第六十話『渦中の栗』
乾杯の音頭も終わり、各々が目の前にあるご馳走へとありつき始めた。
どうやら、人によってメニューが違うようで、イブの目の前には肉料理を中心とした料理が並べられており、僕の目の前には白米と刺身、煮物に味噌汁など、懐かしの和食達が並んでいる。
故郷の料理が鼻腔をくすぐり、肩の力が僅かに抜ける。
「出来る限り、君達の希望にそったメニューを用意したつもりだけど、お口に合うと良いな」
円卓に座る全員を見渡し、ピュタリスが柔らかな声音で言った。
「実に美味しいクルミじゃのう。これだけでも来た甲斐があった」
鋭いクチバシで木の実やらナッツを突くサラさんの姿は、この場において異様な存在感を放っている。しかし、それを気にするような人間はこの場にはいない。
「見事な味付けだ。ここのシェフを是非ともうちに引き抜きたい」
白身魚のポワレらしきものを食べながら、満足そうに頷くアルマ。
隣に座るイブへと視線を移すと、怒涛の勢いでステーキを平らげている。
真っ白な頬にべっとりとソースをつけたその横顔は実に幸せそうで微笑ましい。
僕が何気なくそのソースを拭っていると、全体の様子を眺めていたピュタリスが口を開く。
「ふふ、お父さんみたいな事をするんだね」
「しまった、ワシもほっぺを汚すべきだったかのぅ」
会話の流れに便乗するように、サラさんがおどけた様子で言った。
「その長いクチバシで食べているというのに、どうやって頬を汚すのか見物だね」
アルマが冷静に指摘すると、イブ以外のその場の全員が笑った。
イブの興味はいま、目の前のステーキだけに集中している。
そんなに食べて一体その栄養はどこへ行っているのだろうか。その華奢な身体のキャパシティに疑問を感じてしまう。
「イブ、美味しい?」
僕がそう問いかけると、イブは無言で首肯した。その頬にはたくさんのステーキが詰まっており、リスの頬袋を彷彿とさせる。
そうして緩やかな談笑と故郷の味を楽しみながらくつろいでいると、不意にピュタリスが立ち上がり言った。
「さて、そろそろ本題に入ろうか。この世界の行く末について話そうじゃないか」
彼女の翡翠のような双眸が円卓全体を見渡す。
「そうじゃな、神の支配下にない我々の意思を統一しておく必要があるのぅ」
鋭いクチバシを上下させ、サラさんも同意した様子だ。
しかし、このまま話が進むのはまずい……。
「すみません、ちょっと、待ってもらえますか。このまま話を聞くには、あまりに分からないことが多くて……」
そもそも僕は、神誅会議からさらわれるような形でこの場に来たのだ。正直なところ自身が置かれている現状すら正しく理解していないだろう。それに、僕を誘拐した張本人である神の姿もここにはない。
「確かにそれはそうだね。ならばいっそ、君が記憶を失っていた二年の月日、つまり、君が金の教団に拾われた辺りから遡って話をしようか」
「はい、お願いします」
「ふふ、まるで歴史の授業のようだね」
何かを懐かしむように、僅かな微笑とともにピュタリスが言った。
「全てのはじまりは君だ。君が火の教団と水の教団を争わせ、軍神マールスを殺したあの日、世界の均衡は崩れた。既存のパワーバランス、つまりは秩序を担っていた一角が崩壊したんだ」
「おかげさまであの日の新聞はよく売れたのぅ」
「黒聴会の資金源は情報だからね。つまりはシュウ君の行動が黒聴会という組織の発展にも強く影響を及ぼしたわけだ。そしてそれは、新たな巨大組織、白翼の光の誕生にも繋がっていくのさ」
「白翼の光……」
「あぁ、君が王座に座るべき組織の名だよ」
ピュタリスのその言葉に、僕は返す言葉を持ち合わせていなかった。
「ふふ、困らせてしまったね。今はそれよりも歴史の勉強が先だ。まぁ、歴史とは言ってもね、この話の随所には推測も混じっているが、それでも構わないかい?」
「はい」
とにかく今は情報が欲しい。
僕の瞳を見つめたピュタリスが一拍置いて再び話し始める。
「君はマールスを殺す際に多大な傷を受け、記憶を失い瀕死状態にまで追い込まれたはずだ。そして自身の記憶すらない瀕死状態の君を最初に見つけ出したのが、幸か不幸か、とある女神だったというわけさ」
「ウェヌス……」
己の中の神を憎む気持ちと、それを信仰していた記憶が混同して、頭痛や目眩すら感じる。
「まぁ、十中八九偶然ではないだろうね。軍神を殺した人間を野放しにするわけにはいかないだろうし、かと言って殺すにはもったいない人物だと考えたのかも知れない。いずれにせよ、女神の考える事など私達には知る由もないけれどね」
「神々の連中も一枚岩ではないからのぅ。神殺しである人間が他の神の手に渡るのを恐れ、血眼になって探したのかも知れぬ。まぁ、メルクリウスのような神がいるのじゃから、裏切りを警戒するのも無理はない」
「そうだね。ある意味この話に欠かせないのが商業の神の存在だ。メルクリウスはあの戦争で信徒の多くを虐殺され、その集信値を失っていた。残されていた信徒はアルマの策略により白翼の光の人員として奪われ、神としての力は地にまで落ちた。しかし、そんなメルクリウスを救ったのは皮肉なことに、君を助けた女神、ウェヌスだったのさ。メルクリウスは自らの左目を差し出し、僅かばかりの集信値をウェヌスから分け与えて貰うことにした。そして彼はその集信値を使い、神を殺す為の水銀を錬成した。そしてその水銀を手土産にアルマとの商談にこぎつけたんだ」
「商業の神は私にこう言ったよ。神を殺す手伝いをしよう。そのかわりに、殺した神の信徒達を半分程寄越せとね」
苦笑しながらアルマが証言した。
「神が聞いて呆れるのぅ。まぁ、その商談に乗るお前さんもお前さんじゃがな」
「結果的には黒聴会も協力してくれたではないですか。我らが王に情報を与えたのは、何を隠そう貴方本人なのですから」
「まぁのぅ。世界が揺れ動けばそれだけ情報の買い手は増える」
「その思考こそ悪魔的だ」
アルマが笑いながら言った。
「打倒神を掲げているんだ。悪魔くらいは必要さ」
話をまとめるようにピュタリスが言う。そして彼女は脱線した話を再び線路へと戻す。
「あの戦争が世界の分岐点だった。軍神が死に、次いで商業の神の弱体化。それに反するように、黒聴会の資金と影響力は増した。そして何より、崩壊した二つの教団をもとに新たな組織が誕生した。神の勢力が欠け、それに対する勢力の台頭。それは世界の天秤がはじめて動いた瞬間だった」
「こんな好機を見逃すわけにはいかないからのぅ。こうしてワシらは手を組み、君の奪還作戦、つまりは神誅会議襲撃を目論むわけじゃ」
「なるほど、それぞれの思惑が重なり結果そこへと収束したのですね」
話の大筋だけは見えてきた。
「収束もなにも、全て君が引き起こしたことだ。君が渦の中心にいたことは偶然ではないさ。それにしても出来過ぎた話だけれどね。君を拾った女神がメルクリウスを助け、そのメルクリウスが君を奪還したのだから」
「そもそもメルクリウスを追い詰めたのもシュウ君なのじゃがな」
「何故、メルクリウスは真っ先に僕を殺さなかったのですか?」
自身を追い詰めた人間を見逃す理由などあるのか?
僕の問いに真っ先に反応したのは意外にもアルマだった。
「それは我々との協力関係が崩れるということもあるが、何よりも彼は商業の神だ。己が持ちかけた商談を破談にさせることは、神の尊厳に関わることなのだろう」
「あれだけ身内を裏切っておいて、尊厳にこだわりを持つとは難儀なものじゃ」
「まぁ、商売に対してだけは誠実なのかも知れない」
「ほう、武器商人としての共感か?」
茶化すようにサラさんが言った。
「この場にメルクリウスがいないのは何故ですか?」
話の流れを聞く限り、やつがこの場に居ないのは不自然だが。
「あぁ、私達の契約は終わったからね。君をここに届けたメルクリウスは一目散に土の教団の本部へと向かったよ。サートゥルヌスが死んだからね。残された信徒を洗脳し、あの土地を支配下にするつもりさ」
ピュタリスは事もなげにそう言うが。
「つもりって……」
それをあっさりと見逃して良いのか?
「大丈夫さ、引き渡すのは半数という契約だし、それに時を司るサートゥルヌスが死んだのは大きい。少なくとも、状況は前よりも好転している」
「なるほど……」
確かに、時間遡行という途方も無い力を封じられたのは大きい。
「歴史の授業はここで終わりにしよう。ここから先は歴史を作る為の話し合いをしようじゃないか。さて、次はどの神を殺す?」
まるで旅先を決めるかのように気軽な調子で語るピュタリス。しかしその揺らぐ事のない双眸は真剣そのもので、その目の奥には消える事のない憎悪を感じる。僕はこの目を知っている。
その視線は僕の傷痕へと染み込み、そして……。
「次は金の教団だ」
僕の口が滑らかに動いた。そこに意思はあったのか、自身を疑いたくなる程にその言葉を自然と発していた。
「ほぅ、その心は?」
「簡単な理由ですよ。二年もあそこで過ごしていたんだ。構造どころか、内情すら丸わかりです」
「悪魔的な思考じゃな」
「流石はシュウ君、ナイスアイディアだね」
僕の言葉に強く賛同するピュタリス。
「お主ら二人は同じ目をしておる」
僕とピュタリスを見比べたサラさんが苦笑しながらそう言った。
「ふふ、神に絶望した人間の目なんて、みんなお揃いに決まっているのさ♪」
ピュタリスはそう言って、上機嫌で鼻歌を歌う。確かこの曲は……。




