第六十四話『少年と嘘』
神々しさというよりも、仰々しさを感じる広大なホールの中には真紅の円卓が一つ。
『八日目の設計』と題して開かれたこの会議の席を埋めるのは僕とイブとアルマの他に厳選された白翼の光のメンバーが数名。
あの演説から数週間が経ち、金の教団への襲撃計画は詰めの段階に入っていた。
「奇襲班の動きなのですが、五芒星の協力のもと動くということですが、連携の段取りなどの説明はいつ行われるのでしょうか?」
白翼の光のメンバーである少年が質問を発した。
なんだろう、妙な違和感がある。しかしこの少年の問いは別段不思議なものではない。
だとすれば、この違和感の正体は彼の発言によるものではないだろう。彼自身の印象に起因するものか?
言われてみればこの少年、どこかで見覚えがある……。
しかし思い出せない。
白翼の光の構成員は、火の教団と水の教団の生き残り。つまり、火の教団の奴隷として働いていた僕に知り合いがいたとしてもおかしくは無い。
だが、あれから様々なことに巻き込まれた僕の記憶は、実際に経験した時間よりも遥かに濃密なものだ。火の教団にいた頃の記憶の中から、ピンポイントで必要な記憶にフォーカスを当てるのは、砂漠の中で一粒の砂金を探すようなものだ。
そんな広大な記憶の大地へと旅立っていた僕の意識を引き戻したのは聞き慣れた一人の男の声。
「奇襲班に関しては、別日に五芒星のメンバーを迎えての会議を予定している」
アルマ・ピェージェはそう言って少年の問いに淡々と答えた。
「分かりました、ありがとうございます」
まだ僅かな幼さの残る顔を下げ、見覚えのある少年は口を閉じた。
「さて、他に質問がある人はいるかな?」
教壇に立つ教師のような雰囲気でアルマは穏やかに全体へと投げかける。その声音から、彼の本職が武器商人であることを当てられる人はいないだろう。
暫しの沈黙の後、アルマが再び口を開く。
「では、本日の会議はお開きということで」
彼のその言葉を合図に各々が席を立ちこの部屋を後にする。
気がつけばその波に乗らず、部屋に残ったのは三人。僕とイブと、先程アルマへと質問を投げかけていた少年だ。
何やらその少年は、この会議の議事録のようなものをまとめている様子だ。
僕がその様子を何の気なしに見つめていると、その視線に気がついたのか、少年が一瞬、こちらを一瞥し口を開いた。
「何か用ですか?」
ともすれば苛立ちすら感じるその声音に、僕は正直驚いてしまった。
奴隷だったあの頃ならいざ知らず、仮にも今はこの組織に担がれている立場の僕だ。久しぶりに高圧的ともとれる言葉を浴び、不意に冷水をかけられたかのような感覚だ。
「いや、ひょっとして君は、どこかで僕と……」
このもやもやとした気持ちを晴らすべく、僕は少年へと問いかけた。
「やはりそうですか……」
少年は再び僕を一瞥し、その一瞥を侮蔑の表情へと変えた。いや、それは僕の見間違えだったのかも知れない。少年のその表情の変化は一瞬の事であり、ただの勘違いの可能性もある。
「やはり?」
釈然としない僕は再び少年へと問いかける。
「いえ、なんでも。私如きが貴方様とお知り合いな筈がありません」
少年のその言葉に、僕の瞳が反応した。
視界は赤く染まり、その言葉の真偽を暴く。
「君、名前は?」
真紅に染まる視界の中、僕は違う問いを投げる。
「私如き、貴方様に名乗る程の名を持ち合わせてはいません。少し仕事が残っているので、お先に失礼します」
何か都合の悪い事でもあるのか、議事録を閉じた少年は直ぐに立ち上がり、部屋のドアへと向かう。
「ちょっと……」
その背を追いかけようと僕も立ち上がり、足を一歩前へと踏み出したところで、僕の歩みは止まった。進行方向とは逆のベクトルに力が加わったのだ。
「シュウ、お腹空いた」
その力の正体は、僕の左腕の袖を掴んだ色白のか細い腕だった。
僕の隣で沈黙を貫いていたイブのお腹が限界を迎えたようだ。
ぐぅ〜〜という気の抜けた音が、僕の緊張感を根こそぎ奪ってしまった。
まぁ、先程感じた不安の正体など、どうせお得意の取り越し苦労に過ぎないのだろう。
それに、アルマの手元には白翼の光の構成員全員分のプロフィールもある。いざとなれば、名前などいくらでも調べがつく。今はそれよりも、隣の少女の飢えを満たすことが先決だろう。
そんな思考が頭を過っている間にも、少年は部屋を後にし、残されたのは僕ら二人だけ。
「お肉くれないと、もう翼出さない」
イブは真剣な面持ちでそう言った。
まさかこの組織の象徴ともいえる光の翼が、お肉と引き換えに顕現しているとは、誰も思いもしないだろう。
ある種のお供え物とでも言えようか。まぁ、昔から神に捧げ物は付き物である。
それが人身御供やら、処女の生き血などではなく、肉汁だったというだけの話だ。
ようは中身など誰も見てはいないのだ。
肉汁を供給し、光の翼を顕現させる。
それが、処女の血で出来ていようが、ステーキの肉汁を糧にしていようが、観客には関係のない事だ。
結論、彼女の背の光は人々の信仰を集めている。
その事実だけで十分なのだ。
そしてそれが、この世の全貌であった。




