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第五十九話『反転』

 鼻歌を歌い、弾むように歩く少女の背を追いかけながら、長い長い廊下を進む。


 前衛美術にはあまり詳しくないが、この廊下の脇には、そう言ったジャンルに属するであろう絵画が多数展示されていた。


「絵が好きなの?」


 小さな歩幅で目の前を歩く少女へと、何とはなしに問いかけた。


「そうだね、何かしらの表現されたものが好きなのかも知れない。絵でも、音楽でも、数式でも」


 天井を見上げ、何気ない様子でピュタリスが言った。


「数式が表現?」


 あくまで個人的なイメージに過ぎないが、数式とは、表現というよりも、元々この世に存在したものを発見する作業に思えてしまう。


「うーん、なんて言えばいいのかな。この世に確かなものがあったとして、それを本当の意味で確かなものと証明することは不可能だと思う。私はそう考えた上で、何かを証明した気になることはある種、人間の表現であり、表現でしかないと感じるの。まぁ、これは受け売りみたいなものだけれどね」


 どこかもどかしそうな様子のピュタリス。

 気持ちの言語化がスムーズに行われていないのかも知れない。


「そういう時の歯痒さは分かるよ。それこそ分かった気になっているだけかも知れないけれど」


 自分の考えを言葉として出力し切れていないもどかしさというのは、多かれ少なかれ、皆が抱える悩みでもあるのだろう。


「やっぱり、君と私は似ているね」


「やっぱり?」


「敵の敵は味方。神を敵としてみなす人間の種類なんて、そう多くはないって話さ」


 翡翠のようなその瞳の中には、見飽きる程に見慣れた自身の姿が映っている。


 深緑の世界で揺蕩う己の姿はまるで、森の中で彷徨う子どものように見えた。


 暫しの沈黙の後、彼女はくるっと反転し、再びその歩を進め始めた。


 かつかつかつ、という三人分の足音が細長い廊下に反響する。

 僕達を見つめるのは、壁に飾られた絵画の中の色鮮やかな住人達だけだ。


 それから数分後、大きな扉の前で小さな少女が足を止めた。


「さぁさぁ、お待たせしたね。この扉の先に君を待つ同志がいるよ」


 彼女のその言葉の直後、両開きの扉が内側から開かれた。


 部屋の中央には巨大な円卓が一つ。その円卓の上には、豪華絢爛な料理の数々が並んでいる。

 それらを囲むのは異様な面子だ。いや、異様どころか、人ならざる者もいる。


 円卓に設けられた席は五つ。その内二つは埋まっており、残された空席は三つ。おそらくはピュタリスと僕とイブの分の席だろう。


 円を囲むように席が設けられ、その席の周囲を更に囲むようにして複数の護衛らしき人達が立っていた。


「ようやく主役の登場じゃな?」


 最初に口火を切ったのは、老人口調の一羽の鴉。


「お久しぶりです、サラさん」


 鴉の姿で老人口調、おまけに声音は少女のそれ。これだけ揃えば、間違う方が難しい。


 黒聴会代表サラ・ヴァローナ。しかし、彼女と対面したのは記憶を取り戻す前の僕だ。再会と呼ぶには、あまりに実感が湧かない。


「ワシにとっては二度目の対面。君にとっては三度目の邂逅になるのかな?」


 鋭いクチバシを上下させながら、少女の声音で鴉は語る。


「いえ、むしろ、今の僕にとっては初対面に近い感覚ですね」


 それが僕の正直な感覚だ。


「なるほどのぅ。それは少々寂しい気もするが、神殺しの記憶が戻った事は、実に喜ばしいことじゃな。君の帰還を大勢の人間が心待ちにしていたからのぅ」


「僕の帰還を?」


「そうじゃ、救いを求める多くの信徒。つまり、君に拠り所を奪われた哀れな子羊達じゃよ」


 その声は突きつける。僕が犯した罪の結果を。


 そうして、数秒の沈黙が流れ、僕が言葉に詰まっていると、不意に一隻の助け舟が出された。


「その言葉は黒聴会から、我ら白翼の光への糾弾として受け取れば良いのでしょうか?」


 赤いスーツに身を包むプラチナブロンドのその男の名はアルマ・ピエージェ。死の商人とも呼ばれている武器商人だ。


 先日の神誅会議では、記憶を失くしていた僕と敵対関係にあった男である。


「まぁまぁ、喧嘩はやめようじゃないか。こうして神の勢力下に無い三代組織の長が集まったんだから」


 場の空気を整えるようにと、ピュタリスがそう口にして、残された空席の一つへと座る。それに(なら)い僕とイブも隣り合った席へと腰掛ける。


「いやいや、ワシの言葉に刺があったのかも知れんな。すまんのぅ。黒聴会に敵対意識などはないよ。あるのはただ、世界の変化に対する興味だけじゃよ」


 黒一色のクチバシから少女の声が聞こえてくる。しかしこの場に、それを訝しむ者はいない。


「なるほど、私も商売柄、恨みを買うことが多くてね。どうやら被害妄想をしてしまったようだ」


 一羽と一人が隙の無い言葉を交わす。


「何はともあれ、まずは祝杯をあげよう。この世界から二柱の神が消えたのだから。積もる話はそれからでも遅く無い。我らが五芒星の料理をぜひ堪能して貰いたい」


 小さな少女がグラスを掲げ、円卓を囲む全員がそれに合わせる。グラスを持てないサラさんは、その代わりとばかりに、漆黒のクチバシを天に向かって突き上げた。


 重なり合うグラスの音が響き、再びピュタリスが口を開く。


「さぁ、本当の神誅会議をはじめよう。神が人に誅伐を与えるのではなく、人が神に誅伐を与える為に」

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