神の口づけでさえも塗り替えられない熱量を今の私は秘めている。


 女神の寵愛にも勝るそれはきっと、彼への愛憎だろう。ただ一方向の寵愛よりも、複雑に絡み合った末に醜く歪んだ愛憎。


 私の意識を寸前の所で引き止めているのは間違いなく、それらの感情が生み出した楔。


 魅了の先にある甘い蜜か、復讐の末に溜まる泥水か。答えは簡単だ。


 与えられる快楽よりも、選び取った苦痛。


 ここから先は私の人生なのだから。



「それに私、甘い物は苦手なの」


 私はそう言って握り締めた拳に力を込め、女神のお腹に全力の一発を入れた。


「ぐぅほぉ……」


 漏れ出たその声は、美の女神には全く似つかわしく無いものだった。

 それ故に、私を襲った強烈な緊張はほぐれ、身体の主導権が完全に戻ってきたのが分かる。


 私の攻撃に対して彼女がノーガードだったのはおそらく、自身の魅了が効かない人間など存在しないという女神の傲慢さ故だろう。

 彼女はお腹を抑えながら苦悶の表情を浮かべている。


 私は空かさず地面に手を伸ばし、近くに転がっていた男の死体から銀のナイフを抜き取り、間髪入れずにそれを女神の心臓部へと突き刺す。


 肉を断ち切り、心臓部を突き破る確かな感覚が伝わってきた。


「あぁ、あぁ、なぜ? どうして? 私の愛が足りないの? 愛が、愛が、愛が?」


 己の心臓が破られたというのに、女神様はそのことよりも自身の愛が私に届かなかったことを不思議に思っているようだ。


「さっきも言いましたけど、私には先約があったんです。ただそれだけの話ですよ」


 女神の身体からは黄金に輝く粒子が噴き出している。


 それは美の女神の最期を彩るに相応しい、絢爛豪華な噴水のよう。


「そんな、そんな、まさか……」


 自身の傷には目もくれず、女神はただただ私の瞳を見つめながら、受け入れがたい何かを理解しようとしていた。


「貴方には何の恨みもありません。でも、シュウが神を許さないから。私にとってはそれだけで十分なんです」


「そう……」


 先程までの取り乱した姿が嘘のように、何かを悟った女神は短くそう言った。


「ウェヌス様、私は貴方に感謝しています。戦争で行き場を失った私を拾ってくれたこと。居場所を与えてくれたこと。そしてシュウに出会わせてくれたこと。でも、それでも、私は貴方を殺します。だって、シュウがそれを望むから」


 歪なことを言っているけれど、これが私の本心だ。


「そう……。愛を司る女神が一個人の愛情にも勝てないなんて、私も女神引退ね」


 徐々に弱々しくなっていく声が、女神の死期を知らせてくる。それでもなお、いや、そうだからこそ、女神は口を動かし続ける。


「シュウ、私があなたを欲しかったのは、あなたの中に眠る力もあるけれど、それ以上に、あなたの中にある深すぎる穴を埋めてみたくなったのよ。まぁ、その気持ちも、一人の少女にすら勝てなかったわけだけれどね。シュウ、貴方は私が憎い?」


 一連の流れをただ呆然と眺めていたシュウへ女神が問いかける。


「もう分からないです。ただ間違いなく、神様が憎かった時期は存在して、それをもっと奥底の過去にする為に、僕は神様達を殺しているんだと思います。それに、僕の居た世界に、おそらく神は居なかった。だからこれは、盛大な八つ当たりなんです」


 それは神へ宛てた懺悔などではなく、おそらくは彼の独白だ。


「ふふ、それは違うわよシュウ。この世界が、この世界の神が、他の世界と関係が無いなんて、一体誰が言ったのかしら? 確かに一つ言えるのは、この世界の神々は、あの世界に生きていた貴方を確固たる意思で助けなかったのよ。そう、神は貴方を見捨てたの」


「それは一体どういう……」


 シュウの声音は震えていて、離れた位置の私からでもその動揺が伝わってくる。


「真実は自分で確かめるものよ。貴方への言葉はここまで」


 女神は一度深呼吸をし、再び私を見つめて口を開く。


「リファ、あなた本当に大変な子を愛してしまったわね。貴方の言葉を借りるなら、彼には先約があるもの。貴方の愛は決して届かない。エバのそれには遠く及ば……」


 私へ宛てた女神の言葉はその最後を伝える前に、彼女自身の命の終わりによって途絶えた。私と彼に多くの謎と、先の見えない不安だけを残して。

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