第七十話『体裁』
「三、ニ、一」
無機質なカウントダウンが終わり、次の瞬間、リファの瞳に感情の色が戻った。
しかしその瞳に映る感情の色は……。
「あなたがお父さんを殺したのね。そっか、そっか。だったらね、シュウを殺して私も死ぬよ」
リファのその言葉は、先程までの無機質な物とは違い、血の通った、生々しい言葉だった。
「君のお父さんを僕が殺した?」
少なくとも、僕にその覚えはないが、僕が数多の命を奪ってきたのも事実。その中にリファの父親がいたということだろうか……。
思い出そうにも、腹部から流れる血が、まともな思考を奪っていく。
「私の父は、水の教団の信徒だった。そして、火の教団との戦争に参加して、命を落としたの。一人の悪魔の手によって」
「そうか……」
きっとそれは事実なのだろう。
因果という二文字が、人間を見逃すことは無い。ならば、受け入れるしかない。彼女の殺意には正当な理由がある。
「そうか? それだけ!? あなたにとって父の命は路傍の石ころと同じってこと? ねぇ、シュウ、答えてよ!!」
リファの左目からは紫色に光る涙が流れ、右目からは透き通った透明の涙が流れている。
「僕に言えることは無いよ……」
一度は自分の命すら捨てた男だ。他人の命の重さなど、僕に分かるはずもない。
「なんでよ……。せめて言い訳くらいしなさいよ!! お母さんが騙されて、お父さんは出て行って、お姉さんは見知らぬ男達に犯された。あなたは神に裏切られたんでしょ!! だから、神様が憎い。この世界の全てが嫌で、だから壊しているんでしょ!!」
リファの言葉が、僕の鼓膜を強く揺らす。
そしてその振動は、僕の一番奥深くまで届く。
「何故……」
動揺する心は、強く心臓を鳴らし、最奥部にしまわれた傷を開く。
「私は見たの。シュウと、シュウの元いた世界を。そして、その後、この世界に来たあなたが、私の父の命を奪った瞬間も。この目は少し見え過ぎるの。だから、これで……」
その言葉を最後まで聞くことは叶わなかった。
エルサ・ユリウスによって抉られた腹部からの流血が生と死の分水嶺を超えかけていた。
身体は冷えきり、意識が遠のく。
「 」
リファが何ごとかを呟き、床に転がっていた長剣を手に取る。
放っておいても死ぬはずの僕の命に終止符を打つ為に。
それはきっと復讐であり、救済なのだろう。
父の仇を打つということで、体裁を整えるのだ。
彼女が剣を取らなくとも、僕の結末は変わらない。このまま黙って何もしなくとも、僕の命は終わるのだ。しかし、彼女が自ら幕を引けば、彼女の何かは変わるのだろう。
復讐は遂げられ、かわりに何かを背負うこととなる。
彼女はわざわざ背負うのだ。
それはもはや、優しさとも言える。
あまりに感傷的だろうか。
ようするに僕は、加害者のくせに、詩的な言葉を選んで、重過ぎる荷を下ろしたいだけなのだ。
そんな僕の複雑で粗悪な心もここで終わる。
血塗られた銀の長剣が僕の心臓を突き破った。
普段、心臓の大きさや場所なんてものは特別意識しないが、今ならそれがはっきりとわかる。
別段痛みを感じないのは、僕がすでに死にかけていたからなのか。
そんな間の抜けた思考を最期に、またも僕は命を落とす。