第六十五話『弱さと口実』
シュウが私の目の前から居なくなって一月近くが過ぎた。それでも日々は過ぎ去っていく。私の時間はあの日から止まっているのに……。
神誅会議にウェヌス様の護衛として参加した彼は、あの日を境にこの教団を去ってしまった。
いや、去ってしまったという表現は間違いかも知れない。教団内にはシュウに関しての情報が何一つ無いのだ。それも不自然な程に。
「シュウ……」
簡素な部屋に自分の声だけが響く。
ウェヌス様もシュウの事については何一つとして語ってくださらない。彼と一緒に護衛として参加したエルサ・ユリウスさんも神誅会議で起きた事については何一つ語らない。この件に関しては、何らかの情報規制が敷かれているのかも知れない。
こうして鬱々とした思考を重ねていくと、最悪の事を考えてしまう。ひょっとすると彼はもう……。
「なんでだろう……」
私の好きな人はみんないなくなってしまう。お父さんも、お母さんも、そしてシュウまでも……。
落ちて、落ちて、落ち続ける。
思考が暗闇の底に触れる。
頭の中にドロドロとした液体を流し込まれているような。
見慣れた自室がどこか別の場所に見えて。
そんな思考の底から意識を引き戻したのは予期せぬ轟音だった。
唐突な爆発音の連続。それは、数年前の戦争を彷彿とさせる。まだ私が両親と水の教団で暮していた頃の話だ。
激しい轟音は私から全てを奪う。
部屋全体が揺れ始めた。
逃げなくては……。
どこに? 何から? 何の為に? あれ?
私の生きる理由は?
私に残されたものなんて、両親から貰ったリファという名前だけだ。
それ以外は、もう何もない。
なんで? どうして? 理由は何?
部屋の揺れは次第にその勢いを増す。本棚は倒れ教典が床に転がる。
私はそれを手に取り適当なページを開く。
『愛をもって愛に応えなさい』
何度も何度も繰り返し読んだその言葉。
それは実に愛と美の女神にふさわしい言葉だ。
「私のそれは、足りなかったのかな……」
愛とは一体何だろうか? それを教えてくれる両親はもうこの世にはいない。
思えば、奪われてばかりの人生だ。
その原因は何だろう?
思い当たる節など無いが、漠然と感じていた事ならある。きっとそれは世界のルール。
弱さとは悪で、弱さとは罪なのだろう。
弱さから生じる全てのものは悪なのだ。そうでなければおかしいじゃないか。
他に何の罪も犯していない私が、こうまで全てを奪われる事が。
ならば、善に近づかなくちゃいけない。
「奪われる前に……」
窓辺に置かれた模造刀を手に深く握りしめる。少しでも腕の力を解けばその瞬間、振り絞った勇気すら手の中をすり抜けてしまいそうで。
扉を蹴破り部屋の外へ出る。
敵が誰なのかも知らないし、私が出て行った所で何かが変わるとも思えない。
それでも私の両足は力強く地を蹴り進んでいた。
ひょっとすると私は、この時を待っていたのかも知れない。大好きな両親と大好きな人の元へ行く口実が生まれる日を。




