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第七話『信仰の力』

「仕事だ」


 その一言で、今日も僕は駆り出される。


 今までと違う事と言えば、小さな足音が一人分増えたことくらいだ。僕の後ろを歩く白く美しい少女。彼女こそが、僕の新しいビジネスパートナーだ。


 先頭を歩いているのは僕達の飼い主こと、アッシェ・ウィクリフ殿である。眉を吊り上げ、相変わらずの仏頂面だ。


「おいおい、俺様も忘れるなよ?」


 その言葉と同時に、左腕が軽く締め付けられたのが分かる。そこが定位置とでも言うかのようにナカシュが僕の腕に絡まっている。


「分かっているさ、少し静かにしていてくれ」


 アッシェに聞こえないよう、声を潜めながら返事をする。

 

 代わり映えのしない廊下を抜け、いつもの仕事部屋へと辿り着く。


 相変わらず殺風景な部屋だ。部屋の中央には古びた木製の椅子が一つ。そしていつも通り、その椅子の上には、両手両足を縛り付けられた人間が一人座っている。いや、座らされている。


「さて、仕事の時間だ」


 眼鏡のレンズを拭きながら、つまらなそうにアッシェが言った。


 静かな部屋の中に緊張の波が押し寄せる。


「貴様の所属を言え」


 男に向かって、アッシェが鋭く詰問する。


「私は無宗派だ」


 拘束された男が疲労困憊の様子で口を開く。するとその瞬間、僕の視界が赤く染まる。その色は虚偽の証。僕にはそれが見てとれる。


「その人は嘘をついています」


 赤く染まった視界の中で、僕は淡々と嘘を暴く。


「貴様、次に嘘をつけば、その首が宙を舞うことになるぞ? こいつのレプリカはあらゆる嘘を見抜く。無駄な時間に私を付き合わせるな」


 アッシェはそう言って、腰に帯びた細剣の柄を握る。


「私は無宗派だ」


 拘束されている男はただ一言、先程と同じ言葉を呟く。


「なるほど、洗脳済みというわけか。この状況下で大した忠誠心だな。では、やり方を変えよう。貴様はルーナ教か?」


 アッシェが感情の見えない面持ちで問いかける。


「違う」


 拘束された男は一切の思考をやめた機械のように感情を窺わせない声音で答える。


「では、ウェヌス教か?」


「違う」


「ユーピテル教か?」


「違う」


「ソール教?」


「違う」


「するとメルクリウス教か?」


「違う」


 ようやく僕の瞳に反応があった。


「嘘です」


 僕は必要最低限の言葉で役割を果たす。


「なるほど、メルクリウス教徒か。よりによって、メルクリウス教の手先が、このマールス教に忍び込むとはな。その蛮勇だけは認めてやろう。目的は何だ?」


「殺すなら殺せ」


 アッシェの威圧的な言葉もどうやら、目の前の男には意味をなさないらしい。


 僕の力は嘘を見抜く力であり、相手の真意を覗き見るものではない……。


「ほう、なるほど。己が信じる神の為ならば命を捨てるか。良い、実に良いな。だがお前は、その狂信が故に話すこととなる」


 アッシェのその言葉の直後、部屋の隅で沈黙を貫いていた少女がゆっくりと動きだす。


「イブよ、魅せろ」


 その言葉が室内にいる全員の鼓膜へと届いた瞬間、、、


 ーー全てが光で満たされた。


 純白の少女が背負うのは、純然たる光の翼。光の粒子が小さな部屋に降り注ぐ。暴力的なまでの神々しさが、見るものに畏敬の念を抱かせる。


 その姿はまさに……。


「ま、まさか、天使なのか? いや、そんなはず……」


 拘束された男が初めて動揺を覗かせた。

 

 その少女は何も語らない。言葉の無意味さを知っているかのように。ただそこに在る意味を、背の光で語る。


「マールス教には天使がいる。その意味がわからないわけではあるまいな?」


 アッシェは目の前の男を騙す為の、最後の仕上げにかかる。


「九日目の鍵はマールス教にあるというのか? ならば私は、一体どうすれば良いのだ……」


 これではまるで、道に彷徨う仔羊ではないか。先程までの忠誠心が嘘のようだ。


「貴様がマールス教に忍び込んだ目的を話すのであれば、寛大な我が主神は貴様をお許しになるだろう」


 アッシェがこれ見よがしに、決め手の言葉を放つ。冷静な判断能力が残っていれば、これ程までに揺さぶられはしないのだろうが、もはやあの翼を目にした男にそれは残っていないだろう。


「話せば改宗出来るのか?」


 焦点の合っていない瞳で男が問いかける。


 肉体を拘束されていたこの男が、真の意味で捕らわれたのはきっと、この瞬間だろう。


「あぁ、約束しよう」


 アッシェのその言葉に、僕の瞳が反応する。まさに文字通りの真っ赤な嘘だ。


「俺の名前はスロウ。メルクリウス教の信徒だ。嘘じゃない。なぁ、お前なら分かるのだろう?」


 額に汗を浮かべながら、懇願するかのように、スロウと名乗った男が僕に言った。


「嘘はついていないようです」


 僕はただ無機質に報告する。

 その返事に小さく頷き、アッシェが再び口を開いた。


「なぜ、メルクリウス教の貴様がマールス教に忍びこんだのだ?」


「マールス教の信徒の数と、集信値しゅうしんちの調査の為だ」


「集信値の調査だと。一体、メルクリウス教は何を考えている?」


 アッシェの声が一段階大きくなった。


 聞きなれない単語のせいで、僕にはその重要性が分からない。そんな思考を汲み取ったのか、ナカシュが不意に助け舟を寄越した。


「簡単に言うのなら、集信値ってのは、教団に属する信徒の信仰度合いだな。神が抱えている信仰のトータル値ともいえる。そしてその集信値が、結果として神の力になっている」


 なるほど、信仰そのものが何らかのエネルギーになっているイメージか。


 僕の思考がまとまりはじめたのと同時に、スロウと名乗った男が再び話し始める。


「マールス教の集信値次第では戦争を仕掛けると、それがメルクリウス教の意向であり、メルクリウス様のお考えだ」


「ほう、メルクリウス教は、我らの主が軍神の名を持つことを忘れているのか?」


 アッシェが圧のこもった言葉を吐く。鋭い瞳がより研ぎ澄まされていく。


「メルクリウス教には、潤沢な資金と膨大な集信値がある……」


 拘束されている男は弱りきった声音で語る。


「なるほど、そちらの神は商業を司る神だったか。そして、その資金で集信値を集めたと?」


「あぁ、正直な話、信者の莫大な増加の裏には、金の力があったのは確かだ……」


 情報のリーク、自らの背信行為に胸を痛めているのか、男の顔からは生気が抜け始めていた。


「単刀直入に聞く。金の一番の出所は何処だ?」


「メルクリウス教が統治するカジノだ……」


「東の街のか?」


「あぁ」


「なるほど、礼を言う。じゃあな」


 感謝の意が伝わる間も無く、男の首は宙を舞う。ある意味彼は、自由を得たのだろう。少なくともその首だけは、拘束を逃れられたのだから。生からの解放を高らかに主張するかのように、その首からは真っ赤な死が溢れ出している。


「次の仕事が決まったぞ」


 真紅に染まった部屋の中に、温度のない言葉が響く。


 これが僕達の日常だった……。

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